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茫然自失の旅立ちの朝

その記念すべき旅立ちの日、俺は激痛と共に目が覚めた。



「痛てぇっ!なっ…なんだ!?」



飛び起きたいが、それも出来ない。体がひたすら重かった。



「おはよう、カイン」



目を開けたらにっこり笑顔のミュウがいて、寝ぼけ眼にボンヤリ見えるその姿勢から、なんとなく事の全貌を把握する。


こいつ、全身使ってエルボーかまして来やがった……!



「痛ってえな、降りろよ」


「やぁよ。1人で旅にでようなんていう薄情者なんか、こうしてやる!」


「痛ってっ!痛いって!ごめん、悪かったからっ…ギブ!」



腹にさらにねじり込まれた肘のあまりの痛さに思わず悲鳴をあげると、ミュウは満足したのか、フン!と鼻を鳴らして俺の上から退いてくれた。


ちくしょう…!マジで痛かったし!



「なんでお前がいるんだよ…」


「アリアに聞いたの、だから」



ふてくされたみたいに涙ぐむ顔を幼馴染の見ながら俺はなんと言い訳すべきか途方にくれてしまった。


お前には、黙って行こうと思ってたのに。


あーあ、アリアにも口止めしときゃ良かったな。ちょっとばかりの後悔と共に、俺は昨日の事をボンヤリと思い返していた。




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柔らかな風が吹いていた。


サワサワと木の葉が揺れ、木漏れ日が薄く光る。日差しが和らぐこの時間、この森を二人で散歩するのが日課だった。


森の奥には開けた空間とたくさんの十字架がある。墓標の前でアリアは一心に祈り、俺は日のあたる場所で、日が暮れるまでただひたすら剣の稽古をする。


俺は毎日のこの時間が、とても好きだった。



でも、それも今日で終わりだ。



ちょっと感傷的な気分で、祈るアリアを眺める。この綺麗な銀髪も見納めだと思うと物凄く寂しい。視線を感じたのか、アリアが振り返り、咎めるように顔をしかめた。



「カイン、日のあたる場所にいなさい。体が弱ってしまうわ」



いつも通りの小言に思わず吹き出す。ホントに過保護だよな、アリアは。



「大丈夫だって!アリアこそ、うっかり日に当たるなよ。この前も火傷してたし」


「どうせすぐ治るから、別にいいわ」



確かにアリアはもう2000年以上生きているヴァンパイアだし、火傷くらいなら一瞬で治る。ただ、見てる方が痛いんだよな。



アリアは俺の育ての親だ。



まだ「人」だった頃に子供を亡くしたらしい彼女は、目に入る孤児全てを、我が子のように大事に育ててくれた。



だからなのか。

俺はまだ歩くのもおぼつかない赤ん坊の状態で、アリアに預けられた。



2人の冒険者がたまたま立ち寄った街で、今際の際の女性から「この子をアリアに託して欲しい」と泣きつかれ、わざわざアリアを訪ねてきたからだ。


女性はそれだけ言うと事切れ、詳しい事情は一切分からない。その時に俺の首にかかっていたデカいペンダントだけが、俺の両親の唯一の手がかりらしい。


冒険者達は最初は困ったものの、2つの理由で、アリアのもとを訪ねようと決めたらしい。



理由のひとつは、好奇心。


アリアは伝説と呼ばれる程、有名なヴァンパイアで、まことしやかに囁かれる噂がいくつもある。


2000年もの間生きている。

ヴァンパイアの始祖を倒した。

人の血を吸った事がない。

孤児を拾っては育てている。

彼女が住む森には、孤児達が作った村があり、彼女を守っている。


…そんなヴァンパイアがいるなら会ってみたい。まあ、野次馬気分だ。



でも、彼らを実際に動かしたのはもうひとつの理由の方だった。


普通に考えて、そんなヴァンパイアがいる筈がない。村人は妙な魔術で洗脳されているのかも知れない。


もしもそうだとしたら、危険極まりない。事切れた彼女が告げた森はここから近く、人里離れてもいない。


放っておける筈がなかった。



ただ、村に辿り着いた彼らは相当困惑したらしい。


ごく普通の村で、ごく普通の生活で、ごく普通の人々がいる。怪しい所もないけれど、ヴァンパイアがいるようねイメージも全く湧いてこない。



「ああ、アリアを訪ねて来たんかい。その道ずっと行きゃあ、森のアリアの家に着く」



困って村人に尋ねると、あっさりとアリアの根城も教えてくれた。


もちろんヴァンパイアと会うなら昼間がいい。冒険者達の内、一人は剣士だが、もう一人は聖魔導士だった事もあってヴァンパイアに有効な攻撃手段も無くはない。


彼らは決意を固め、アリアの元を訪ね……ここでも困惑するハメになった。アリアは普通過ぎたからだ。


「あら、いらっしゃい。どちら様?」とお茶を出してくれる。


事情を話すと、「こんなに可愛い赤ちゃんを残して…心残りだったでしょうね」と女の死を悼む。



赤ちゃんを育てて欲しいと頼むと、断られた。


