ドラゴンが集う場所
そして今、俺達はなんだか高級そうなバーで、所在無くただただそわそわしている。
バーのお姉さん兼ギルドの受付でもあるという美人が、俺達でも出来そうな依頼を、一生懸命探してくれてるからだ。
見回すと、席はポツポツと埋まっている。ここにいる人達がみんなドラゴンマスターなのか。
いやもしかしたらドラゴンだって混じってるのかも知れない、なんせさっきのハイロン様だってどう見たって人間にしか見えなかった。
ドラゴン、いるのかな……そう思うと、なんか緊張する。
「よう!お前らが、アリアんとこのガキか?」
突然声をかけられ、思わず肩がびくぅっ!と揺れた。ミュウなんかポニーテールが勢いよく揺れてたから、多分同じくらいびっくりしてた筈だ。
だ、誰だ、アリアの知り合い?
振り返ると、爽やかな笑顔の男。
若葉のような淡い緑色の髪。エメラルドグリーンの瞳。身長は俺よりちょっと高いかな。健康的な小麦色の肌も、白い歯が眩しい口元も、全てが爽やかな印象だ。
ただ、ガキ呼ばわりされるほど、年も離れてる感じ、しないけど。
「あ、あの」
「ん?お前……なんで?あいつの匂いがする」
爽やかイケメンは、俺の身体のあちこちをクンクンとかいでいる。
なんなんだいきなり!結構、恥ずかしいんだけど!
「あ、ここが一番匂いが強い」
ズボンのポケット……?
「あ」
そこには、形見の紋章が入っている。俺は紋章を取り出して、爽やかイケメンに渡してみた。そいつはしばらくの間、紋章を眺めて、やがて感慨深そうに溜息をつく。
「あいつの紋章だ。お前、あいつの身内?お前からもあいつの匂いがする」
そう言われても。
困った、俺には両親の事も何も分からない。仕方なく、俺は手短かに事情を話す事にした。
親が死んでアリアに育てられた事。
親の顔も名前も知らず、紋章が形見だった事。
親の事を知っているドラゴンがいるかも、というアリアの勧めでここに来た事。
そいつはただ頷きながら聞き、俺が話し終えると、また爽やかに笑った。
「そっか!詳しくは分かんないんだな。まぁオレも、あいつと組んだのはもう200年も前の話なんだけどな」
「200!?ま、まさかアンタ、ドラゴン……?」
「あーそうそう、ここはドラゴンズギルドだからな、ドラゴンなんか珍しくもない」
「あのっなんで、皆人型なんですか?」
ただ慌てふためく俺に変わって、ミュウが興味津々な顔で問いかける。
「うん?だって建物内だし、人型の方が便利だから。だいたい皆が本体のまま来てたら場所とってしょうがないよ」
うわあ……めっちゃ笑って普通に言ってるけど、なんかもうスケールが色々デカいから。さすがドラゴンっていうか、俺達とそう変わらない年に見えたけど、生きてる年季も全然違うし。
それにしてもこの爽やかイケメンが言う「あいつ」はご先祖様なんだろうか。どんな人だったのか、やっぱり興味がある。
聞いてもいいだろうか。
「あー……あいつの話?」
彼はなぜか、フッ…と笑った。
「お前とはかなりタイプ違うっぽいからなあ、ビックリしないでくれよ?」
手近な席につき彼が語るのは、そこそこ強引で暴れん坊な、ご先祖様の武勇伝だった。
俺のご先祖様の名前はマルス。
当時は超有名な……いや、違うな。ドラゴン達の間では最も恐れられた、悪名高きマスターだったらしい。
ドラゴンに恐れられるって、一体どんなご先祖様だったんだよ。
俺は早くも聞いてしまった事を後悔し始めていた。……ていうか、俺ここにいて大丈夫なんだろうか。恨み持ったドラゴンとかいたりしねえよな?
急にキョロキョロと挙動不審になった俺に、爽やかイケメンが「大丈夫、大丈夫」となんら信憑性のないセリフを吐く。どう大丈夫なんだか教えて欲しい。
「いやあ、あの荒くれマルスの近親者とは思えない、ごく普通のガキだなあ。なんか楽しくなってきた!」
と、すっかりご機嫌の爽やかイケメンが語ってくれたのは、少々意外な話でもあった。
「マルスが恐れられてたのはさ、『契約』じゃなくて、結構な数のドラゴンを『隷属』させてたからなんだよ」
「どう違うの?」
ミュウがズバッと聞いてくれて助かった、俺も今ちょうどそう思ってた!なんせまだドラゴンの事もドラゴンマスターの事も、全然良くわかってないもんな。
「うーん、契約はお互いの信頼の証だからな、立場は対等だし互いの意思は一切拘束されない。ケンカもすれば、逆に結婚する場合すらある。でも『隷属』はマスターに絶対服従だからな」
なんと俺のご先祖様と来たら、各地で暴れ悪名を馳せたドラゴンを捕獲しては、何をどうやっているのか、完全に隷属させていたらしい。
悪名を馳せたドラゴンも彼の指示には絶対服従だったし、忠犬のように穏やかになった。
人間から見たら英雄かも知れないが、ドラゴンから見れば、倫理観ゼロの、自由を奪うマスターだ。当時のドラゴンにとっちゃマルスと聞けば震えるほどの、恐怖の対象だったというから恐れ入る。
話してくれている爽やかイケメン、風龍のアラシは、街でスリをしていて俺のご先祖様、マルスに捕まったらしい。
「風龍のくせに、スリなんてちっせぇ事するんじゃねーよ!って、めっちゃ怒られてさぁ」
それは俺もそう思う。
「まだガキだったオレを、そのまま拾って育ててくれたんだよ。荒くれドラゴンにはマジで容赦なかったけど、それなりに優しいヤツだったんだ」
アラシは結構、ご先祖様の事気にいってたんだろうな…。だとしたら、お願いすれば助けてくれるかも知れない。
俺はダメもとで誘ってみる。
「アラシ、出来ればでいいんだけど…俺達の仲間になってくれない?」
「いいぜ」
おお、ふたつ返事!
「あいつに隷属させられたドラゴン達、あいつが死んだ後もなんでだか大人しくしてるけど、実際何考えてるかわかんねぇし。お前と会ったらどんな反応するか、読めねぇしな」
うわぁ…イヤな理由だった。
俺の顔を見て吹き出したアラシは、こう付け加えてくれた。
「一緒に旅して、オレのマスターに相応しいと思ったら契約してやるよ。それまではテスト期間な」
良かった!もしかしたら、初めての契約が出来るかも知れない!
ミュウと一緒に飛び上がって喜んだ。
それに旅に出たばっかの俺達だけで、ドラゴン関連の依頼なんか出来るのか?って、ホントはすげぇ不安だったんだ。受付のお姉さんも困ってたし。
心強い仲間が出来た俺達は、意気揚々と受付に向かった。