膨らむデリバティブ・バブル (2)
私はアメリカの大手銀行に10年ほど勤めていた。今はその銀行を退職して自分のヘッジ・ファンドを立ち上げている。運用資産はたったの10億ドルだ。格付けの低い国や地方政府、企業などが発行する債券のCDSを売って保険料を稼いでいる。客には最新の金融工学を駆使して取引していると説明しているが、それは金を集めるための方便であって実際にやっていることは算数レベルだ。
ついこの間は、パナソニーとかいう会社の10年債のCDSを5.6%で1,000万ドル分売った。これで私のファンドはパナソニーの10年債を利回り5.6%で1,000万ドル分買ったのとほぼ同じ状態になった。違うのは、私に利回りを払ってくれるのがパナソニーという企業自体ではなく、CDSの買い手だという点だ。もし、パナソニーが破綻すれば、私はCDSの買い手がそれによって被る損失、元本だけでなく利回りも含めたすべてを補償する義務を負う。
「ちょっと待った!同じリスクを抱えるのならば、5.6%のCDSを売るより7.8%のパナソニーの社債そのものを買ったほうが得じゃないか?」
確かに。しかし、私が社債を買わずに2%もリターンが低いCDSを売るのには理由がある。社債を1,000万ドル分買うには、1,000万ドルの現金を払い込む必要がある。ところが、CDSを売る場合はファンドの信用力を裏づけにして売れるので、私のファンドの口座の運用資金は1セントも減らない。その債券の価格が急落してCDSの買い手から担保を請求されない限り、だが。
私が取引している銀行は、リスク管理として私のファンドが同一の発行体のCDSを1,000万ドルを超えて売らないことを条件に運用資金の5倍までCDSを売ることを認めている。ここに私がCDSを売る理由がある。実際に社債に投資をするのならば10億ドル分買って7%ほどの運用益にしかならないが、CDSの売りならば5倍の50億ドル相当分の債券を買うのと同じこと、つまり25%超の運用益を期待できるのだ。
これは債券の発行体が破綻しないという前提の話だ。格付けBのハイイールド債はリスクが高いと思われるが、デフォルト(債務不履行)に陥る確率は年間で2%ほどでしかない。7%台(CDSなら5%台)の利回りはこれを十分に補って余りあるのだ。
さらに、私は昔の銀行仲間と頻繁に連絡を取っている。もし、「パナソニーが資金繰りに苦しんでいるらしい・・・・」なんて情報を耳にすれば、私はすぐにパナソニーのCDSをまだ売っているのろまなヤツから買って、私が売ってしまったCDSのポジションを相殺するのだ。これで、私は保険金を支払うようなドジを踏まないで済む。




