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変わった家の戯け者

月明かりが照らす教室で、少年は一つの掌サイズの木箱にしっかりと札を押し付けていた。ようやく抑え込むことに満足して、用意したガムテープで何十にもぐるぐる巻に木箱を札ごと覆う。すっかり木箱の部分が見えなくなったところで一息入れていると、暗い夜に似つかわしくない明るい声が彼の耳に入った。


「なにもそこまでやる必要はないんじゃないですか?」


扉が開いて、まだ幼い少女が軽い足取りで入ってきた。夏場にぴったりの涼しげな甚平姿で、歩くたびに長いツインテールの髪がゆらゆらと揺れ動く。角白(すみしろ)リョウは面倒くさげに少女を一瞥した。


「なんでここにいるんだよ」


リョウの言葉に幼子はない胸を盛大に張った。


「いつまで経ってもバカ孫が戻らないからと、八重子(やえこ)様の御命令にて、お迎えに上がりました」


ペコっと頭を下げて、幼女はリョウの手を掴んだ。


「来てみてビックリ仰天でした。まさかリョウ様が自ら進んで封印術を行使なさるとは。これもひとえに八重子様の教育の賜物ですね。しかし、仕事をなさるのであれば是非補佐であるこのモモを呼んで下さればよろしかったのに…ま、過ぎたことを悔やんでいても仕方がありません。さあ帰りましょうリョウ様」


リョウは掴まれた腕を振り払い、眉を寄せた。なに、出来もしないことをまくし立ててるんだこいつは。

このモモという少女は確かに立場的にはリョウの補佐役となっているが、見た目同様全てが幼く、まだまだ修行中の身で、満足に霊視もできないほど霊力は貧相だ。

はっきり言って使えない。

確か、現在の階級も補佐見習いだったはずだ。

リョウの内心などわかるはずもなく、モモが不思議そうにキョトンと見上げてくる。


「お前きても役に立たないだろ。何にも力ないんだから」


「そ、そんなことないです!最近は少しずつ霊力の波動を感じつつあります!」


なんだ霊力の波動って。

呆れながら、リョウは手元のガムテープだらけの箱をひょいと教室の奥に放り投げた。

その様子をモモが再び不思議そうに見つめる。


「持ち帰らなくてよろしいのですか?」


「あぁ。元々は地縛霊だ。無理に引き剥がせば封印が解けるかもしれないからな」


そのまま帰る支度をするリョウに、モモが楽しげにはしゃいだ。

リョウは舌打ちしたい衝動にかられる。

ババアのやつ。よりによってモモを迎えによこすなんて嫌がらせに違いない。

そもそも高校男子の迎えに中学生の女の子をよこすなど、常識的に考えて普通ではない。

確かに自分たちの仕事は夜活動することが多いが、リョウは常々納得がいかないままだ。

最近は怪奇現象よりも不審人物の方が怖いというのに…

まあその点はモモは問題ないが、やはり夜の女の子の一人歩きは危ないはずだ。

リョウの心配などどこ吹く風というように、モモはニヤニヤと笑った。


「普段は学校じゃ普通でいたいからとか、タダ働きなんて死んでもやらないなんて言ってるくせに、アヤメ様のためならば全力で力を行使されるなんて、相変わらずベタ惚れですね〜」


