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花と狼  作者: riki
第三章 恋花の八花片
41/43

39


「おかしな服はやめたんだね。今日のきみは正しく教会の花に見えるよ」


 クリストフェル殿下の嫌味は花畑で会った格好をさしてだ。靴も履かず日本の服を着ていたわたしは、テュリダーセの人にすれば不審者だ。言い返せば墓穴を掘るだけなので、「案内よろしくお願いします」と軽く頭を下げる。

 乗ってこないわたしにつまらなさそうに鼻を鳴らし、青年は歩き出した。護衛の騎士にフィリップさんの姿を探したけど見当たらない。非番だろうか? エリカさんから預かったハンカチを渡したかったけれど仕方ない。帰るまでに機会が訪れるといいな。

馬車を下りてからの移動もクラウスさんに抱き上げられてだった。

 裾も踏まないですむし、迷子にもならないし……いいのか、な?

 ちらちらクラウスさんの様子を伺って、あっと気づいた。

 花護騎士として承認したとき、誰かに似ていると思った理由がわかった。強烈な印象の傷跡がなければクリストフェル殿下とよく似ているのだ。立場の違う二人だから他人の空似かな。謎が解けてスッキリした。

 甲冑をまとった神聖騎士は物々しい雰囲気でわたしの左右を固めて行進していた。

 黒い壁と化した狼たちの間に見える壁や天井の装飾は、テレビで見る外国のお城みたいだ。観光で来たのならよかったけど、いくら立派で綺麗でもまったくワクワクしない。不法侵入者として呼ばれたんだから、警察に出頭するような気の重さだ。

 憂鬱な溜息に反応したのは一番近くにいるクラウスさんだった。


「疲れたか? もたれるといい」

「いいえ、大丈夫です!」


 運んでもらっているのに溜息なんて失礼だ。

 首を振って姿勢を正したけれど、クラウスさんに背中を押されると簡単に傾いた。最近ストレスのせいか体調が良くない。一度寄りかかってしまうとその気持ち良さに遠慮を忘れて申し出に従う。身を預けた広い肩は揺らぎもしなかった。


「ありがとうございます。……そういえば、クラウスさんは甲冑を着なくてもいいんですか?」


 ロングコートは防寒力はありそうだけど、氣が籠められた剣は恐ろしい切れ味だ。役立つのだろうかとわいた疑問に、「花護だからな」とシンプルな答えが返る。

 たしかに黒光りする鋼の腕では硬くて痛い。花を抱き上げて運ぶのは騎士の中で常識すぎてそれだけで答えになるらしい。

 教会で花と接する内務の騎士は武装といえば剣ぐらいだった。外務の騎士が甲冑を身に着けているのは、教会の外はそれだけ危険があるからかな。

 じゃあロベルトさんは?

 離宮で会ったときはずいぶん軽装に見えた。甲冑は目立つだろうし、こっそり忍び込むなら外していても不思議はないけど、普段の任務と違うことをしていた?

 なぜロベルトさんはわたしの前に現れたんだろう。

 彼にそれを命じた人がいる。おそらく所属するグラナート教会の騎士団長や主教といった偉い人。

 教会はいつどうやって情報を得たの?

 クリストフェル殿下に捕まってから、ロベルトさんが助けに来てくれるまで一日もたっていない。王宮内部に教会の協力者がいるとすれば、かなり自由に外と連絡が取れることになる。

 ロベルトさんが助けてくれた謎が解ければ、いろんなことがわかる気がする。

 ズキズキと頭が痛む。深く考えようと集中すると頭痛に襲われ、瞼を閉じた。核心に触れそうな疑問より、今は投げやりな気持ちの方が強かった。

 ……もういいや。だってロベルトさんはわたしから離れて行ったんだもの。




 大きな広間に入ると、ひとりのおじいさんが待っていた。この世界に来たとき、わたしの花紋が本物だと証明してくれたザフィーア聖堂教会のカルステンさんだ。カルステンさんとラルフさんは顔見知りなのか軽い会釈で挨拶をすませていた。

 「お久しぶりです、リン様」と、年齢を刻む顔に好々爺の皺が重なる。返事を返すわたしも笑顔になった。


「今日は見違えるほどお可愛らしい。正装がよくお似合いです。首の傷はもう痛みませんか?」

「すっかり治りました! あのときはハンカチをありがとうございます」

「それはようございました。……血気盛んは結構ですが、やたらに噛みつくのは仔狼の証。殿下にはそろそろ落ち着きをもっていただきたいですな」

「いつまで子供扱いする気なんだ。説教は聞き飽きている」


 クリストフェル殿下とは長い付き合いなんだろうか?

