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謎の空間

旧校舎は一度入った時と変わらず埃っぽくところどころに蜘蛛の巣が巣くっていた。木材の廊下はギシギシと歩くたびに低く唸り、壁は穴が開いているところもあった。

しかし、それ以外はまだまだ授業が行えそうな机や椅子、教卓などがそのまま残る普通の教室だらけだった。

1階の廊下をゆっくりと歩く。

四人の足音が、廊下に響きここが無人だということを証明していた。


「どうも慣れねぇなぁ。二回目だけど」


ケントが周囲を見渡しながら言う。

先頭を歩くヨシマサが振り返って茶化した。


「今にも出そうな雰囲気だよな」


「やめろよ」


心底嫌そうにケントが口を尖らせる。


「俺、苦手なんだよ。幽霊だとかお化けだとかは」


「意外だな」


フウタが本当に意外そうに言う。確かに意外だ、と思いながらリョウは廊下の先を見る。


大丈夫。ここにはいない。


「誰にだって苦手なもんの一つや二つあるだろ。俺はそれだけがダメなんだ」


「見た目の割にヘタレだなぁケンちゃんは」


「お前に言われたくはない」


「ひっで!俺は別に怖くねぇもん。何度かそーゆー体験したけど、もう克服したね」


「えぇ?」


ヨシマサの言葉にリョウは周囲を見るのを中断して声を漏らしていた。


「ん?なんだよリョウ」


「いや、お前、心霊体験あんの?」


ヨシマサは前を向いたまま明るい声であるよと答える。


「なんか憑かれやすいタチなんだって俺。お祓いしてくれたお坊さんが言うには」


「お祓い?」


「昔の話だけどさ、一緒に遊んでた子が実は俺にしか見えてなかったり、あとは呪われたり…まぁ、いろいろと」


「呪い!?」


ギョッとする三人をよそにヨシマサは実に気楽そうに先へ進んでいく。


「よくある話だって。あ、呪いの話は触れてくれるなよ。まだ傷は深いんだ」


「ものすごく気になるんだけど」


フウタが神妙な顔でつぶやく。ケントとリョウも大きく頷いた。

ノー天気に見えて、そこまでディープな過去があったとは。

あっけに取られているうちにいつの間にか一階の一番端まで来ていた。横には階段が見える。


「上行くか。こないだは2階まで登ったから今日は3階にするか」


ケントが見上げるように古びた階段を指差す。以前来た時はおそるおそると踏み入れたため、2階までが限界だったが、さすがに2回目ともなれば恐るるに足らずといった気分になってくるから不思議だ。


「3階はなにがあるんだっけ?」


「さあ?とりあえず行ってみようぜ」


何も考えなしなのか、はたまた実はかなりの勇気の持ち主か、ヨシマサは悠々と先頭を切って階段を登り始める。

リョウたちはヨシマサに引っ張られるように階段を登る。

古びた階段はギィギィとやかましく、歩くたびに底が抜けはしないかと不安だったが、なんとか問題なく登ることができた。

3階の廊下も、一階と同じように机や椅子が散乱してどかしながらの歩行に悪戦苦闘する羽目になり、リョウははんばげんなりしながら先に進んでいく。


「なんだってこんなに物が置いてあるかなぁ。邪魔くせぇ」


「誰もくるはずないから当然と言えば当然かもな。どうせそのうち取り壊しだ。綺麗に整理整頓しておく必要はないだろう」


フウタのもっともな意見にヨシマサが椅子を端にどかしながら呻く。


「にしても散らかりすぎじゃね?なんだってわざわざ廊下に教室のもん出すんだよ。置いときゃいいのに」


言われてみれば確かにそうだ。

しかし、考えたところでその答えが出るわけもなく、また、考える必要もない。

俺たちは空き教室が使えればそれでいいのだ。


「お。あれって…」


ヨシマサが廊下の一番端にある教室を指差す。黒いカーテンに覆われて中が全く見えないが、扉の前には教室の使用目的のプレートがぶら下げてあった。


「理科室…」


少し埃かぶったプレートの文字を読み上げ全員が口をつぐむ。


「…どうだここは…」


と、困ったようにフウタ。


「いや…俺的にはちょい遠慮してぇ…」


と、目をそらしつつケント。


「えっなんで?」


さも、不思議そうにヨシマサ。


それぞれ三者三様の反応にリョウは教室の扉に手を伸ばしながら3人を見る。


「入ってから決めよう」


ファイナルアンサー?と聞くと3人して(2人程しぶしぶだが)頷いたため、なんのためらいもなく扉に手をかける。


ヨシマサはわかっていないが、フウタとケントの反応はごく一般的なものだろう。


不気味な人体模型に薬品の刺激臭、重い黒のカーテンで薄暗い教室、やはり不気味な印象が強い。


理科室にいい思い入れのある学生など、かなり少数に限られるのではないだろうか。


リョウとて進んでここを選びたくはないが、如何せん選択肢が少ない。

贅沢は言っていられないのだ。


嫌な気配もしないし。


ガラリと重い音とともに開かれた先には定番の昔懐かしい理科室…ではなく、少しばかり異様な光景が広がっていた。


足を踏み入れてまず最初に目に入ったのは、よく実験後に手洗いなどをするために用いる洗面台だ。もちろんそれだけならなんの問題もないが、なぜかそこにお皿とコップ、さらには箸までもが散乱しているのだ。