毎度毎度、このネタでからかわれる。

リョウはできるだけなんともなしに見えるよう、そっけなく口を開いた。


「……別にそんなんじゃないっての。ずっと見られてて気分悪かったから憂さ晴らししただけだ。アヤメは関係ない」


「またまた〜。見てたんですからね私。『よりにもよってアヤメを……容赦はしねぇ!』みたいなこと、言ってましたよ」


リョウは無言でモモに近づき思いっきりほおをつねる。


「ひてててて!ひひゃいれふ!」


「見てたんなら補佐に入ってきたらよかったじゃないかモモさんよぉ」


パチンとほおを離すと、モモが両頬を抑えながらむくれた。


「そ、それは…あの程度ならわざわざ私が出しゃばらなくてもリョウ様一人で充分かと思いまして…」


「お前は俺を敬ってんのかこけにしてんのかどっちなんだ」


スタスタと教室を後にすると、モモがあわてて後ろからついてきた。

うちに帰れば祖母の説教が待っていると思うと足がどんどん重くなる。

後ろのモモが歩きながら問いかけてくる。


「アヤメ様のことですけど」


「しつこいなお前も」


苛立っていますといわんばかりに不機嫌な態度のリョウにモモはあわてて取り繕う。


「茶化すつもりじゃありませんよ。怪我の具合は如何なんです?」


リョウはあぁ、と上を見た。グラウンドから見える月は綺麗な満月だ。


「運良く足をひねる軽症で済んだらしい」


捻挫だ捻挫と何気無く言うリョウにモモは怪訝な顔をした。あいにく背後だったため、リョウはその顔を見ていなかったが。


「入院されたと聞きましたが、捻挫程度でも入院することがあるので?」


「まさか。入院は法螺だよ」


ホラ?とモモがほうけた声を出す。


「嘘ですか」


「家でピンピンしてる」


「ひょっとして発信源はリョウ様ですか?」


「アヤメが呪われているのは明らかだったからな。あのまま学校に通っていたら悪化すると踏んでしばらく姿を消してもらう必要があった」


はあ…とモモが感嘆なのか驚嘆なのか、とにかくそう言った声を出した。


「真面目なアヤメ様をよく説得出来ましたね。呪われているからと学校をサボるなどあのアヤメ様が素直に従うとは思えませんが…」


「………………」


黙り込むリョウにモモはおやっと首を傾げた。

この沈黙はあまりよろしくないものだ。


「どうしました?」


「……言いたくない」


モモは小さく微笑んだ。

顔を見なくてもわかる。自分の主人は今ものすごく渋い顔をしていることだろう。

彼はいつだって、幼馴染のアヤメに頭が上がらないのだ。

頑固な彼女を説得するためにかなり苦労したのだろう。

ひょっとしたら泣き落としでもしたのかもしれない。

想像してさらに笑えた。


「なににやけてる」


気がつくと、前を向いていたはずのリョウがこちらを振り向いてむっすりとしかめっ面をしていた。


「いえ別に。さあさあ早く帰りましょう。お腹が好きました」


モモは急かすようにリョウを押した。先に食べていればいいのに律儀に待っていたのか。

リョウは小走りになりながら確かに腹減ったなと呟いた。

モモがなぜか嬉しそうに笑った。


***


角白(すみしろ) リョウが自分の家が普通とは違っていることに気がついたのは、小学校に入ったくらいの時だった。

幼稚園や保育園に通っていなかったリョウにとって、小学校は全てが初体験だったが、周囲の人と関わりあっていき集団生活を送るうちに自分は異端だということに気がついた。

周りの子達は、術の修行の代わりにキャッチボールを親とする。

習い事は剣道じゃなくてスイミングスクールだし、遊びとは封印術を使用した、師範代とのチャンバラじゃなく、コンピュータゲームだった。

子供ながらに、ウチはどこか周りと違うのだと感じたのをリョウは今でもよく覚えている。


リョウの家はごく普通の古民家だ。

昔ながらの縁側や敷地内に道場があるくらいには大きく、少し変わっているところもあるが、家自体はなんら変なところはない。

普通でないのはリョウの祖母、リョウの父親が受け継ぎ、そしてリョウ自身が将来つくこととなる職業だった。

角白家で生まれた子が代々受け継ぐ習わしとなっている生業、それが『封印師』と呼ばれるものである。


封印師とは、読んで字のごとく、封印するために存在している者のこと。

古来より、封印師は数々の怪異を相手に暗躍してきていたが、どういうわけか年々その数は減っていき、今やこの日本に数える程しかいない。

彼らは霊力を封印にのみ行使することを誓っており、怪異を祓うことも清めることもできない。

それ故に、異能の力を持つ霊能力者や霊媒師、陰陽師などからも存在する必要のない、いらないものと忌み嫌われていたという。

角白家はそんな異端の者にすら忌み嫌われている封印術を必死に守り通してきた変わり者の家だった。


そんな変わり者の跡取り息子である角白リョウは、伝統を慮り、絶やすことなく受け継いでいくことに誇りと決意を持っている家の者が言うに、何もわかっていない戯け者らしい。