 王太子と主教という関係からは考えられない打ち解けた空気がある。


「今回の謁見は最小限の人数で、と命じられているからね。わたしの案内はここまでだ。後はカルステンについて行けばいい。神聖騎士おまえたちはこの場で待っていてもらうよ」


 神聖騎士は謁見に同席できないらしい。

 警備上の理由かもしれないけど、頼もしい騎士達に安心していたわたしはオロオロと周囲を見回した。

 神聖騎士たちが抗議の声を上げる中、真っ先に詰め寄ったのはラルフさんだった。


「護衛もなしだと!? それならば八花片は行かせられん!」

「手荒な真似はしないと前もって伝えていたはずだけれど? 会話するだけで何が起きるというんだい」

「狼の鼻先に花を差し出す馬鹿がいるかってことだ」

「はっ! これだから神聖騎士は目が曇ってて話にならない! そこの八花片には過剰な心配だと思うけどね」


 クリストフェル殿下は「カルステン、後は頼んだ」と面倒臭そうな顔でバトンを投げた。


「八花片を単身で王に引き合わせるなどできません」

「皆の懸念は理解できるが、陛下は罰を与えようと呼び出された訳ではない。リン様が離宮に現れた状況を訊ねたいとのことだ」

「それだけでございますか? ならば書簡でもよいではありませんか。レンドルフ様ならばこそ、いかに危険かご承知のはず。国王に八花片を引き合わせるなど……」

「陛下は直接会いたいと仰っているのだ。ダールガン殿やジークベルトが許可したことを、外務士長のお主が異を唱えるのか?」


 所属が違うからか丁寧な口調で話していたラルフさんが押し黙った。

 グラナート聖堂教会のトップはダールガンさんだ。騎士団は体育会系というか縦社会っぽいし、上司の命令は絶対なのだろう。ただよう不穏な空気に居たたまれなくなる。

 カルステンさんが語調を和らげ、「……とはいえ、私も年老いて護衛にはならぬだろう。先立って花護をつける許可はいただいておる」と視線をクラウスさんに向けた。

 紅い腕章をはめてわたしを抱き上げているから、花護騎士は一目でわかる。


「お主の名は?」

「クラウス・リッター・フォン・セーヴェリングです」

「クラウス以外の者はここで待機するように。――リン様、参りましょう」


 促されるまま三人で歩き出す。ラルフさんが一行の指揮をとっているのかと思ったけれど、カルステンさんが教会側の責任者らしい。

 わたしが属するのはグラナートなのに、どうしてダールガンさんじゃないのだろう。王様と仲が悪いらしいから代役なのかな。ロベルトさんがカルステンさんは王家と懇意にしているといっていたし、王様に上手くとりなしてもらえるのかもしれない。

 広間の奥に一際立派な扉があった。

 ギッと重量を感じさせる音が響き、精緻な彫刻が施された扉が左右に開いた。中から真っ赤な舌のように絨毯が伸びていて、大きな生き物の口に呑みこまれる心地がした。

 この先に王様が待っている。

 抱き上げられて謁見はないだろうと、「ここからはちゃんと自分で歩きますね」と言ったらクラウスさんにそっと下ろされた。爪先が絨毯に着くと彼は一歩下がった。

 わたしは言われていたようにロングコートを脱いで彼に預ける。ふわりと広がったドレスの裾を後ろに流し気合を入れる。

 ――よし! 身の潔白を証明して、堂々と教会に帰ろう!



 計算された窓からの明かりが玉座を浮かび上がらせていた。自然光はやわらかでありながら描き出す陰影に深みを与え、一幅の絵画のように印象的だった。

 黄金の椅子に腰かけた男性は威風堂々という言葉が似合う。

 座っているのに圧倒的な存在感で大きく感じる。白い服は金糸の刺繍が施され、裾に宝石が縫い止められていた。まっすぐわたしを見据える蒼い眼と鬣のように長い金髪。整った顔は落ち着きと貫禄があり、クリストフェル殿下が四十代になったらこうなるのだろうと思える壮年の男性だった。

 傍らには王様の護衛の騎士が一人直立で控えていた。最小限は教会側だけの条件だと思っていたけれど、お互いにらしい。少人数なせいもあり非公式な雰囲気だ。部屋は静まりかえっているけれど、無意識に息をひそめるような圧がある。


