第7話 穏便な処理
組織というものは、真実よりも秩序を愛する生き物だ。
特にこの学園のような、貴族や資産家の子弟が多く通う場所では、「正しさ」の定義は教科書ではなく、寄付金の額によって書き換えられる。
◇◆◇
翌日、私たちが呼び出されたのは、生徒指導室だった。
革張りのソファに、重厚なデスク。そこに座っているのは、学年主任の男だ。彼は眉間に深い皺を刻み、まるで汚物を見るような目で書類を弾いた。
「――つまり、だ」
教師は、低い声で告げた。
「ミリア嬢の杖が暴発したのは、整備不良による事故。君たちは運悪くそこに居合わせた。......そういうことで処理する」
私は耳を疑った。
事故? あれが?
殺意を持って禁制品の増幅器を使い、あろうことか同級生を焼き殺そうとした行為が、「整備不良」の一言で片付けられるというのか。
「待ってください。彼女は明らかに禁制品を使って......」
「シルヴァーノ妹」
教師が私の言葉を遮る。その目には、明確な威圧の色があった。
「ミリア嬢のご実家は、本校の有力な支援者だ。彼女がそのような違法品を所持しているはずがない。あれは市販の魔導具の調整ミスだ。いいね?」
なるほど。
私は瞬時に状況を把握した。
学校側は、不祥事を表沙汰にしたくないのだ。ミリアの処分を軽く済ませ、被害者である私たちを黙らせることで、この件を闇に葬ろうとしている。
腐っている。吐き気がするほどの欺瞞だ。
だが、教師の矛先は、そこで止まらなかった。
彼は視線を、私の隣で直立不動を保つフィオナへと向けた。
「問題は君だ、フィオナ・シルヴァーノ」
「......はい」
「君が展開した防御術式について、審議会で問題視されている。目撃者の証言によれば、君は『術式解体』を用いたそうだな」
教師が机を指先で叩く。トントントン、と不快なリズムが部屋に響く。
「あれは軍事レベルの高度術式だ。護身用にしては過剰すぎる。もし加減を誤れば、ミリア嬢の魔力回路を焼き切る可能性もあった。......君のような危険分子を、学園に置いておくことのリスクを考えたまえ」
あべこべだ。
被害を防いだ側が責められ、加害者が守られている。
理屈が破綻している。こんな道理が通ってたまるか。
私が反論しようと口を開きかけた時、フィオナが静かに頭を下げた。
「配慮が不足しておりました。今後は出力を調整します」
謝罪した。
一ミリも悪くない彼女が、この理不尽な体制に対して抵抗せずに従ったのだ。
「......反省しているならいい。今回は厳重注意とする。次は退学もあり得ると思え」
「承知いたしました」
◇◆◇
指導室を出て、長い廊下を歩く。
窓の外では、何も知らない生徒たちが笑い合っている。平和な光景だ。その平和が、薄汚い隠蔽工作の上に成り立っているとも知らずに。
「......なんで」
私は堪えきれずに声をかけた。
「なんで謝ったの。あんたは何も悪くない。悪いのは全部あっちじゃない」
「事実と評価は別物だ」
フィオナは歩調を緩めず、前だけを見て答える。
「あの場で反論しても、こちらの立場が悪化するだけだ。私の目的は学園に通い続けることであり、正義を証明することではない。......もっとも合理的な選択をしたまでだ」
合理的。
彼女の口癖だ。だが、今のそれは、ただの諦めのように聞こえた。
彼女は強い。魔法の腕も、頭の回転も、私とは比べ物にならない。けれど、この社会の「歪み」に対しては、あまりにも無力で、従順すぎる。
「あんたが良くても、私が納得できない」
「お前の感情など考慮していない」
冷たい一言。
でも、今日の私は気づいてしまった。彼女が握りしめている鞄の持ち手が、白くなるほど強く握り込まれていることに。
彼女だって、感情がないわけじゃない。ただ、それを押し殺して「役割」を全うしようとしているだけだ。
そうやって、誰にも頼らず、一人ですべてを飲み込んで――。
ズキリ、と胸が痛んだ。
私は今まで、彼女を「勝手に転がり込んできた異物」としか見ていなかった。でも今は、その背中がひどく孤独で、脆いものに見える。
守られたくない、とは言った。
けれど、理不尽に頭を下げる彼女を見て、
守りたくないとは思えなかった。
「......ミリアの杖」
私は話題を変えるように、ポツリと口にした。
「あれ、ただの整備不良じゃない。あの増幅器、素材に刻まれた回路の構成がおかしかった。部品同士が噛み合わず、まるで持ち主の魔力を食い荒らすような......」
「関わるな」
フィオナが鋭く遮った。
「彼女の処分は決まった。停学三日。それで終わりだ。これ以上、あの歪んだ力に触れるな」
彼女の声には、珍しく焦燥の色が混じっていた。
フィオナは何かを知っているのだろうか。
あの不気味な魔力の正体を。そしてこの学園が隠している何かもっと深い闇を。
廊下の先で、放課後のチャイムが鳴る。
それは事件の終わりを告げる音ではなく、次の異変への合図のように、重苦しく響き渡った。
お読みいただきありがとうございます。
被害者が我慢し、加害者が守られる。 権力と保身にまみれた、学校という組織の理不尽な決着でした。
しかし、フィオナが頭を下げたその時、セレナの中で「姉への拒絶」とは違う感情が芽生え始めました。 二人の距離感が、少しだけ変わる重要なシーンです。
次回、第8話「理由なき異変」
無理やり幕引きされたはずの事件ですが、そう簡単に終わりません。 ミリアの身に、説明のつかない現象が起きます。 お楽しみに!




