八百屋な少年は初恋をする3
「おはよう?」
ジークはとても透き通った女の声で目を覚ました。瞼を開くと目の前に整った顔があって驚いた。心臓がドクンと大きな音を立ててはずんでいる。
「お おはようございまふっ」
ジークがどもってしまうと、冒険者らしき女の子はクスリと笑う。
「かわいい」
「へ?」
シルガのお腹に二人で持たれるように寝ていたのだが、少女はジークをギュッとした。
そして何が気にいったのか分からないのだが、ジークの頭をナデナデする。
「お名前は?」
「ジークです。えっと何で俺を抱きしているのでしょうか?」
ジークはふと気が付いたことがあった。自分の頭を撫でる少女の手首に手枷と千切れた鎖がカチャカチャと音を立てていたのだ。ファッションなのかとも思ったが、手枷を態々付けはしないだろう。
しかし状況がジークの思考を不活性にさせる。
少女のぬくもりといい匂いに気持ちよすぎるナデナデの所為だ。タンクトップにホットパンツという彼女の服装の所為でジークと少女の柔肌がこすれ合って何とも言い難い感情がジークの中でぐるぐるしていたのだ。
「かわいいから。名前もかわいい」
「うぅ あなたの名前は? どうしてこんなところに?」
「名前なんだっけ?あ、そうだ・・・フェリアだっけ? 此処に来たのは・・・なんで?」
フェリアと思い出したように名乗った。自分の名前を忘れることがるのかな?とジークは心配したし、疑問形で返されて戸惑ったのだ。
「俺に聞かれても困ります! フェリアさん?でいいんですか? 冒険者じゃないんですか?」
「ん・・・たぶんそう。さんはいらない」
じゃあフェリアって呼ばせてもらいますねとジークはつぶやくと、フェリアの尻尾が嬉しそうにフリフリしていた。
「記憶喪失なんですか?」
まずジークはそう思った。
きっとモンスターに襲われて逃げるうちに頭を打ってしまったのだろうと。
「眠くなると忘れることが・・・多々ある」
しかしフェリアの解答は予想の斜め上を超えていった。
聞いたことが無い特技だ。
「多々あっちゃうんですか!?」
「うん。でも大丈夫だと思う、使命だけは忘れてない。・・・ん?」
使命?きっとギルドの依頼の事だろうとジークは予想した。
いったいどんな依頼を受けたのかを聞こうとしたが、フェリアが急にジークの顔を両手でガッシリと掴んで鼻が擦れるぐらいの位置に引き寄せたのだ。
「うわぁ 急になんですか!? びっくりするのでやめてくださいよ!」
「・・・男の子?」
フェリアはじっくりとジークの顔を見た後に、体中をペタペタと触ったのだ。
ようやくジークが男だと認識して、首を傾げた。
「うぐ! そうですよ! 俺は男です!」
だから密着するなという気持ちを込めたつもりだった。
もうドキドキしすぎてジークは変になりそうだったからだ。
「・・・女の子じゃなくてよかった」
「はぁあああああ!?」
またもや斜め上を超えていく返しにジークは叫ばずにはいられなかった。
「ジークが男でよかった。・・・かわいいし」
フェリアは大切な玩具を抱きしめる子供のような破顔を見せると、より一層ジークに絡みつく。
ジークはというと顔を真っ赤にしている。頭から湯気が出そうなほどに。
他の男だったら間違いなくフェリアを襲っているかもしれないが、ジークはヘタレだった。
なんとか理性を働かせてフェリアから離れる。
「と とにかく街に戻りませんか?」
「街? シルバリオン?」
「はい」
「戻るにならない。行ったことないから」
「他の街で依頼を受けたんですか?」
「・・・そんな感じ?」
「なら案内します! 美味しいお店とかいい宿とか知ってますから!」
「それ・・・いい。デートする」
「ででででデートなんかじゃないって案内! 案内です!」
「分かったそう言うことにしとく」
フェリアは立ち上がって脱ぎ散らかした、軽装やダガーを装備していく。
冒険者でも斥候を中心に請け負っているような格好だ。
「ダガーって使いやすいんですか?」
あまり扱ったことのないダガーにジークは興味を持った。
アリアナに大剣術を教えてもらう前にはいろいろな武器を試して使っていた。片手で扱う武器はジークにしっくりこなかったのだ。怪力故に持った気がしなくて違和感があるからだ。
