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祖母の鉄槌

家に帰ると、正座でお出迎えする老婆。

現状を要約してみるとなんて恐ろしい光景か。

しかもそれが八重子だなんてリョウは表情を作るのに数秒かかるくらいには動揺していた。


「ばあちゃん……」


角白八重子(すみしろやえこ)

御年86歳になるこの老婆は、正真正銘リョウの祖母であり、ここ角白家の現当主である。綺麗にまとめ上げた白髪に時代錯誤な着物姿。傍目から見れば、まるでどこかの旅館の女将のように上品な雰囲気を感じることだろう。

しかし、現在の彼女から発せられている気はそんなおもてなし精神溢れる清らかなものではなく、刺々しい攻撃色が濃厚だった。

つまりは怒っているのだ。リョウはその事実に引きつりそうになるほおを必死に釣り上げ笑顔を作り上げる。


「なんだ。起きてたのか。てっきりもう寝たかと思ってたよ」


八重子は澄まし顔のままじっとリョウを見つめる。視線がナイフのように鋭く刺さっている気がしてならない。


「今日は稽古の時間になっても帰ってこなかったわね」


「あー…別にサボってたわけじゃなくてー…」


「それならまだよかったけどね」


ん?サボってたと思ってキレてんじゃねえの?とリョウが八重子を見た時だった。


スパァン!!


「いっ!!?」


突然地面が反転した。八重子の冷めた目線が頭上にある。

直後に肩に衝撃。

状況を理解する前に祖母の綺麗な着物の素手から何かが飛び出したように見え、リョウは反射的に体を起こして後ろに飛んだ。

痛む肩を抑えて目の前を見ると、八重子はいつの間にか愛用の竹刀を片手に持っていた。背後に隠していたのか、どうやらそれでリョウの足を裾払いしたらしい。

あまりにも早い手さばきと油断から反応できなかったのだ。

リョウは自分が先ほど倒れて顔があった部分に繰り出された竹刀にゾッとしながら祖母を見た。

相変わらず正座のまま祖母は落ち着き払っている。


「いきなりなにしやがる!」


「この程度すらよけ切るのに精一杯。未熟者」


後ろでモモがあわあわと慌てふためいていたが、今はそちらに気を回している余裕はリョウにはなかった。


「は!?いきなり実の婆さんが竹刀振り回すなんて思うわけないだろ!」


「いついかなる時も油断するなかれ。私が常々あなたに言っていることでしょう」


「身内ですら信用するなってか!そんなん守ってたら俺の安息の地がなくなるだろ!」


八重子は竹刀を横に戻しながら、安息の地などない。と言い切った。


「いつまでそんな甘いことを言っているんですか。リョウ、お前はいずれこの角白家を継ぎ、時期当主として封印師を受け継ぐのです。自覚が足りないと何度も教えてきたでしょう」


またそれか。

いい加減耳にタコというものだ。

リョウは苛立ちを抑えることなく祖母を真っ正面から睨みつけた。


「その考えが古いって俺だって何度も言ってんだろ。過去の栄光ばっか見てないで未来を少しは見つめろよ。もうどこにも危険なんかないんだ。こんな修行なんて無意味なんだよ!封印師なんてもうお払い箱なんだ!」


「リョウ様!それは違います!」


後ろにいたモモが声を張り上げた。振り向くと強い意思のある瞳がこちらを見つめていた。


「確かに世の中は安全になりました。けれど、封印師がいなくなってしまっては困る人というのも世の中はいるのです!だからどうか、そのようなことは…」


「お前までなに言ってんだ」


モモはある理由から変に封印師に肩入れがある。それを本人が望むのならとリョウも甘んじてきたが、ここまで固執しているのならここは行き過ぎた執着を正しおくべきかもしれない。

リョウがそう思い、口を開く前に祖母の声が邪魔をした。


「今日のことだけれど…」


「っなんだよクソババァ!」


今俺とモモが喋ってんだろ!と続けようとして振り向き口ごもる。

祖母の目があまりにも冷たく凍てつく氷のように感じられたからだ。


「どうしたのです?続けなさい」


「……す、すみません。おばあちゃん…続けてください」


(目が完全に孫を見る目じゃねぇ……怖い)


怯えながら先を促すとあっさりと八重子は流れに従ってくれた。

ホッとしたのもつかの間、八重子の言葉にリョウの心臓が再び強く高鳴った。


「あなた、封印術を学校で使用したそうね」


バッと勢いよく背後を振り向く。

モモは苦笑いで任務ですのでと呟いた。

祖母が真顔で続ける。


「最近は年寄りでも使えるよう携帯電話は進化しているのよ」


(時代の波がこんなところで裏目に……!)


