姫路アヤメ
書いてて胸焼けがやばかったです。※砂糖注意。
「いてて・・・足腰がいてえ」
照りつけるような快晴の下、情けない声がうめいていた。
見た目はまだまだ若い10代の健康そうな少年は、その年齢にそぐわぬずいぶんと疲労した表情で自身の腰をさすっていた。まるで年老いた老人のような彼の態度に横を歩くツインテールの少女は呆れ顔で口を開く。
「自業自得というやつです。八重子様が一晩で許してくれたんですから感謝するべきですよ」
スタスタと歩く少女は、文句を言いつつも隣にいる少年のカバンを自分のカバンと一緒に持ってあげているらしく、彼を労わる気遣いが伺えた。
少女の名前はモモ。となりを歩く少年の付き人のような役回りをしている。
そして、目元にくまを作ってうなだれている情けない少年の名前は角白リョウ。ある一点を除けばどこにでもいる平凡な高校男子である。
リョウはググッと背筋を伸ばしながら大きなあくびをしていた。仕方のないことだ。彼は昨夜は【封印】されていたのだ。
「よく言うぜ。孫を封印する婆さんがいるかよ」
「祖母を封印しようとした孫なら居ましたけど」
モモの返しにリョウはうっと渋い顔になる。
昨夜の一件でリョウは一晩中、お仕置きとして封印された円のなかから出ることを禁じられて夜を明かしたのだ。おかげで狭い円の中では寝転ぶことすらできず、腰と足に多大な負担がかかってしまった。そのせいで翌朝は体が悲鳴を上げる形になっていた。
確かに仕掛けたのは自分だが、だからといってこれはあんまりなしうちのはずだとリョウは文句を垂れる。下手したら、虐待という部類に当てはまる仕打ちではなかろうか。
リョウの言葉にモモは納得のいかない表情で口を尖らせる。
「いいえ。全てはリョウ様の行いの悪さのせいです。当然の処罰です」
「相変わらずばあちゃんの見方だなお前は」
こいつに何を言っても無駄かとリョウが深い溜息を吐いていると、前方に見覚えのある学生服の後ろ姿が見えた。
思わず一瞬だけ反応するリョウの仕草に目ざとく気がついたモモも前方を見据えて「あ」と声を漏らした。
「アヤメさーん!」
モモは嬉しそうにその人物に向かってかけていく。リョウはおいてけぼりされながら、先ほどと変わらぬ歩幅で歩くよう努めた。
振り返った少女は、駆け寄ってくる小柄な少女に笑顔を向ける。
傍目から見ても、彼女の微笑みが屈託のない本当の笑みだとよくわかる。
立ち止まった短い髪の少女はモモと話したあと、リョウの方を見上げてまゆを寄せた。
「リョウ。ちょっと何モモちゃんにカバンもたせてるのよ。年上なんだから自分で持ちなさいよね」
口うるさいこの少女は、リョウの幼馴染の姫路アヤメ。リョウとは同い年の腐れ縁と呼べるほど長い付き合いをしている。
そのせいか、普段からリョウは彼女が関わるとつい口喧嘩を始めてしまう。もとからの性格か、それとも普段からの習性か、どうも素直になれないのだ。
「朝っぱらからうっせーな。勝手に持ったのはコイツだっての」
「モモちゃんが優しいからでしょ。あんたが自分でもつって言えば済む話じゃない」
負けじと言い返すアヤメに挟まれたモモはあわあわと慌て出す。
「い、いいんですよアヤメさん!私が好きでやってる事なんですから」
「ほら見ろ」
アヤメがムッとしてモモの持っているリョウのカバンを指差す。
「よくない!女の子にカバンもたすなんてありえないことなの!普通、男子が女子のカバンを持ってあげるくらいの気遣いができなきゃいけないのに、ほんっとリョウは子供なんだから」
「誰がこど―――」
「モモちゃんも、リョウなんかに気を使う必要ないんだからね?こんなカバン投げちゃってよかったのよ」
「聞けよ!おい、なんてこと言うんだてめえは!」
モモはリョウのカバンを片手に苦笑いをする他なかった。またいつも喧嘩の始まりだ。このふたりは顔を合わせればいつだって喧嘩を始める。これに付き合っていると永遠に終わらず、せっかく早く家を出てきたというのに意味がなくなってしまうのだ。
モモは遅刻を回避するために言い合いを始める二人の仲裁に入ることにした。
「でしたら、アヤメさんのカバンをリョウ様が持つというのはどうでしょうか」
「はあ?」
リョウがわかりやすく怪訝な声を出す。アヤメも困惑顔だ。
「どうして私のカバンをこんなやつに渡さないといけないの」
「だって、さきほどアヤメさんは言ってましたよね?男性が女性のカバンを持ってあげるくらいの気遣いができないといけないと」
アヤメはまゆをひそめがなら頷く。