と、いうのも、喝を入れようと封印師の存続の危機を深々と高説した師範代に向かって、リョウはあっさりと言ってのけてしまったからだ。


「別に滅ぶんなら滅ぶでいいんじゃねえの?」


中学に上がってしばらくしてのリョウの言葉は、一応は若い者の戯言として収まったが、あの時の破門される勢いの師範代の怒りの表情はいまだにトラウマとして残っている。

確かに次期後継者である当主としてはあるまじき発言だが、リョウは至極まっとうな言い分のつもりだった。

伝統が大事なのはよくわかっているが、今や時代は21世紀だ。

インターネットやハイテク機械が普及して、生活はどんどん便利になり、人が増え続け、コンクリートで埋め尽くされているこの現代社会に一体誰が時代遅れの術式による安楽など求めるというのか。

封印など、封じるものがなければ行う必要のないものであり、この現代にそうそう、禍々しい邪悪なモノなど存在しないのだ。

妖怪はとうの昔に滅んでいるというし、昔のように封印師は人々に求められていない。

もともとそんなに利用価値のない代物だし、新しい時代の波に飲まれて消えてしまうのならばいっそきれいさっぱり消えてしまえばいい。

リョウは本気でそう思っていた。高校に上がった今でもその気持ちは変わっていない。

だが、どういうわけか世の中には変わった人もいるようでたまにだが、封印師を頼ってやってくる客も全くいないわけではなく、神社などからは古い封印のほころびを直してくれなどという話もたまに来ることがある。そういった金が発生する仕事をリョウはバイト感覚で行っている。祖母に命じられて仕方なく毎日修行はしているし、使えるのだから役に立つことなら使っていこうという気持ちで、家を継ぐ気は微塵も持ち合わせてはいないのだが。


今日のようなケースは珍しい、とリョウはモモが背後でついてくるのを感じながら思う。

幽霊なんてしょっちゅう人に憑いたり場所に憑いたり、ものに憑いたりとそこいら中にいるが、ほとんどが悪さをすることはないからほうっておいて構わない。そもそもそういった迷える魂を救ってやるのはリョウたちのような封印師ではなく、霊媒師の仕事だ。

見かけてもまず手は出さない。

リョウたちの仕事は本来ならもっと危険の高い、妖怪や化物なんかが対象となるが、今現在、見かけるものといえば悪霊や狐やたぬきなんかのちょっとしたいたずら程度だ。

遭遇すると厄介だろうが、封印するほどのものでもない。

結局のところ社会のニーズにあっていないのだ。

家のものが本気で怒るので口にすることはないが、きっと近いうちにリョウの代までに封印師は間違いなく滅ぶだろう。

そうなれば普通じゃない生活ともおさらばだ。

わざわざ反抗期よろしく騒がずとも時間の経過が解決してくれる。

リョウは静かにほくそ笑む。


こんにちは日常、さようなら非日常。


「何笑ってるんですか?」


ちょうど家に着いたようで、いつの間にか横に来て顔を上げてこちらを見ていたモモにまゆをひそめられていた。別に、と答えて家の扉に手をかける。

開いた瞬間、思わずゲッと声を漏らしていた。


「ずいぶんと遅い帰宅ね。リョウ」


そこには、すでに寝巻きになっている祖母が綺麗な正座で玄関でお出迎えしてくれていた。

早く来い、時代のビックウェーブ!とリョウは心の中で叫んでいた。




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