曰く、「嬉しいけど…私はヴァンパイアだから。普通の村で、普通の人間に育てて貰って。偏見がないわけじゃないし、この子の人生も変わっちゃうから」



相当真っ当な理由だ。

しかも、ヴァンパイアである事も隠さず、アリアは普通に生きていた。


もちろん彼らも冒険者だ。

当然印象だけでは信用しない。


丁度でかい冒険を終えて少しゆっくりするつもりだった彼らは、酔狂な事に、1年もの間この村に留まり、アリアの行動を追ったらしい。


冒険者達が女に俺を託されて1年、俺はついにアリアを信頼するに至った彼らから、再度アリアの手に渡された。



アリアに大事に大事に育てられ、ちょいちょい顔を見に来るその冒険者達に剣の稽古をつけられ…


14年があっと言う間に過ぎた。


おかげで村の中でも剣技は一番だ。

アリアからは心配ばかりされるが、体力だって人一倍あるつもりだ。



この村では、15歳で成人する。

その後の生き方の選択を迫られるんだ。


村で生きるか、旅にでるかを。



この村は、もともとアリアに育てられた子供達が、アリアを慕って作った村だ。


この村には悲願がある。

いつか、強い強い子供を育て、アリアのために龍聖石を探すこと。


何も欲しがらないアリアが、一度だけ、夢見るように「欲しい」と言った龍聖石。


どんな石かも分からないが、子供達はどうしても見つけたかった。その石を探して、たくさんの子供が旅だったと聞くけど、それでも見つかっていない。もう伝説のような、悲願。


子供達の間だけで語りつがれ、アリアは知らないのだと言う。



俺も、旅に出る。

村のみんなが、何百年も探し続けた、龍聖石を探しに。



もの思いに耽っていた俺は、アリアの心配そうな眼差しに気付き、慌てて笑顔を作った。


言うんだ、決心が鈍る前に。



「アリア、俺、明日旅に出る」



一瞬、悲しそうに顔を歪めるアリア。次いで、ため息と共に寂しそうな笑顔を見せた。



「そうね。カインはいつか必ずそう言うと思ってた。ずっと、訓練していたものね」



そしてアリアは、俺の首にかかるペンダントを撫でた。



「旅に出るなら、まずはこの街の東、カルビアの丘に向かいなさい。そこにライルという名のギルドがあるわ」


「ギルド?…でも、カルビアの丘って街とか無いよな?気味悪い古城しか無くない?」



アリアは、うふふ、と笑う。



「その古城、地下がギルドになってるの。ドラゴンと、ドラゴンのマスターだけが集まる、秘密のギルドよ」



そして、俺のペンダントを掌にのせて、なぜかいたずらっ子のように笑った。



「このペンダント、ドラゴンマスターの証だと思うわ。あなたのご両親を知るドラゴンに会えるかも知れない。ドラゴンは長寿だから、可能性、かなり高いと思うわよ」



確かめてご覧なさい、とアリアは笑った。


親の事は顔も知らない。

だから、考えた事もなかったんだ。


思いがけない展開に、その日俺は眠れなかった。




それなのに。


明け方やっとウトウトしてやっと睡魔が来たかと思ったら、コレだ。


はっきり言って頭回ってねえし。恨みがましい涙目で俺を見上げてくる幼馴染を前に、どうすればいいのか。



ミュウとは、ガキの頃から兄妹みたいに育った。


アリアに俺を預けた冒険者の1人、聖魔導師がミュウの親父だ。俺とミュウは、いつも一緒に戦闘のイロハを叩きこまれていた。


そう、仲がいいからこそ、黙って旅に出ようと思ってたんだ。ミュウはひとつ年下だし、旅に出るとしてもまだ早い。


暫く会えないと思うと、もしか、うっかり泣いちゃうかも……

イヤ、大丈夫だとは思うが!



「ゴメンな、黙ってて。俺、今日から旅に出る。……アリアの事、頼むな。きっと淋しがるから」


「ばか!」



なぜか一喝された。



「私のカッコちゃんと見えてる?私も行くに決まってるでしょ!」



なんで…?



「うわぁ…超マヌケ面」



ミュウは呆れたように腰に手をあて、こっちを睨みつけてくる。


ああ、確かに白いレザーの軽鎧。揃いの白いブーツ。腰にナイフ。愛用の錫杖。柔らかい金色の髪も今日はポニーテールに纏められている。どこからどう見ても旅支度だ。


でも、なんでだ。

まだ15歳になってもいないのに。



「カインが旅に出るって言い出すのなんて、お見通しだから。前々から、ママにも長老にも、アリアにも、話は通しといたし。根回し、大事だよね」



え…話を通すって…根回し…?



「カインがもし旅に出るなら、私も一緒に行くって。二人の方が生き残る確率高いでしょ?」



分かったら支度してよ、と急かされる。


呆然としたまま、着替えて。

朝メシ食って。

アリアに見送られて。

村では会う人会う人、激励されて。


俺は旅に出てしまった。

ミュウと一緒に。

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