ちょうど一人分の食器の片付けを放置されている状態だ。


周りを見ると、テーブルには燃えるゴミ袋が積まれ、ビールの空き缶がいろんな場所に捨ててある。

奥にはぐちゃぐちゃになった布団と、脱ぎ捨てられたようなTシャツと短パン。


そして悲しきかな、我らが懐かしの恐怖の対象だった人体模型くんは、見るも悲惨なことに着せ替え人形のごとく私服掛けに使われていた。

ご丁寧に脳みその部分には帽子と、浮き出ているはずの目玉部分にグラサンまでかかっている。


「……………」


「……………」


「……………」


「……………」


4人とも無言だった。

ただただ唖然としたまま目の前の光景を見ることしかできないでいた。

と、言うよりも言葉が出なかった。


「…あの、さ……」


ようやくショックから立ち直ったらしいヨシマサが口を開いた。


「これ、どう見ても…その…」


「おっさんの一人暮らしだな」


フウタの言葉に全員が反応する。


「いや、待て!意外と若いかもだろ」


「いや、そうじゃねぇだろ!まず初めに突っ込むことそれじゃねぇだろ!」


ヨシマサのツッコミにケントが頷く。


「そうだ。女性という線もある」


「それはねぇだろ!…って、それでもねぇ!」


「誰か住んでんな」


ツッコミに忙しいヨシマサに代わりリョウが核心をつく一言を述べる。


「そうそれ!俺が言いたかったのはそれだっ!」


「いやこれはビビったぞマジで」


リョウたちはお互いにおそるおそる私物化された理科室に足を踏み入れる。


やはり、どう見ても生活感溢れている。いや、溢れすぎている。


むしろこれだけ生活感溢れてて、人が住んでなけりゃ逆に怖いというくらいにどこかのアパート暮らしを思わせる光景だった。


「ホームレスが住んでんのかな」


ヨシマサがグラサンに手を伸ばしながら言う。


「これは確実に給料あるだろ」


散乱した缶ビールを見ながらケントがぼやく。


「本は…古典に漢文か。意外と文学者だな」


積まれた本の山を漁りながらフウタがつぶやく。

どうやら本当に誰かがここに寝泊まりしているらしい。いつか取り壊しとなるこの旧校舎に、だ。


「こいつは放っておくべきか否か…」


「いやここって一応学校の私有地だろ?どう見ても不法侵入で、警察沙汰だろ。通報もんだぜ」


フウタの声にケントが素早く答える。


「えー?それは大げさじゃね?」


ヨシマサがなぜかグラサンをかけて振り返った。

似合っているのが腹立つ。


「いいんじゃね別に。誰にも迷惑かけてないみたいだし」


「…どうかな。事態はお前が思ってるより単純じゃないかもしれない」


置かれた本をパラパラとめくりながらフウタが含みのある言い方をした。

ケントとヨシマサが二人してフウタを見る。


「どういう意味だ?」


「ホームレスのアジト見つけちったぜってだけじゃねーの?」


「残念ながらそうみたいだ」


教卓の中には数枚の資料と何枚もの人の写った写真があった。

全部で31枚。

確認してからリョウは窓方へと近づいた。


黒いカーテンはところどころ破れている。

少しめくれば十分に外を覗くことができる。


「リョウも、なんだよ?なんかあったのか?」


ヨシマサが不安そうに尋ねる。


「あぁ。そこの教卓の中にあるもの、見てみろよ」


言われるままに見にいくケントとヨシマサを横目に窓の外を見る。

どうやら間違い無いようだ。


「な、なんだよこれ!」


「リ、リョウ!おいこれ…」


「俺たち1年5組のクラス写真と名簿だ」


リョウは淡々と答えた。

そう、そこにはリョウたちのクラス全員の顔写真と資料があったのだ。

まるで…


「さらにはこれだ」


フウタが本から1枚の紙を広げた。

見ると、そこには印刷された1年5組のクラスメイトの名前の一覧表だった。

少し違うのはマーカーで数人の名前が印をされていたことだ。

そしてその印が問題だった。


「…………あー、ちょっと今血の気引いてる」


ヨシマサが青ざめた顔で言う。


「言いたくないが俺もだ」


ケントの声には微かに震えが感じられた。

無理もない。

リョウですら薄ら寒いものを背中に感じたくらいだ。

いつも感じているようなオカルトめいたものとは違う。

人間的な恐怖だ。


その紙のマーカーには、ヨシマサ、フウタ、ケント、リョウの名前が赤く記されていた。

リョウは紙を持ったまま、黒いカーテンを見つめた。


「さらに不安にさせるようなこと言うとさ、窓の外から見える景色なんだけど…」


「聞きたくないけど…なんだよ」




「ここからだと、1年5組の教室がさ…丸見えだ」



まるで、誰かが俺たちを監視しているみたいだ。


4人ともが沈黙した。

もはや誰も、なんの言葉も出てこなかった。










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