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Corrnertia<コルネルティア>

 拙作「おいしいパンを作りましょう」の「ガス抜き工程」の挿話として書いた小品です。

 アルファポリスさまへの投稿時に一本にまとめて再編集いたしました。


 プルルルルル プルルルルル

 

 宴の時間の終わりを告げる着信音が鳴る。けれどもこの空間--世界中からありとあらゆる高音と低音を掻き集めて、グラグラと鉄鍋に煮込み、その鍋をひっくり返したような音の洪水で溢れかえる空間では、けたたましいはずの着信音はむなしくかき消された。


 天井に回転するミラーボールは90年代の輝きを撒き散らしている。その音と光の渦の中心に、男が一人立ち上がり、マイクを握り締め、ひたすらシャウトを繰り返していた。


「宮本、どうする? 延長するんだろ?」


 俺は受話器に手を伸ばしながら、片手をメガホンのように口にあて怒鳴るようにして問い掛ける。宮本はすかさず指を2本立てた。


「あと2時間、いやいや、あと1時間延長願います」


 あと120分間この空間を耐え切る自信は、俺にはない。すまぬ宮本よ……勝手に1時間延長に変更されたとは露知らず、目の前の男は熱唱を続けていた。


 激しい、いや激しすぎる超絶ハードなロックのドラムが響く。腹を底から揺さぶる打撃音に呼応して、ベースギターがひたすら重低単音を連打する。リードギターはむせび泣く。うねり、猛り、漆黒の炎と化した6弦が発するスクリームは不協な音の塊を成し、めねつき、まとわりつく。


 歌詞は……正直、何を言っているのか理解できない。質の悪いハンドマイクを通して、酔っ払ったおっさんがしわがれた野太い声を力一杯がなりたてたような、音波の塊にしか感じ取れないようなシロモノだった。


 目の前でひたすら唸りあげ続ける男、宮本。かれこれ2時間あまり、ひと時もマイクを離さない。俺はジンジャエールを片手に、彼が発する怪音波をこの身に受け続けた。


 彼のノドボトケから紡ぎ出される声色がもはや何ら意味を与えないのと同様に、俺の視線はただぼんやりと宮本に向けられていた。


 一曲ぐらい俺に代われよ、と思わなかったといえば嘘になる。

 けれども、今日は宮本の気の済むまで歌わせてやりたかった。



 腐れ縁。

 小学校は、ずっと同じクラスだった。

 お互い地元の中学、そして高校も一緒に通った。

 高校は地元では「名門」と呼ばれていた。名門とは聞こえがいいが、実情は一世紀を超える歴史だけが誇りとなってしまった、片田舎の伝統校だった。

 

 お互い学んで、悩んで、そして、恋をして。

 どちらも胸の内に秘めたる恋人に想いを伝えることもないまま、3年が過ぎた。

 当然、出会いを迎えることのないまま、それぞれの「恋人」と別れの時を迎えた。


 宮本と俺は違う道を進むことになった。

 俺は都心に近い大学へ、宮本は地元の専門学校へと進路が決まっていた。


 またな。

 おう、またな。


 気の早い桜がチラリと顔を出した校門で、宮本は力強く右手の拳を空に突き上げた。

 俺は笑顔でそれに応じた。



 高校を出て、半年足らず。

 携帯に宮本からの着信があった。


 それは真夏の盛りを過ぎた、しかし、残暑というには早すぎる9月の初め。

 雑多すぎる人とモノが織りなす埃っぽい湿気がむわりと絡みつく都心の改札口。

 

 宮本はひっきりなしに通勤客を吐き出す自動改札機に、もたれかかって立っていた。


 あれだけ力強かった宮本が、なぜか小さく見えた。

 

 次の瞬間、俺は自身を失ってしまいそうな感覚に襲われた。

 心が歪み、縮んでしまいそうな、めまいにも似た感覚に、思わず両足を踏ん張った。

 そして、一歩ずつ確かめるようにして彼の方へと踏み出した。


 宮本は俺に気付いた。

 くしゃりとバツの悪そうな表情をしてから、力なく右手をあげて俺を呼び寄せている。


 何かあったのだろうが、聞かないことにした。

 きっとそれが彼に対する礼儀なんだろう、勝手にそう決めつけた。


 カラオケに、行こう。

 いや、行かせてくれ。


 悲痛さすら込められた両眼に、俺はただ頷くしかなかった。




「このバンドの曲を片っ端から入れてくれ」


 宮本はアーティスト名だけを選択してから、選曲用の端末を俺に投げて寄越した。

 俺は端末の液晶画面をのぞき込む。


 Corrnertia<コルネルティア>


 このバンド、名前すら全然知らないんだが……

 いや、俺が知らないだけで、結構有名だったりするのだろうか?


