『面倒を見ただけでした』
1話完結です。
戦が終わった村に、屋根は残らなかった。
残ったのは、人と、泣き声と、使い切れないほどの後始末だけだった。
私は孤児だった。
正確には、孤児「になった」。
昨日まで母がいて、今日はいない。そういう種類の孤児だ。
「泣くと喉が渇くから、先に水ね」
私は自分より小さい子にそう言いながら、木の器を回した。
泣き止ませる方法は知らない。でも、順番を決めることならできた。
誰が先で、誰が後か。揉めないように。喧嘩にならないように。
それが私の仕事になった。
大人たちは忙しかった。
死体を運び、焼け跡を調べ、次に生きる算段をする。
子どもは後回しにされる。だから私は、前に出た。
私は恋を知らなかった。
というより、抱きしめられることに慣れていなかった。
生きるのに必要ないものは、後回しにしてきたから。
⸻
彼を見つけたのは、夕暮れだった。
瓦礫の影で、鎧の男が倒れていた。
高価な作りだった。身分の高い人だと分かる。
そして、死にかけていることも。
「……生きてる」
息は浅い。血が多い。
放っておけば、夜を越えない。
助ける理由はなかった。
でも、助けない理由もなかった。
「動かないで」
返事はない。
私は近くの子に言った。
「水、持ってきて。布も。きれいなの」
指示は自然に出た。
誰かが従い、誰かが走る。
私はいつの間にか、そういう役目になっていた。
男は三日、眠り続けた。
目を覚ましたとき、最初に見たのは天井じゃなく、私だった。
「……ここは」
「生きてる場所」
我ながら雑な答えだと思ったけれど、男はなぜか笑った。
「君が……助けたのか」
「皆で」
私はそう言った。
一人の功績にすると、後が面倒になる。
男は名を名乗らなかった。
私も聞かなかった。
必要なかったから。
食事を与え、傷を洗い、夜は子どもと一緒に寝かせた。
貴族だろうと、兵士だろうと、布団の数は同じだ。
男はそれを、目を見開いて見ていた。
「……君は、皆の世話をしているんだな」
「できる人がやるだけ」
「報酬は?」
「ない」
男は黙り込んだ。
それから、やけに私の後をついてくるようになった。
⸻
「水はこっちが先」
「並んで」
「怒鳴らない。聞こえてる」
私が言うと、子どもも大人も従った。
男はそれを見るたび、真剣な顔になる。
「……君は、人を動かす」
「動かしてない。並べてるだけ」
彼はその違いが分からないようだった。
数日後、迎えが来た。
立派な馬と、兵士と、紋章。
彼は貴族だった。
しかも、かなりの。
「あなた、帰れる」
私が言うと、彼は即答した。
「君も一緒だ」
「無理」
「なぜ」
「ここ、まだ終わってない」
私は瓦礫と子どもたちを指した。
彼は困った顔をした。
そして、膝をついた。
「……君がいないと、困る」
心臓が一瞬、変な音を立てた。
でもそれは恋じゃない。
責任の音だ。
「あなたが困る理由は、私じゃない」
「違う」
彼ははっきり言った。
「私は、君に救われた。命だけじゃない。
ここに来て初めて、人の世を見た」
重い。
この人、重い。
私は困った。
⸻
結局、私は行った。
理由は簡単だ。
彼が連れてきた兵士たちが、勝手に働き始めたから。
「水路を直します」
「配給はどうしますか」
「子どもはどこに集めますか」
皆、私を見る。
私は言った。
「……順番を決めましょう」
それだけで、国は動いた。
後で聞いた。
王が言ったらしい。
「この娘を離すな」
王妃が頷いたらしい。
「国母に向いている」
意味が分からなかった。
⸻
戴冠式の日。
私は相変わらず、裾を踏まないように気をつけていた。
「緊張してる?」
彼が聞く。
「慣れない」
「君は、愛されることに慣れていないだけだ」
その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
図星だった。
「……面倒を見るのは、慣れてる」
「だからだ」
彼は笑った。
「君は、国の面倒を見る」
私は最後まで、よく分からなかった。
ただ――
子どもが泣かず、
人が並び、
誰も取り残されないようにする。
それを続けていたら、
気づけば、国母になっていただけだった。
彼は、相変わらず私にべったりだ。
命を拾われた男は、重い。
私は今日も思う。
恋だとか、運命だとか、よく分からない。
ただ、面倒を見ただけなのに。
ごくごく短編です。