「――ようやく来たな、八花片よ」


 かけられた声は離れているのに力強く届き、緊張で背筋がピンと伸びた。


「はじめまして国王陛下。わたしは花の位八花片、恋花の鈴・ハールスラントと申します。お会いするのが遅くなりましたことお詫び申し上げます」


 挨拶の練習は何度もしているから名乗りもスムーズだ。逆らわず、傅かずというけれど、王様に失礼なことはできない。精いっぱい丁寧な言葉遣いでお辞儀をしておいた。


「アレがのらりくらりと呼び出しをかわすから、どのような花が来るかと思えば……」


 しげしげと見られた後に続く言葉は脳内で補完できた。

 わたしは期待外れということですね。

 お化粧も正装もしているけれど、顔は変わらない。ハールベリスの人は彫りが深くて人種からして違うし、美男美女ばかりだ。平坦な顔とスタイルのわたしに「可愛い」とお世辞を言ってくれるのは、教会の狼たちの優しさなんだと思う。


「いつもは人を挟むのだが、私は煩わしいことが嫌いでな、質問に偽りなく答えよ。どうやって離宮の、あの庭に現れたのだ?」


 直球の質問にごくりと唾を飲み、何度目かの言い訳を口にする。


「あのっ、信じてもらえないかもしれないですが、わたしもどうしてあそこにいたのかわからないんですっ。気づいたら花畑で、クリストフェル殿下が目の前にいて。それまでどこにいたのか、目を覚ます前のことは覚えていません」

「……目的もなく、その手段も記憶にないだと? それを信じると思うのか?」


 当然の反応だ。記憶喪失は辻褄合わせの嘘なのだから。

 本当のことは言えない。物証があるならともかく、異世界から来たなんて荒唐無稽な話は正気を疑われるだろう。

 大事なのは言い訳じゃなくて、わたしはなにも企んでなんかいないし、王様に害なす気もないと信じてもらうことだ。トリスタンのスパイという疑いが晴れたら、解放してもらえるはず。


「自分でも怪しいことはわかっています。でもっ、なにかを盗もうとか、誰かを傷つけようとか、そんな考えはありません! 今もです! 教会に保護してもらって感謝しています。精一杯頑張ってこの国の生活に慣れようと思っているんです。助けてくれた方々に迷惑をかけるようなことはしません!」


 わたしは何も持たずにテュリダーセで生き返った。助けてくれた人達に返せるのは感謝の気持ちだけだ。受けた恩をすぐに返せなくても、せめて迷惑をかけないようにしたい。そのためには早く自立しないと!

 記憶喪失は嘘だけど、他は偽りない気持ちだった。

 必死になって訴えていたら胸の前で両手が握り拳になっていたのに気づく。

 王様の無言の視線に腕を下ろしながら、わたしは冷たい態度はクリストフェル殿下とそっくりだと血の繋がりを感じていた。


「……話してみてわかった。お前を駒にしたものは人選を間違えたな。トリスタンの間諜ではないかと騒ぐ者もいるが、馬鹿らしい。残党の主だった群れは狩り尽くした。取りこぼしがあったとしても、組織的な動きがあれば耳に入る。トリスタンでなくば、誰の思惑か……それが判明すればいいのだ」


 この世界の人達がどれだけ探しても犯人にはたどり着けない。

 ……神様の目的は何だったんだろう?

 事態をややこしくしているのは絶対にあの少年だ。

 わたしを待っている狼がいるって言っていたけど、それならその人の元へ直接送ってほしかった。

 花畑で目が覚めたときはひとりぼっちだったし、クリストフェル殿下に剣を突きつけられるし……。

 ひょっとして神様は場所を間違えたんじゃないだろうか、と埒もない思考がめぐる。


「わたしは誰かに命じられてきたわけじゃない、と……お、思います」

「お前は大陸の訛りがない。ハールスの言葉を教えたのは誰だ? 国の外、というのは考え難い。だが近年八花片が産まれたなど聞いたことがない。完璧に秘せるならそれなりに高位の狼だろう。緋紋まで育てて己の物にせず、なぜ手放した? 他に使い道があるからか? 恋花で、八花片で、緋紋とくれば――我が《王花》の座は、空いているからな」