 何となく、巻貝のようなカタチをしたパン、「コルネ」をイメージさせるバンド名。

 コルネルティアの曲一覧が画面にずらりと並ぶ。


 きっと宮本は何らかのトラブルに巻き込まれたのだろう。

 俺の知らない、新しい世界で傷ついた心をお気に入りのバンドの歌で癒やしたいに違いない……


 宮本の心情を勝手に解釈して、俺は曲を選ぶことにした。

 事前情報は一切なし。

 ただ、そのタイトルから勝手にプロデュースしてゆく。


【BROKEN HEART TONIGHT】

 まずは、ブロークンハート。

 どん底に落ちてもらおう宮本よ。

 すべては、そう、お前の心の再生のために。


【消えてしまった情熱に】

 壊れて、冷え切った心。

 熱き想いは砂塵と化し、もう何も灯さない。

 けれど、俺の情熱は消えていなかった。

 きっと、そんな展開のアツいバラードのはず。


【2014 CROSS】

 思い出すのだ。

 そう、あれは4年前。

 あいつと初めて出会った人生交差点。

 それは熱い日々の始まりだった、みたいな曲だといいな。

 タイトル的にはバラードの予感もするし。


【悪夢の夜の悪夢】

 このあたりで、ちょっとアクセントに。

 なんだか恐そうだが、このタイトル。

 悪夢の夜「の」悪夢ということは、悪夢のような夜に見た悪夢ということか。

 額に髪の毛がべったり張り付くような、いやな汗かきそうだけど……

 宮本のために、というより興味本位での選曲だ。


【FLASH BACK 2011】

 その悪夢は、2011年の忌まわしいできごとだった。

 思い出したくもない記憶が脳裏をかすめる……

 勝手に前曲と繋げる必要もないけれど。

 関係ないが、この作曲者の2011年に何があったのだろう?

 

【MORNING SHOUT】

 悪夢にうなされて、フゥオウッ!

 ってどんな朝やねん。

 朝一でシャウト!!

 なんか元気でそうだし、悪夢をお祓いする感じを期待。

 

【REBOWN】

 そして魂の再生。

 フォウ! 生まれ変わったソウル。 

 いま、まさにこの一歩がリボーンへの一歩。

 いい感じやね。

 宮本の心も少しは晴れるだろう。

 きっと……



 俺は、勝手な想像をして選曲し、送信ボタンを押した。


 一曲目は【BROKEN HEART TONIGHT】。

 イントロが始まった。


ドングラドングラドングラドングラ

ドングラドングラドングラドングラ

ドングラドングラドングラドングラ

ドングラドングラドングラドングラ


 うおっ、なんだコレは!


 1秒間にいったいどれだけの打撃音が詰まっているだろう。弁当箱にこれでもかとギュウギュウ詰めにされた飯粒のように、もはや一粒一粒が分解不可能に濃密に重低音が重なりあうドラム音に続いて、リードギターがその身を捩り絞り出すような金切声で咽び泣きをはじめた。


ピリリャリピリリャリピリリャリギュイーン

ドングラドングラドングラドングラドドドド

ピリリャリピリリャリギュイーンピリリャリ

ドングラドングラドドドドドングラドングラ

ピリリャリピリリャリピリリャリギュイーン


 32ビート? 64ビート? 128ビート?

 音楽に詳しくないので分からないが、なにせ激しくかつ高速のビートを空間に叩きつけながら曲は進む。

 

 あっけにとられていると、やおら宮本が歌い出した。


 ニホンゴ? エイゴ? 激しすぎて、何を言っているのか分からない……

 俺は、さらにあっけにとられてしまった。


 そして、冒頭に戻る。


プルルルルル

プルルルルル


 既定の時間を知らせるインターフォンがけたたましく鳴り響く。

 こんな大音量の中でも音が通る技術に、少し感心しながら受話器に手を伸ばす。

 店員にはあと1時間延長する旨を伝えた。

 ついでにジンジャエールも追加注文した。


 宮本の魂の復活までをストーリー仕立てで組み立てた曲のラインナップ。ある意味、苦心の選曲だったのだが残念ながら俺にはすべて同じ曲にしか聞こえなかった。

 コルネルティアの曲は俺にとってスーパーハードロックすぎたのだ。


 けれども数曲を超えたころ。

 そう【MORNING SHOUT】あたりから宮本に変化が訪れた。

 

 モニンシャウ、フヲゥッ!

 モニンシャウ、フヲゥッ!


 激しいシャウトに合わせて突き上げられる右手の拳。

 フヲゥッ!と魂の叫びを繰り返す度にその拳が力強さを増してゆく。


 モニンシャウ、フヲゥッ!

 モニンシャウ、フヲゥッ! 


 それは、あの校門で見た宮本だった。

 咲き始めた桜の中で見た、あの力強い拳だった。


 一通り俺の選曲を歌い終えた宮本は、また一から俺のラインナップを歌い始めた。

 宮本との俺の間に会話はなかった。

 けれども、頬を紅潮させ歌い続ける宮本の姿が、そしてシャウトの度に突き上げられる拳が、俺に感謝を告げているようにも見えた。

 

 彼の苦しみは決して癒えてはいないのだろう。

 けれど、少しはガス抜きになったようだった。


 俺はそれに笑顔で応え、ぬるくなったジンジャエールを腹の底に収めた。


(完)


書き出しの情景が分かりにくかったので、大幅に書き換えました。(平成29年5月18日)

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