始まりのスイッチ
ーーー 桜が舞う季節。始まりの季節。
深く息を吸って見せると肺の中に冷たい空気が流れ込んだ。春は温かい季節な筈なのに空気はまだまだ冬の名残りを残しているようだ。んーっと思いっきり伸びをして、目の前の景色を見つめてみた。
我が校には大きな桜の木が一本ありその木から大量の花弁が舞い降りている。白を基調とした上品さ溢れる校舎の周りを薄い桜色が彩っていてなんだかとても絵になりそうだと、キャラじゃないことを考えた。
「ふううぅぅっ…はあああああああああっ!!」
少し大袈裟に、いや、かなり大袈裟に息を吐き出して冷たい空気を追い出した。せっかくの春だ。暖かい空気を吸いたい!そんなことを言えば酸欠になるかもしれないけど…。
高校三年生。花のJKももうすぐ終わると考えると寂しく思える。でも、まぁ、今年で最後なら思いっきり楽しもう。あたしらしく!!!!!!
「よしっっ!」
と大声で気合いを入れれば玄関へと走る。埃臭い靴箱にたどり着き、去年自分が使っていた小さな扉を開いた。
ーーー 物語の始まりはいつも必然で。
どこにスイッチが隠れているのかわからない。
そうしてあたしはスイッチを押すことになる。
「ん…?なにこれ…」
使い古したシューズの上にそっと置かれた白の封筒。表は糊で止められていて裏返すと『大仏 愛深様』と達筆な文字であたしの名前が記されている。…もしかしてこれは例のアレ…?春といえば始まりの季節…そう、恋の始まりの…てことはやっぱりラヴでベターなラヴレター!?
運動靴からシューズへ履き替えながら封を切る。中から出てきたのはどうやらラヴレターでは白い小さな紙切れ。ひっくり返してみるとやはり達筆な文字が記されている。
『生徒会室にて。貴女に大事な任務を任せます』
「……うちの学校って生徒を兵士に繰り出したりする学校だっけ…?」
思わず心の声が漏れ出す。“大事な任務”だなんて大袈裟過ぎるっていうか命懸けのサバイバル生活を強いられるような無茶ぶりしか浮かばないというか…。とりあえず、生徒会室に行けばいいのかな…?その紙切れを握り締め、右へ曲がる。この学校はどこか甘い香りがする。きっと男子よりも女子が多いせいだろう。曲がればふわふわと波打つスカートが良く似合う二人の女子生徒がじゃれていた。二人とも小さいけど一年生なのかな?いや、中学生にも見えるけど…
(いやいや、あたし。色んなことに目移りし過ぎだって)
新学期は心がそわそわして色んなことが頭に過ぎってしまう。春のなんとかってやつだ。うん、春のなんとか。
二人の女の子を追い越して階段を駆け上がる。少しスピードを出すとなんだか走り出したくなって全速力で階段を駆け上った。トントントントントンっと的確なリズムを刻むと気分まで上がり、自然と鼻歌が溢れる。そのままの調子で生徒会室がある三階フロアに上がり階段から廊下へ出ようとしたところで……
ーーードンッ!
「ったぁ!」 「いててて…」
廊下を歩いていた女の子にぶつかってしまった。リボンの色は青色で、どうやらあたしと同じ学年のようだ。…同じクラスにはなったこと無さそうだな…
そんなことを考えながらぶつかってしまった女の子へと手を差し伸べる。
「ごめん、ごめん~…新学期で少し浮かれててさ~…」
「ううん~。うちもドン臭くてよく転んじゃうから平気~!ふふふ、春の陽気に浮かれるってやつだね~?」
えへへ、と実年齢より幼げな笑みを浮かべながらあたしの手を握り立ち上がる彼女。そうそう、さっきあたしもそれを言いたかったんだよね~…
「でも、どうしたの?新学期にこのフロア歩いてるって…珍しいよね?あたしは生徒会室に用があるんだけど…」
このフロアには理科室や音楽室、美術室などが設けられていて普通教室は1階、2階、4階に振り分けられている。移動教室や図書館に用がない限りこのフロアには来ないのだ。彼女は目を丸くしてあたしを握る手に力を入れた。
「生徒会室にて。貴女に大事な任務を任せます」
「え………」
「うちの靴箱にも入ってたの!うちは西野ひかり。良く分からないけど、何だかあなたとは今年一年深く関わる気がするから…」
小動物のように良く動く瞳が「貴方は?」と問いかける。何故だか妙に胸が騒いだ。嫌な騒ぎ方じゃない。これから新しい何かが始まるような予感。そんな予感に胸が高鳴っている。うるさい心臓を押さえつけて、いつも通りのとびきり笑顔で自己紹介をはじめる。
「あたしは、大仏愛深!オサラギって漢字で書くとダイブツになっちゃうんだけどダイブツ呼びはやめてね!絵を描くこととか好きだけど体を動かすことも割と好きだよ!よろしく、ひかり!」
「愛深、ね?ん~…とりあえず、生徒会室に行こうか!」
大きく頷いて二人で肩を並べる。あたしよりも身長が10cm高いはずのひかりなのにどことなく可愛いオーラが漂っている。話し方か…?小動物っぽい仕草…?いや、この何とも言えないくせ毛か!髪の毛がぴょんぴょん跳ねていてふわふわしたひかりの髪の毛は不潔感ではなく年下感が出ていた。…同じくせ毛な筈なのに何だ、この違いは…!
