タイトル未定2026/09/16 06:56
理解旅行
「宇宙でいちばん大きな星って、どれくらい大きいんだろう」
ただ、それだけだった。
スマホの画面には、赤く膨れた星が映っていた。
Stephenson 2-18。
太陽の二千倍を超えるともいわれる半径。
もし太陽の場所に置けば、その表面は土星の軌道付近にまで達するという。
「でか……」
私は笑った。
太陽を一センチの玉にしたら、その星は二十メートルを超える。
なるほど。
少し分かった気がした。
ところが、その星でさえ銀河の中では点だった。
天の川銀河。
直径、およそ十万光年。
光が十万年走って、ようやく向こう側。
その天の川も、宇宙に無数に存在する銀河のひとつにすぎない。
観測可能な宇宙。
直径、およそ九百三十億光年。
私はスマホを置いた。
もう「でかい」という言葉では足りなかった。
巨大。
途方もない。
無限みたい。
どれもしっくりこない。
言葉のほうが先に消えていた。
そこで私は、反対側へ行ってみることにした。
小さいほうへ。
自分の身体。
細胞。
DNA。
原子。
原子核。
陽子。
クォーク。
そして、そのさらに遥か下に現れる尺度。
プランク長。
約、
0.000000000000000000000000000000000016メートル。
私は数字を数えるのをやめた。
観測可能な宇宙がおよそ10の27乗メートル。
プランク長がおよそ10のマイナス35乗メートル。
その差。
約六十二桁。
「大は小を兼ねる」
そんな言葉が浮かんで、
すぐに消えた。
そんな枠組みではなかった。
大きい、小さい。
遠い、近い。
長い、短い。
それらは全部、人間が自分の身体の大きさから作った言葉だった。
一ミリを小さいと思う。
地球を巨大だと思う。
太陽を途方もなく大きいと思う。
でもプランク長の側から見れば、一ミリは狂ったような巨大世界で、
宇宙の側から見れば、あの巨大な赤い星でさえ、ほとんど点だった。
私は自分の手を見た。
五本の指。
爪。
皺。
いつもの手だった。
この手の中にも原子があり、
頭上には九百三十億光年の世界がある。
そして妙なことに気づいた。
私はそのどちらにも行ったことがない。
宇宙の果てにも。
原子の中にも。
なのに今、
両方を考えている。
一〜二キログラムほどの脳の中に、
十のマイナス三十五乗メートルと、
十の二十七乗メートルが、
同時に存在している。
その瞬間だった。
今日の旅行で初めて、
本当に分からなくなった。
そして、
それまでの私は「分かった」と思っていただけなのだと分かった。
宇宙は広い。
物質は小さい。
そんなことを理解した旅行ではなかった。
自分がどれほど理解していないのかを、
理解するための旅行だった。
私はもう一度スマホを手に取った。
赤い星は、
さっきと同じ場所で燃えていた。
Stephenson 2-18。
今度は「でかい」とは思わなかった。
ただ、
画面の向こうをしばらく眺めた。
そして小さく笑った。
人間は、
理解できないものに出会うと、
笑う。