 王様の蒼い眼に苛烈な光が宿る。アリウムさんを思い出しているなら、王様にとって愛する人だったはずなのに、穏やかな感情とはかけ離れていた。

 わたしがアリウムさんの後釜を狙っているなんてとんでもない! スパイよりひどい誤解だ。

 自動翻訳の恩恵が要所要所で不審をかっている。もちろん意思疎通できた方がいいに決まってるけど、奇跡を起こせない身では説明に困る。


「あのっわたしが王花にとかはないですっ! 一度たりとも考えたことはありません!」

「リン様はそのような企みなどお持ちでない。陛下もご覧のとおり、まだ心幼い花でございます」


 カルステンさんのアシストが入る。

 やっぱり王様にとりなしてくれる気でいたんだ。カルステンさんの言葉の方が説得力があると思うし。


「ならば幼い花をここへ遣わせた者の意図は何だ? 捕らえた折は八花片一人だったが、後で神聖騎士が乗り込んできたらしいな」


 ロベルトさんは神様の不思議な力でわたしのもとへ来たんじゃない。

 あそこにわたしが居ると知った誰かが、彼を派遣した。

 カルステンさんが「まさか」と即座に否定した。


「私ども教会の狙いと疑っておられるのなら的外れでございます。陛下と会わずにリン様を帰しては意味がないではありませんか」

「興味を引くために断片的な情報を与えたのではないか?」

「花を政治の道具として使うなど、《光核(ディアマン・)(ヘルツ)》の主義に反します」


 断言したカルステンさんを王様が嘲笑した。


「主義主張は犬にでも食わせておけばいい。《花》は馨しい餌だ。教会の活動資金はどこから出ている? 無私の寄付金だとでも言うつもりか? 飢えた狼どもが落とす金ではないか」

「花の幸福のため、我らは日々励んでおります。陛下に理解して頂こうとは思いませんが、無闇な批判はおやめください。陛下のお考えが殿下や周囲の者に影響を及ぼします」

「またその話か。これ以上やり合うなと言うがな、仕掛けてきたのは本当にアレじゃないのか? 都合よく子飼いを花狼に据えたと聞くぞ」

「リン様がどこから来られたのか、それは本当にわかりません。教会に保護するためダールガン殿が動かれたのは確かのようですが……」

「最後に刈ったのはアレだが、種をまいて育てたのは別の誰かだと言いたいのか?」

「この世に八花片が現れれば、隠そうとしてもすぐ噂になりましょう。教会が関わったのはリン様の保護に関してのみでございます」

「お前の言い分を信じるなら、八花片に罪はないということだな?」

「そのようにご理解いただければ幸いです」


 王様とダールガンさんの対立は根が深そうだけど、カルステンさんのように教会側でも現状を憂いている人がいるんだ。国の統治者と、教会という大きな勢力。ハールベリスの両輪がぎくしゃくしていては国が前に進んでいかない。

 何も言わない王様は納得してくれたのだろうか?

 王様の様子を窺いつつ、わたしの頭の中はフル回転だった。


 カルステンさんが王様に認めたように、王宮の情報を得て指輪を準備し、忍び込ませたのはダールガンさんだったんだ。

 ロベルトさんは自主的にわたしを助けてに来てくれたわけじゃない。それは知っていた。

 教会の庇護下に置くため、目に見える登録の証だから指輪を持ってきてくれた?

 それもわかる。指輪の効力は偉大で、わたしは一度教会に逃れることができた。

 芋づる式に疑問がわいてくる――最大の疑問が。


 花狼の誓約を交わしたのはどうして?

 再びわたしが王宮に呼び付けられたとき、花狼ならロベルトさんも一緒に行けると言われた。

 でも彼はいない。わたしの後ろにいるのはクラウスさんだ。破られる約束なら大した理由じゃない。指輪と花護でこと足りる。

 わたしに《花》として匂いがあるならわかる。

 狼にとって花の香りは魅力的だから。

 初めて会ったとき、「匂いがない」と、そう言ったのは《狼》の彼だ。わたしの花統すら不明で、成立するかもわからないのに彼は誓約を持ちかけた。

 最初から命令に含まれていた? だったら変だ。神聖騎士が教会の花と誓約を交わすのは規律を破る行為で、ダールガンさんが命じるのはおかしい。


 誓約にだけ理由がない。


 花刻が現れれば一目で仲間に背信がわかる。

 万が一視力を失えば、力によって立つ狼の致命傷となるだろう。

 氣の力が上がるとシラーさんが言っていたけど、リスクに見合った報酬とはとても思えない。

 なぜ指輪を嵌める前に誓約を交わさなかったのだろう。

 せめて口止めしてくれていたら、死ぬまで秘密にしていた。


 教えてくださいロベルトさん。

 任命式の日、わたしを放っておけないと言った真意を――。 

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