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ブラックガム


 映画や漫画や絵画やなんやかや。不道徳であったり、神秘的であったり、暗示的であったり。それらの一場面として切り出された夜の時間。

 

 それとなく感じる、共通の内的音楽と感受性。

 

 昼間、ぶらぶらと歩く。夜、そぞろ歩く。一通りでないなあ。


 昼間は暖かな日差し。或いは、雪に埋もれた街並み。夜はネオンサイン。或いは払暁に見る光芒に沈む夢。それらのために、それらは一様に美しくはなく、ただ陰惨に見えた。雪も瞬く光芒も街の風景の傷口を隠している薄汚れた包帯のようにも見え、なにか決定的な要素のかけた、不完全な音楽であるかのように思われた。それは、なにか、巧緻を尽くした、酷く稚拙な冗談のようだった。


 弛緩した街並み。ガムを一枚噛んだ。


 果たしてそれはどういった作用なのか。今まで呆としてはっきりしなかった街並みが表情を一変させた。夜空は一層重みを増して目の前に落ちかかり、街はその傷口を恥じらいもなく暴露してみせた。それは天地が逆転したかのような、激甚な歓びだった。


 彼の内的音楽と景色とが、正しく同一のものへと変質したのだ。街は今や音楽への期待と傷口を暴露した為に赤らめた頬の、その共通の羞恥の為に心地よく張り詰めていた。

 

 少年はただそれが嬉しくて、堪らなかった。震える街並みは今や彼の友人であり、共謀者であり、より良き隣人であった。少年の耳には聴こえる。絶え間なく続く旋律と律動とが。


 彼は嬌声を上げながら、その場から走り出した。耳に聴こえる音楽が届かなくなるまでは、どこまででも走っていこうと考えた。そして、それも不可能なことではないと思われた。彼は今や不遜なまでの矜持を持って、街道を疾駆している。


 彼は自らがどのような経緯を以って、そういった心境に至ったのか、思い出すことが出来ない。彼は世界に無知と無恥とを願った。しかし世界と社会、全体と個人とが相互関係にあると彼自身が考えるのならば、彼もまた無知と無恥とを要求された筈である。


 そうであればこそ、理性や理知に侵されることのない絶対を彼は求めた。しかし、それは不可能なことだった。それは自らの人間性への謀反をも要求するのだから。そうして彼は、彼自身が夢見る完全なる豊穣な唯一無二の媚態を夢想し反芻する彼になったのである。彼はそれを熱烈に求め、また意味深長な恬淡さで以って遠く離れた場所にそれを冷ややかに眺める他はなかった。


 それは正しく精神からの逃避に他ならないが、その実、余りに迂遠な演技にも過ぎなかった。


 少年は疾駆する。少年には今目にしている世界と自らの間に、まったく同質のこの地上でただひとつの生き物が脈打っているかのように思われた。彼の嬌声は今や泣き笑いとなって。噛み締めたガムの匂いを鼻腔に思い切り吸い込みながら、彼は走り続けた。


 彼の耳元で鳴り立てる音楽が、彼を漸う人生の出発へと向けて駆り立てているのであった。例え、それが彼自身の人生からの催告でなかったとしても、彼は出発し、嫌がる足を前に運ばなければならない時期に差していた。


 音楽はてんでばらばらになり、がなり立てるような騒音のなか、力強く脈動する鼓動。


 少年の目の前をあらゆる情景が目まぐるしく途切れ途切れに擦過してゆく。




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