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時には馬鹿が大事

まるで世界から切り離されたように静まり返る部屋にリョウたちは取り残されていた。

時間にして数分とも数秒とも判断がつかない僅かな時間、お互いに無言の状態が続き、ほおを冷たい汗が垂れた。

しかし、遠くから響く無機質な授業終わりの鐘とともにリョウたちは一気に現実へと引き戻された。


今日1日分の授業が終わった。

学生がこぞって動き出す。

ようやく気を取り戻したヨシマサが声を張り上げ、リョウたちの時間も戻っていく。


「とりあえず、帰るぞ!」


「そ、そうだな!」


「異議なし」


お互いになんとかしてこの場を去ることだけ考える。

色々と問題は山積みだが、それをなんとかする余裕は四人とも今はなかった。

結局のところ、みんな怖かったのだ。

ところどころ物にぶつかりながらなんとか旧校舎を後にして息を整えてリョウは言う。


「警察を連れてこよう」


真っ当な判断に違いなかったが、ゼェハァとまだ息の整わないフウタが待て、と詰まりながら口を挟んだ。


「な、なんて、いう、つもりだ…ッ?」


「俺たち四人を狙う怪しげな不審者が潜んでるアジトを見つけました!今すぐ確保してください!…だろ!」


「うわ、バカっぽい」


ヨシマサの意見に即答で返してケントが首を振った。


「リョウ、もちろん警察は賛成だが、その場合、なぜ俺たちがそれを発見するに至ったかも説明しなくちゃいけなくなるぞ」


「それがなんだよ」


フウタがようやく息を吸い込み、呼吸が安定したらしく大きく深呼吸をしてケントに続いた。


「サボりが発覚するってことだ」


リョウはそう言われてもイマイチ2人が警察を渋る理由がわからなかった。


「だからそれがなんだよ。もしかしたらこれは犯罪を未然に防げるチャンスかもしれないんだぞ。少し素行が悪いことがバレるくらい屁でもないだろーが」


リョウの意見にフウタとケントは2人して顔を歪めた。

ヨシマサは通常運転でぽかんとしたままだ。


「それが、そうもいかねぇんだって…」


ケントの尻すぼみな言い方にらしくないなとリョウが眉を寄せていると、あぁと納得した声が横から聞こえてきた。


「なんだよヨシマサ」


「思い出した!確かケンちゃんの兄貴って警察官だったんだ!」


「えっ…マジで?」


あっけに取られてヨシマサからケントに視線を向けるとケントは渋い顔で頷いた。


「実はそうなんだ。兄貴が警察だから俺んちって結構ルールにやたら厳しくてさ、サボりのことがバレるのはできれば避けたい」


「僕もできれば、報告はして欲しくない…」


フウタの言葉にヨシマサが目を光らせる。


「ひょっとしてお前も身内に警察官がいるとか?」


「いや、僕の場合は親は両方とも医者なんだ」


「医者!」


頭が偉いとは思っていたが医者の家系だったとは。リョウは以前にフウタが脳についての本を読んでいたことを思い出していた。

フウタは目の前にある本を触り下を向いたまま話を続けた。


「両親共、僕に医者になるよう勧めてる。けど、僕…正直自分が医者になれるとは思えなくて…でも正直に医者にはならないってことも言えなくて…だから、家で嘘をついてるんだ」


「嘘?」


「学校では真面目に授業を受けて、医大に向けて勉学に励んでいますって」


「あーあー…」


ヨシマサがやってしまったという顔をする。

リョウはヨシマサを睨みつけながらフウタの方を向いた。


「でも、そんな嘘すぐバレるだろ。今回のことがなくても教師が連絡すればすぐ…」


「今、二人とも家に帰ってくることほとんどないから、僕の学校での素行は何も知らない」


「ケントは?」


「俺んとこ、親離婚してっから。俺と兄貴は2人して母親に引き取られてから、母親は働きづめで深夜じゃないと帰ってこないし、兄貴は自立してもう家にいない。学校から連絡来るのはだいたい夜か夕方だろ?その頃には誰も家にいないから学校の俺について教師から聞くことはまずない」


リョウはなんとも言えないサボり仲間たちの世知辛い家庭事情を聞かなきゃ良かったという思いで聞いてうな垂れた。


「…ようするに、警察沙汰は困るし、なにより俺たちの学校での素行がバレるのは勘弁願いたいってわけか」


「そゆことだ」


「うん」


フウタとケントが2人して頷くので、リョウは呆れる思いで2人を見る。


「つーか、お前らさ、結構重圧背負って生きてんじゃねーか。なんでサボりの常習犯になんかなってんだよ…俺が言うのもなんだけど、親が悲しむぞ」


リョウの意見にフウタとケントは2人して顔を見合わせ合わせたかのように同じ言葉を口にした。


「それは…」


「だって…」


「「リョウがサボろうぜって誘ったからだろ」」


「俺かーーー!!」


頭を抱えるリョウにヨシマサがケラケラと笑う。


「なんだよ、原因リョウじゃん!」


「うるせい!というかお前ら!なに、俺の言葉鵜呑みにしてんだ!そこはもっと反発すればいいだろ!素直か!」


ビシッと指を指すリョウにフウタもケントもふむ、と考える仕草をした。


「いやいや、そうだな。そう考えると俺らが非行に走ったのってリョウのせいなわけだな〜」


「そうだな。あの誘いがなければこんなサボりスポットを探すなんて面倒ごとをしようとは思わなかったな」


「はあ!?なに、俺のせいなわけ?俺が全て悪いみたいになってっけど違うだろ!」


ギャーギャーわめくリョウにフウタとケントは2人して笑っていた。

ヨシマサがリョウに近づいて悪ノリを始めている。


「こーゆーのなんていうんだっけ?いんがおーほー?」


「違う!」


「わかった。類は友を呼ぶ!」


「いや、それも違うだろ。つーか、ヨシマサ!お前は俺がサボる前からサボりの常習犯だっただろ!お前を見て俺は真似るようになった!つまりお前が元凶だ!」


「なに!?リョウってば俺に憧れてたのか?」


「うぐ…っそう言われると認めたくねぇな」


「なんでだよ!」


じゃれ合う二人を見ながらフウタがクスリと笑う。


「馬鹿ってのは、やっぱり必要だよな」


横のケントがあぁ、と頷く。

燻って、腐って、真面目に生きていくことがどうしようもなく息苦しくて生きづらい…そんな時に、リョウは現れ、まるで自分の悩みなどちっぽけでつまらないことだと思わされた。

本人にその意志はなくとも、彼はケントやフウタを救ったのだ。

馬鹿になること、逃げること。

それがどんなに愚かしいことだとしても、少なくともあの頃よりはマシに思えるからおかしな話だ。

フウタはリョウやヨシマサを見ながら言う。


「警察には頼らない。それで、俺たちはどうする?」


その言葉にじゃれていた2人はピタリと動きを止めた。


「決まってんだろ」


リョウがニヤリと不敵に笑った。

馬鹿丸出しのどうしようもない顔だったが、他の3人も同じ顔をしていた。


「警察なんかには頼らずに犯人突き詰めてやるんだよ!」


残念ながらここには、こんな馬鹿な結論に異議を申し立てるような常識人は存在しなかった。







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