見るからに携帯電話なんて持ちそうにない祖母がまっピンクの携帯を着物の袖から取り出してちらつかせる姿に再びゾッとする。

やめろ。死ぬほど似合ってない。


「……別にいいだろ。ばあちゃんは俺に跡継いでほしいんだし、俺が外で仕事積極的にやるのむしろ嬉しいんじゃねえの」


八重子は携帯をしまいながら息を吐いた。まるで聞き分けのない子供に対する態度に腹が立つ。


「えぇ。あなたには封印師として立派に跡継ぎになって欲しいと思っていますよ。でも、今のあなたに好き勝手術を往来で使われるのは許容できない」


「はあ?」


「あなたは未熟すぎる。独りで仕事ができるほど術師として成長していない」


「俺がまだ一人前じゃないってことはわかってる。けど、ただの地縛霊だぜ?いくらなんでも俺だってそんな雑魚くらい一人で…」


祖母はリョウの言葉を遮りはっきりと言った。


「あなたには覚悟が足りてない」


「覚悟?なんのだよ」


むっとして言い返すリョウに祖母はしばらく黙っていたが、ゆっくりと立ち上がり背を向けた。


「おい!言えよ!」


「…私がここで言ったところで今のあなたが素直に聞き入れるとは思えない。早く中に入りなさい。食事を温めておきます」


モモもね、という祖母の言葉にモモがあわててハイと返事をする。

そのまま奥へ歩いていく小さな祖母の背中にリョウはズボンのポケットから紙切れを取り出しながら見つめる。


「え、リョウ様なにを…」


モモがいい終わる前にビュッと祖母めがけて三枚の札を投げつける。

封印術は基本的にこの世ならざるものにしか使えない。

だが、人間に対しても多少なりには効果がある。

たとえば無防備な人間が数分動けなくなる金縛りなんかも…だいたいは霊のせいだが、たまに封印術の場合もある。


三枚の札はもちろん効力のある、それだけで十分な代物だが、リョウはこの程度でこの婆さんを怯ませることすらできないとわかっていた。だから問答無用で畳み掛ける。

こういう時のために長い絨毯の下に、すでに封印の陣は引いてある。


(喰らえクソババァ!)


婆さんがその位置に足を運んだところでリョウは渾身の霊力を込めて両手で封をかけた。

背後の札はダミー。そちらに気を取られているところに下からの不意打ち。

さすがの婆さんでもこれは回避不可能だろう。

卑怯ではない。戦略だ。


少しは孫の成長を実際に術をかけられて実感しやがれとせせら笑ったリョウだったが、悲しいことに作戦は失敗に終わった。


祖母は瞬時に振り向き流れるような手さばきで三枚の札を霊力で弾き飛ばした。

ここまでは想定内。

あとは真下の封印が機能すれば、みごと口うるさい婆さんの封印が完成するはずだったのだが……どういうわけか、封印術が発動しなかったのだ。


「あ、あれ?」


封印術をかける姿勢のままキョトンとしているリョウに祖母が平然と札を拾いながら声をかける。


「随分なことをしてくれますね。実の祖母に向かって」


「あ、はは!いや〜さすがはばあちゃん!やっぱり俺は未熟者みたいだなあ。ちょっと試しただけだよごめんごめん。じゃあ俺、着替えてくる!」


あわてて玄関で靴を脱ぎ、廊下を横切る。

なんで発動しなかった?