「使いにくい。・・・とっても」
「え? じゃあなんでダガーを使ってるんですか?」
「・・・秘密」
「見せてもらっても?」
「絶対だめ・・・コレは危険。触るのは絶対だめ、見るだけならいい」
フェリアはダガーを鞘から抜き取ってジークに見せる。
そのダガーは錆びきっていた。黒くなった血までがこびり付いていて、見るからに鈍らだ。
触れたらダメだというのもジークは頷けた。これだけ鈍らになった刃物の扱いが難しいのは良く知っている。これでも鍛冶屋の孫を伊達にやってはいない。よく切れる刃物よりも鈍らの方が触って怪我をしやすいのだ。
ただそこまで警戒する意味も分からなかったが・・・
「めっちゃ錆びてますけど? 研いでないでしょう。武器が泣いてますよ」
よくマズールが武器を大切にしない輩に言う言葉を借りた。
武器が泣く。
比喩でしかないが確かにジークはフェリアのダガーから泣き叫んでいるかのような狂気を感じたのだ。
なにか訴えてきているような。
でもそれがあくまでも泣いているとたとえているからそう感じたんだとジークはダガーから意識を逸らす。なんとなくだがこれ以上ダガーについて踏み込むのも止めた。
「・・・確かに泣いてる。でもコレはこれでいい」
フェリアもダガーを鞘に戻した。触らせる気は本当に無かったようだ。
「そうですか。他人の武器にどうこういうのもお門違いですね。鍛冶師でもないのに」
「ん」
コクリとフェリアが頷いたのでジークは話題を変えた。
「じゃあ街まで飛びうわっぷ!? 何するんだよシルガ!」
蒼炎で二人の身体を包もうと燃え上がらせようとしたが、その前にシルガがジークの顔を思いっきりベロりと舐めた。ジークの顔はシルガの涎でネッチャネチャだ。かまってちゃん攻撃だ。
「わう!」
「遊んでほしいってか? ふざけんなよ!」
シタリ顔で鼻をふんっと鳴らしたシルガにジークは飛び掛かった。
ジークはシルガを擽り倒し、シルガはジークをペロペロしまくるのだ。
「・・・私も混ぜる!」
そこに何とフェリアも混ざってきた。後ろからジークを羽交い絞めにしたのだ。
突然の乱入にジークは何もできずに拘束される。
シルガはその隙を逃がすはずがない。途端にシルガとフェリアにマウントポジションを取られた。
「ちょ!? フェリア何してんの!? ちょっとそこは舐めちゃダメっ うわぁあああああ」
シルガには顔や体をペロペロされて、フェリアには首筋をペロペロされたのだ。
まさかのフェリアまでペロペロしてくるとは思わずにジークは叫ぶことしかできなくなっていた。
軽くパニックした。シルガのは不快で気持ち悪いし獣臭いが、フェリアのペロペロはくすぐったくて嫌な臭いはしなかったし、密着されて信じられないぐらいに鼓動が早くなった。
しばらくして解放されたジークは全身涎でべっとべとになっていた。
シルガは満足した様子だ。なぜかフェリアはまだ満足してなさそうだ。
フレイ直伝の洗浄魔法で一瞬にしてベタベタを洗い流す。
ここ最近では魔法を使うことに抵抗がなくなってきていた。
血統の事が誰かに狙われる可能性があるから魔法に関しては消極的だったが、もう隠す必要もないほどにジークは有名人になってしまった。
血統の一個や二個がどうこう言う以前の話だった。
「臭かった! シルガ覚えとけよ」
「わう!」
「ジークかわいい」
「もういやだ」
ジークは少しだけフェリアと接するのに慣れた。
そして何故かジークを気にいっているようだ。
「わう!」
シルガが二人の前で姿勢を低くして座り込む。
「乗っけてく? でも見つかったら危ないぞ?」
「わうー!」
「ジーク・・・早く乗る!」
「分かった分かったから」
ジークが否定する以前にフェリアがさっさとシルガにのっかってしまったのだ。
「じゃあ安全運転で頼むぞ? ぜったいに全力疾走するなよ、危ないからな!」
「ジークは前」
ジークがフェリアの後ろに跨ろうとしたら、無理矢理前に座らされてまたしても抱きしめられた。
両腕を回されて密着されるとジークの心臓がまたしても早く鼓動する。
「わう!」
シルガはお約束通り一歩目から全速力で岩場を飛び出したのだった。




