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『面倒を見ただけでした』

作者: くろめがね
掲載日:2026/01/30

1話完結です。

 戦が終わった村に、屋根は残らなかった。

 残ったのは、人と、泣き声と、使い切れないほどの後始末だけだった。


 私は孤児だった。

 正確には、孤児「になった」。

 昨日まで母がいて、今日はいない。そういう種類の孤児だ。


「泣くと喉が渇くから、先に水ね」


 私は自分より小さい子にそう言いながら、木の器を回した。

 泣き止ませる方法は知らない。でも、順番を決めることならできた。

 誰が先で、誰が後か。揉めないように。喧嘩にならないように。


 それが私の仕事になった。


 大人たちは忙しかった。

 死体を運び、焼け跡を調べ、次に生きる算段をする。

 子どもは後回しにされる。だから私は、前に出た。


 私は恋を知らなかった。

 というより、抱きしめられることに慣れていなかった。

 生きるのに必要ないものは、後回しにしてきたから。



 彼を見つけたのは、夕暮れだった。


 瓦礫の影で、鎧の男が倒れていた。

 高価な作りだった。身分の高い人だと分かる。

 そして、死にかけていることも。


「……生きてる」


 息は浅い。血が多い。

 放っておけば、夜を越えない。


 助ける理由はなかった。

 でも、助けない理由もなかった。


「動かないで」


 返事はない。

 私は近くの子に言った。


「水、持ってきて。布も。きれいなの」


 指示は自然に出た。

 誰かが従い、誰かが走る。

 私はいつの間にか、そういう役目になっていた。


 男は三日、眠り続けた。


 目を覚ましたとき、最初に見たのは天井じゃなく、私だった。


「……ここは」


「生きてる場所」


 我ながら雑な答えだと思ったけれど、男はなぜか笑った。


「君が……助けたのか」


「皆で」


 私はそう言った。

 一人の功績にすると、後が面倒になる。


 男は名を名乗らなかった。

 私も聞かなかった。

 必要なかったから。


 食事を与え、傷を洗い、夜は子どもと一緒に寝かせた。

 貴族だろうと、兵士だろうと、布団の数は同じだ。


 男はそれを、目を見開いて見ていた。


「……君は、皆の世話をしているんだな」


「できる人がやるだけ」


「報酬は?」


「ない」


 男は黙り込んだ。


 それから、やけに私の後をついてくるようになった。



「水はこっちが先」

「並んで」

「怒鳴らない。聞こえてる」


 私が言うと、子どもも大人も従った。

 男はそれを見るたび、真剣な顔になる。


「……君は、人を動かす」


「動かしてない。並べてるだけ」


 彼はその違いが分からないようだった。


 数日後、迎えが来た。

 立派な馬と、兵士と、紋章。


 彼は貴族だった。

 しかも、かなりの。


「あなた、帰れる」


 私が言うと、彼は即答した。


「君も一緒だ」


「無理」


「なぜ」


「ここ、まだ終わってない」


 私は瓦礫と子どもたちを指した。


 彼は困った顔をした。

 そして、膝をついた。


「……君がいないと、困る」


 心臓が一瞬、変な音を立てた。

 でもそれは恋じゃない。

 責任の音だ。


「あなたが困る理由は、私じゃない」


「違う」


 彼ははっきり言った。


「私は、君に救われた。命だけじゃない。

 ここに来て初めて、人の世を見た」


 重い。

 この人、重い。


 私は困った。



 結局、私は行った。


 理由は簡単だ。

 彼が連れてきた兵士たちが、勝手に働き始めたから。


「水路を直します」

「配給はどうしますか」

「子どもはどこに集めますか」


 皆、私を見る。


 私は言った。


「……順番を決めましょう」


 それだけで、国は動いた。


 後で聞いた。

 王が言ったらしい。


「この娘を離すな」

 王妃が頷いたらしい。

「国母に向いている」


 意味が分からなかった。



 戴冠式の日。

 私は相変わらず、裾を踏まないように気をつけていた。


「緊張してる?」


 彼が聞く。


「慣れない」


「君は、愛されることに慣れていないだけだ」


 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。

 図星だった。


「……面倒を見るのは、慣れてる」


「だからだ」


 彼は笑った。


「君は、国の面倒を見る」


 私は最後まで、よく分からなかった。


 ただ――

 子どもが泣かず、

 人が並び、

 誰も取り残されないようにする。


 それを続けていたら、

 気づけば、国母になっていただけだった。


 彼は、相変わらず私にべったりだ。

 命を拾われた男は、重い。


 私は今日も思う。


 恋だとか、運命だとか、よく分からない。

 ただ、面倒を見ただけなのに。


ごくごく短編です。

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