白菜(シロナ)の訪れ
「数原ー、・・・・数原いないのかー。」
「先生。数原は今日来ておりません。」
「そか。なら木無地。これ数原のとこ届けといてくれ。」
「了承した。」
ここまでがさっきまでの流れだ。私は委員長として数原の家にプリントを届けに行く使命を仰せつかった。そして今向かっているところだ。
しかし、あいつの家に行くのも何年ぶりだろうか。ガキの頃はあいつも憎らしくてよくシバいて―――っと、つい素が出てしまった。気をつけねば。
「失礼する。英一郎はいるだろうか。」
・・・返事がない。無人なのだろうか。ちょっと気が引けるが勝手に上がらせてもらうとする。知らない仲ではないしまあ大丈夫だろう。
「英一郎・・・・なんだ、居るではないか。」
英一郎は、マヌケな面をして部屋で眠りこけていた。噂では風邪だということだが、そこまで重いものではないのだろう。折角持ってきたこいつも無駄足か。―――いや、試しに使ってみることにしよう。そそくさとカバンを下ろし、パックのキムチの封を切る。それをつまんで英一郎の鼻先に―――
「って何しようとしてんじゃ白菜!」
いきなり英一郎が跳ね起きた。勢いがついた頭はそのまま私にぶつかり―――ゴーンという鈍い音を立てた。
―――余談だが、委員長こと木無地白菜はヒト族マナイタ目センタクイタ科の生物であった。―――
「英一郎・・・・起きているなら素直に起きろ。」
「痛てぇ・・・・お前、やに真っ平らだと思ったら鉄板でも仕
込んで」
「死にたいのか貴様。」
「メッソウモゴザイマセン。」
「まあともかく。プリントを届けに来てやったぞ。」
「サンキュ。・・・・で、さっきの行動についてだが。」
「やはり死にたいようだな・・・・・?」
「違う。なんでキムチを俺に載せようとした?」
「知らんのか。キムチに含まれる植物性乳酸菌には免疫をだな」
「それ、食わないと効果無いだろ。」
「・・・・・そうなのか?」
「常識的に考えてそうだろ。」
そうだったのか、と一人納得する。
「てかさ。ここ、俺とお前しかいないだろ。なんで無理して委
員長モード続けんのよ。」
「何だ委員長モードとは。これが今の私だ。」
英一郎はつまらなそうに、
「・・・・ハクサイ娘。」
それは小さなつぶやきだったが、私にとっては大地震並の衝撃をもたらした。
「だっれがハクサイ娘じゃ!んなこと言うでねぇだよ。」
「ほーら素に戻った。」
言われてハッと我に返る。同時に、心の底から恥ずかしさもこみ上げる。
「い、今のは忘れろ!」
「やーだね。その方が自然だろ。」
「ぐぬぅ・・・・んなことこくでねっ!」
「ほらまた出た。」
「あうぅ・・・・・」
「お前さ。転入した先で笑われんのまだ怖えーのか。」
そう言うと、英一郎は私の髪を引っつかんで持ち上げる。髪はカツラだ。その下にある地毛は―――朱に染まっている。
「都会に憧れて自分で染めたはいいけど、落ちなくなったからかぶりっぱなしなんだよな。それに、その委員長言葉も秋田弁が出ないようにするため。・・・・お前さ、疲れないの?」
「そっだらこと言っても・・・・・」
「俺はな、お前の秋田弁が気に入ってんだよ。」
「うそこくでねっ。」
「本気だ。」
「とっ、とにかくプリントは置いたからなっ!私は帰るぞっ!」
苦し紛れにそれだけ言って、家から逃げ出す様に駆け出した。
曲がり角の電柱の影で、高鳴る胸を押さえる。
バカ。そっだらこと言われたら―――好きだってこと、バレちまうでねぇか。
このキムチだって本当は置いてくるはずのものだった。結局置いてこれなかったが。
秋田弁とこの髪のことを知っている人を避けて、越境入学のギリギリを選んだのに。まさか英一郎が、この街に引っ越してきてたとは。それを知ったとき、真っ先に口封じをしたが、二人になるとつい秋田弁を出しそうになる。捨てたいのに、捨てれない。
「明日、二度とあんなことを言わせないようにクギ刺しとか。」
言葉とは裏腹に、ちょっと頬が緩んでたのは秘密だ。
この作品は部内での企画で書いたものです。その時のお題が「木梨地 白菜」という人物を出す、という条件だったのです。冬だったからね、キムチウマー。