ダンジョンの巨龍④
ひとしきり泣いて、やっと落ちついてきたサイをしっかりと抱き締めながら、母龍が俺達に笑顔を向ける。
「本当にありがとう。あなた達がいなかったら、多分私の命は長くなかったと思うわ。でもこれで希望が生まれた……いくらお礼を言っても足りないくらい」
俺達一人ひとりの顔をみながら、丁寧に礼を言ってくれる。
いやあ良かった。
結局最終的にはアリアに丸投げなのは情けないけど、人命第一だよな。
ひとり頷いていたら、母龍は俺をまっすぐ見てこう言った。
「私の名はユース、あなた達には本当に返しきれない程の恩を受けたわ。身体が治った暁には私の主になって貰えるかしら、年若いマスターさん?」
ドキリとした。
それって……まさか俺と契約してくれるって事?
「はっ、はい!」
うわぁ!う、嬉し過ぎる!
「いいんですか!?嬉しい、よろしくお願いします!」
慌ててまくし立てる俺に、ユースさんは優しく笑いかけてくれた。
初っ端に契約してくれるドラゴンがあの、でっっっかい、強そうなユースさんだなんて、俺いいのかな。運良過ぎない?
「呪いが完治してからになるから今すぐは無理だけど……ごめんなさいね?」
申し訳なさそうに言うユースさん。
「そんなの全然構わないです!すげー嬉しいです!俺いくらでも待つから、ちゃんと身体治してください!」
ユースさんが仲間になってくれるなら、マジでいくらでも待てる!すっかり有頂天の俺の袖を、誰かが引っ張った。
「ぼくが行く!」
袖を引っ張ったのは、サイだ。
どうした?俺は今、嬉しさをかみしめるので忙しいんだけど。
ユースさんの申し出が嬉し過ぎて気もそぞろになっていた俺の腕をグイグイ引っ張りながら、サイはさらに大きな声で宣言した。
「かーちゃんが治療してる間、ぼくがケイヤクして役に立つよ!」
え……?
まさか、サイが契約?
いやいや、気持ちは嬉しいけど泣き虫のちびっ子ドラゴンって。悪いけどあんまり戦力にならないんじゃ。
密かに困っていると、アラシが半目でサイの額を小突き始めた。
「こらチビッ子!よくわかんない癖に契約するとか簡単に言っちゃダメだぞー。こいつが死ぬまでずーっと友達でいるって約束なんだからな」
「かーちゃんの命を救ってくれたヤツだもん、ぼく、約束できる!」
額をコツコツ小突かれながら、サイも一歩も引かない。
「ぼく、もう石化のブレスも吐けるし、身体も大分大きくなったもん!ちゃんと戦える!」
「そうか、土龍は身体デカくなるの早えーしな。今、体長どれ位だ?」
「まだ5mくらいだけど」
5m!充分デカい!
「人見て逃げ出してた癖に、ちゃんと戦えるのか?」
「……っ」
サイはさすがに言葉に詰まっている。
アラシの言葉は一見意地悪にも聞こえるけど、その実とても正しいんだと思う。ドラゴンにとって契約するって事はすごく大事な事で、きっとそう簡単に決めていい事じゃないんだ。それはきっとマスターにとっても同じ事だと思う。
「もう、逃げない」
うつむいていたサイが、ポツリとそう言った。
「オレたちは人間がアリんこ程わらわらいる場所だってしょっちゅう行くぞ?強い魔物と戦う事だってある」
「逃げない、ぼく頑張るから!お願い、します……!」
「……だってよ、カイン。サイの意志はハッキリしてる、後はマスターとしてお前が決めろ」
俺は素直な気持ちをそのまま言葉にした。
「出来れば連れて行ってあげたい。ただ、俺やミュウだってまだまだアラシの足手まといだって感じてるから……アラシの負担が大きくなるなら考え直すよ」
そう言ってから、俺はサイをしっかりと見つめた。
「あのさサイ、もし連れて行ったとしても今すぐは契約しない。暫く一緒に旅してさ、その上で本当に俺と契約したいって思ったらその時に改めて契約しよう」
サイは俺達よりもさらに子供だし、一時の感情で契約して後で後悔されるのはこっちもツラい。
「実は今さ、アラシからも契約するかどうかテスト期間って言われてるんだ。それだけ慎重にすべきものなんだよな?」
そう言って振り向ば、アラシは深く頷いている。
俺はそんなアラシに、ついでに今の正直な気持ちを伝えてみた。
「アラシには最初から助けて貰ってるから、俺はできれば最初の契約はアラシがいいんだ」
アラシから見たら俺達なんか頼りなさ過ぎて、マスターとは思えないかも知れないけどさ。
アラシは驚いたように目を見開いて、そのあとニッと笑った。
「何だよ、可愛い事言うじゃないか」
ホントに嬉しかったのか見るからに機嫌が良くなったアラシは、サイの頭をグリグリ撫でながら、こう言った。
「ま、今のお言葉に免じて、サイも纏めて面倒見てやるよ。ユースさん、オレが責任持って預かりますんで」
得意の爽やかさ全開の笑顔で、ユースさんに約束するアラシ。
「たーだーしっ」
サイの方に振り返った時には、その笑顔が嘘のように厳しい顔になった。
「一緒に旅するからには、俺の特訓をちゃんと受けて貰うからな」
サイの額を人差し指でまたもや軽く小突きながら、アラシは厳しい条件を突き付ける。
「契約しようっていうドラゴンがマスターから守って貰うのは論外だからな。せめてカインを守りながら戦えるくらいになれ」
サイは青くなってるけど、ユースさんは頼もしいわ、と笑っている。
ちょっと可哀想だ。
「どうする?一緒にくるか?」
心配になって確認したら、サイにキッ!と睨まれた。
「絶対行く!ちゃんと守れるようになるから!」
「そ、そうか、ありがと」
守って貰う気もないし、守って貰える気もしないけど、あんまりサイが一生懸命だからとりあえずお礼を言う。こうしてサイも、一緒に旅する事になった。
ミュウにも了解を取ろうとしたら、何だかマジメな顔でアリアと話しこんでいる。
なんだろう、アリアもいつになく厳しい表情で何か書き込んだ紙をミュウに渡していた。ミュウも唇を引き結び、真剣な顔でそれを受け取って。
なんだか大事な話みたいで声をかけきれずにいたら、視線に気付いたらしいアリアが、微笑んで振り返った。
「そっちも話がついたみたいね」
ミュウもつられたように俺を見る。次いで、怪訝な顔をした。
「何マヌケな顔してんの?」
……本当に失礼なヤツだな!
「なんか真剣に話してるから遠慮したのに!」
「らしくないじゃない、話しかけて良かったのに。……それで?サイも一緒に行くの?」
「一緒に行くっ!」
サイがミュウの腕に飛びついた。
「よろしくなっ!ねーちゃん!」
二カッと笑うサイに、ミュウもつられたように笑顔になった。
「うん、よろしく。うふふ、私弟欲しかったんだよねぇ、嬉しいな!」
俺にはなかなか向けてくれない、花が綻ぶような優しい笑顔。そういやミュウって、チビ達には姉ちゃん気取りでいっつも優しかったっけ。
うん、旅路の子守役もミュウがいれば安心だし、問題なさそうだな!