確かにあの場所に張っておいたはずなのに……


疑問を持ちながらも今はここから直ちに撤収するに限る。後ろで小うるさいモモがわめいているが、リョウの耳にはまるで届いていなかった。


「ちょっと、聞いてるんですか!リョウ様!ご祖母様になんて真似をしているのかと……」


「モモ。少し止まって」


リョウの後ろをくっついて歩いていたモモに八重子が小さく命令する。

モモはキョトンとして素直に従い立ち止まる。

その様子に八重子がありがとうと微笑んでリョウを見据えーーー


「縛」


両手で封をかけた。


「ぐえ!?」


驚いたのはリョウである。

なぜ封印が効かなかったのかと考え事をしていたところに目の前に壁があったかのような衝撃。

あわてて目を見張ると、そこには壁などない代わりに、リョウが作りたかった封印の輪が行く手を塞いでいた。


「は、はああ!!?」


楕円状の小さな封印の輪は確かにリョウが用意したはずのもので、しかしなぜこんなところにあって、今発動したのかとリョウは軽くパニックになりかけていた。

この封印は術者が対象をその場にとどめておくためにするもので、完全な封印ではないが、術者本人が解かない限り力技で中から出ようとすることは困難なものだ。

時間差か?とリョウが解除を試みても一向に解かれない。

つまりはこれを掛けたのはリョウではないということだ。


「年寄りをこんな狭いところに閉じ込めようとするなんて…」


封印のそばに来た祖母がわざとらしく品を作った。


「何て恐ろしい孫なのかしら」


「バ、ババア!」


「言葉には気をつけなさいといつも言ってるでしょう」


「ななな、なんで!?俺、確かに、あの位置に…」


八重子はあぁ、とリョウが指差した床を見つめた。


「あの封印術…ずいぶんと拙い出来だったわね。あれじゃ、せいぜい数分程度しかとどめておけないわよ」


「なっ!?知って…?」


祖母は私を誰だと思っているのと強い口調で言った。


「あなたのやりそうなことくらいお見通しよ。この家のあちこちにしかけてあるこんなトラップは全て場所を変えて私がし掛け直しておきました」


せいぜい今後は気をつけて生活しなさいという祖母の言葉にはリョウは空いた口が塞がらなかった。

完璧にやり遂げたと踏んでいた祖母への策略が全て見抜かれ、あまつ仕返しされていたなんて…

あまりのショックに声も出せなかった。


祖母は自分にくっついているモモに優しく頭を撫でて微笑んだ。


「さあモモ。ご飯にしましょう。お腹空いたでしょう?」


「はい!………あの、でも…」


チラリとリョウを見てすまなそうにしているモモに八重子はいいのよと頭を撫でる。


「私に術をかけるほど元気みたいだからまだまだお腹は空いていないのでしょう。放っておいて先に食べなさい」


「ば、ババア!テメー!」


グルルといいタイミングで腹の虫がなる。その様子に祖母が困ったように首を傾げた。


「あらあら。お腹が空いてる孫に美味しいご飯を恵んであげたいけれど、私ったらうっかり解除する術式を忘れてしまったみたい。いけないわ年かしら」


どうやらしばらくお仕置きとして放置されるらしい。

リョウが青ざめて封印の中で叫ぶ。


「お、お祖母様!この通り!どうか助けてください!もうしないから!!」


空腹で死にそうだと必死に訴えるリョウに祖母はかくも厳しく残酷な言葉を口にする。


「ごめんなさいねリョウ。ど忘れしちゃったわ。なんせ私…ババアですから」


(根に持っていらっしゃる……)


そのまま去って行ってしまう祖母とモモにリョウは青ざめて訴える。


「なあモモ!お前は俺を見捨てたりしないよな?なっ?」


「……………」


モモはうつむいていてようやく動き出したかと思うと、


「ごめんなさいリョウ様!八重子様には逆らえません!!」


そう叫んで猛ダッシュで台所に行ってしまった。


「裏切り者ーーー!!」


もうこうなったら、残った八重子に最終手段で挑むしかない。

どんなに頑固で厳しい老人でもこれにかかれば一発でノックアウト…のはず!

リョウは目を見開く。


秘技!

孫のおねだり!


「ばあちゃん〜出してくれよ〜お願いだからさぁ〜」


どうだ!


できるだけ可愛く見えるように上目使いでの攻撃にリョウが祖母の反応を伺うと、祖母は実に冷めた目で見返してきた。


「なんですか、その甘えた態度は。甘さは捨てろと言っているでしょう。しばらくそこで座禅でも組んでなさい」


それだけ言うと祖母はスタスタと長い廊下を歩いて行ってしまった。

一人っきりになった廊下で、封印の中、リョウは固く決意する。


(もう二度とババアには期待しない!)



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