心の中で敗北感を感じながらも歩いていたら彼女は窓の外を眺め、そっと笑みを零していた。鳥でもいるのかな?と思い、ひかりの後ろから首を出して覗いてみるも鳥はいなかった。代わりにいたのは中庭に溢れかえる新調した制服に身を包んだ新入生。これを見てあんなに優しく微笑んでたの!?天使かよ!!
「ふふふっ…みんな小さくてかわいい~…」
(そんなことを言える貴女が可愛いですよ、ひかりさん)
そんな事を出会って数分の人に言えるわけなくあたしは「そうだね~」と同調してみた。そうこうしていれば目的地に着いていて、あたしたちは足を止める。思えば、この二年間で生徒会室に足を運んだのは初めてだ。初めての地を踏み締める、と考えるとどことなく緊張してきて紙切れを握る手が汗ばんできた。ひかりも同じ気持ちのようで落ち着かないように目を伏せて、少し後ろに下がる。
「ーーーーーーーーー」 「………ーーーーーー」
生徒会室には先客がいるようで中から話し声が漏れている。…同じように任務を任された人…?一体何人いるんだろ…?人を集めて何をするんだろう…?
ーーーガチャッ…
「あ、愛深さんとひかりさん?ちょうど良かった~。今ね、みくさんに説明をしたとこだったの~。二度も同じ説明するのも疲れちゃうし~…みくさんから聞いてくれると嬉しいな~?」
「えーっと…確か、胸で等速直線運動可能と有名な生徒会長の絵海さん…」
「愛深さん、ここは3階。後ろは窓だけどどうする?」
「すみません。中に入ります!ほら、ひかり、行こ!」
「え、う、えぇっ!?失礼しましたっ!?」
慌ただしく生徒会室の中へと入る。貧乳を敵に回すと怖いと聞くし、生徒会長のことを話すのはやめよう。同い年だというのにあの恐ろしい笑みはなんだ…同じように胸も大人化したらいいのに…
なんて考えていたら扉の向こうから足音が聞こえたのでビクッとする。いやいや、わかるわけないだろうけど…。生徒会長はどうでもいいとして…
あたしは目の前にに腰掛ける黒髪美少女を見つめる。お人形のように調った容姿でこちらを向いて微笑んでいたがその瞳は何も映っていないかのように虚ろだった。…どこか闇のありそうな人。それが印象だ。そのお人形さんは首を傾げると形の良い唇をゆっくり動かした。
「…ひかりん…あいみん…私は椎葉みく、です…同じ三年生だけど…本当はひとつ年上…去年、あまり学校に行けなかったから…」
息を多く含んだ少し色っぽい声。伏し目がちにこちらを見つめて口だけを綻ばせた。なるほど、それじゃあうちの学校のモデルとはこの人のことか。何度か噂で聞いたことはあるが芸能面に疎いあたしには彼女の姿を全く見たことがなかった。この見た目なら、どの業界にも引っ張りダコという噂も信じられる。
「それで…その、みくさん…」
「ひかりん。私は同じ三年生…みく、がいい…」
「あ、それじゃあみく…その、うちらはどうして呼ばれて…?」
モデルを前にしてからか先程にもましてオドオドとしたひかり。小動物というかうさぎっぽい。いや、うさぎも小動物か…。そんなウサギを見つめる虚ろな宝石は椅子から腰を浮かせて、こちらへ歩み寄ってきた。少しだけひかりが身構えると「…緊張、しないで」と言葉を零す。
「学校の、問題と戦う、兵士になって欲しい、と。生徒会長様が言ってたの…」
目の前で止まるなりそんな事を言う。頭の回転がよろしい方でないあたしは「ん?」と首を傾げてみせる。みくは「あいみん…」とあたしのあだ名と思われる名前を呼んだ。その呼び方がくすぐったくて微笑みながら目を合わせると初めて目を綻ばせる。あだ名を気に入ってくれた、と喜んだのだろうか。
「不登校。暴力沙汰。恋愛事情。器物破損。この学校ではたくさんの問題が起こっている、でしょ?生徒会はその問題の後処理係で、防いだり、戦ったりする役割ではない…私達に自分達の出来ない事を任せたい…とのこと…」
「内容は分かったとして…なんで、うちとか…」
確かにあたしはともかくひかりは何かと戦うとかそういう言葉とは無縁な感じだ。みくは首を横に振って「それは知らない…」と呟いて見せる。
「…ちなみに、一年生や二年生にもこの役割に回された人がいて、これから集まるとか…」
「後輩ちゃんたちも来るんだぁ!」
一年生や二年生。と言う言葉に目を輝かせるひかり。人に世話を焼くのが好きなんだろうな~…なんて思いながら生徒会長席の向こうの窓を見つめる。そこからはこの学校唯一の桜がよく見えた。なんだか、先程とは違うように見える桜。
ーーー 今までとは違う物語の始まり。
ーーー 学校との戦いの幕開け……。