「リョウ様もこども扱いがお気に召さないようですし、女性のカバンを持つことでアヤメさんから大人の男性として認められるならいいじゃないですか」
「べ、別俺はこいつに認められたいなんて思ってねえ!」
「はいはい。わかってますけど、やはり一人だけ手ぶらでいるのは確かに格好悪いですよ?」
モモの言葉にリョウは言葉に詰まったように押し黙る。相変わらずこの人は幼馴染が関わるとダメだなあと思いながらモモは笑顔で続ける。
「アヤメさんも荷物がなくなって楽ですよ」
「そうね、じゃあせっかくのモモちゃんの提案だし、持ってもらうとしますか」
「はあ?何勝手に・・・」
リョウが何か言う前にアヤメは自分のカバンをリョウに押し付け凄む。
「絶対に落とさないでよ!汚したりしたら許さないから」
「だからまだ持つなんて言ってねえ!」
と言いつつカバンをしっかり受け取るリョウにモモは吹き出すのを必死にこらえて歩き出す。これで遅刻は免れそうだ。
人安心していると、モモのカバンをひょいと掴んで持っていくアヤメに慌ててモモは上を見上げる。
「アヤメさん!?」
アヤメはしたり顔で楽しそうに笑った。
「私だけ何も持たないなんてなんか気になるからモモちゃんのカバン貸してね」
アヤメの様子を見て、リョウは呆れた様子で口を開く。
「それじゃあ単に入れ替えしただけだろ」
「うるさいなーいいでしょ別に」
前を歩く二人を見つめ、モモは自分の頬が緩んでいくのを感じる。
この二人と歩く何気ない通学路が、モモは大好きだった。
「そういやさ・・・」
言いにくそうにつぶやくリョウにアヤメは横を歩きながらまゆを寄せる。
「なによ」
「足」
「あし?」
リョウはそっぽを向きながら早口にまくし立てる。一歩後ろを歩くモモは素直じゃないあとしみじみ感じていた。
「足、もういいのか」
アヤメはようやく自分の足のことを言っているのだと気づいたらしく「あぁ」と自身の右脚を見た。
「うん。軽い捻挫だったし、包帯も大げさだったんだけどね」
そう言って明るく笑う彼女はつい先月、階段から誤って転倒してしまい、捻挫をしていた。本人はいたって平気だと言っていたが、一歩間違えば、打ちどころが悪くもっと重症だった可能性もあったのだ。周囲の彼女と親しい人間はみんなして心配したが、その中でもリョウは群を抜いていたと言える。
わかりやすく動揺したり、アヤメを心配するような言動は一切なかったが、アヤメの家に来るなり、足を見て「学校を休め」と偉そうに言ってのけたのだ。
アヤメは思い出してまた笑いがこみ上げていた。
「何笑ってんだよ」
横でぶすっとする幼馴染にアヤメは珍しく素直にごめんと謝りながらも笑い続ける。
「だって、ただの捻挫で学校休めなんて、リョウってば一番大げさなんだもん」
「悪化したらバレーできねえだろ」
そっぽを向いてつっけんどんに言う幼馴染にアヤメは小さく頷く。
アヤメはバレー部の主将をしている。あの時も捻挫と聞かされたとき、真っ先に考えたのはバレーのことだった。チームに迷惑がかかってしまう。そう思い、落ちこむアヤメにチームメイトは優しかった。それでも、大会が近い今、ただじっとなんてしていられず無理してでも学校に行こうとしたアヤメをリョウはいつもは考えられないような強気で叱ってくれたのだ。
そのおかげで、アヤメは強情を張らずに素直に聞き入れることができたと言える。不器用なこの少年のおかげだったが、結局アヤメはまだお礼も言えていない。
「あのさ、リョウ・・・」
「・・・んだよ」
一向にこちらを向かないリョウにアヤメは無理やり耳を引っ張り向けさせる。
「いて!何すんだよ!」
「あんたがこっち向かないからでしょ!も~人がでせっかくお礼言おうとしてんだからちゃんと聞きなさいよね」
「は?礼ってなんの」
耳をさするリョウにアヤメは右脚をポンと叩く。
「あの時、リョウが止めてくれたから悪化せずに済んだのかもしれないから、一応ね。その、ありがと」
「・・・・・・別に」
再びそっぽを向くリョウにむっとするアヤメだったが、後ろにいたモモが近寄ってきて「ただの照れ隠しです」と言ってくれたため、怒鳴らずに済んだ。
そろそろ学校が近い。モモは中学生のため、同じ敷地内にあるとは言え、校舎は別だ。
カバンをそれぞれが持ち変えると、モモがそれじゃあお先に失礼しますと駆け出していく。
校舎に入る前にモモは大声で「朝からごちそうさまでしたー」と叫んだため、リョウが追いかけていくというよくわからない騒動はあったが、アヤメは今日も頑張ろうと意気込んで高校の校門をくぐり抜けた。