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魔力ゼロの技術屋、学園の裏支配者になる  作者: 八坂 葵


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第6話 薄皮一枚の結界

 窮鼠猫を噛む、という言葉がある。


 だが、追い詰められた鼠が愚かだった場合、猫ではなく自らの巣穴ごと吹き飛ばそうとする事例があることを、私は失念していた。


 ◇◆◇


「......ふざけないでよ」


 ミリアの顔が引きつっていた。

 恐怖と屈辱。カースト上位者としてのプライドが、フィオナという圧倒的な強者の前で粉々に砕かれたことへの拒絶反応。


 彼女の思考は、論理的な生存本能を捨てて、破滅的な暴走へと舵を切ったようだ。


「あんたが何よ! エリートだか何だか知らないけど、ここじゃ私がルールなのよ!」


 ミリアが制服のポケットから何かを取り出した。

 黒ずんだ金属製のチャーム。

 それを見た瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。


「あれは......『魔力増幅器(アンプ)』の贋作? しかも、禁制品の......」


 市販の安全装置を外し、術者の器を超えた魔力を強制的に引き出す違法魔導具だ。制御不能な出力は、時に術者の命すら削る。


 私の呟きなど聞こえていないミリアは、それを杖の先端にガチリとはめた。


「消えなさいよ!」


 詠唱破棄!


 しかも杖の先から噴き出したのは、可愛らしい火の玉ではなかった。

 どす黒く濁った炎の奔流。空気を喰らい尽くす轟音と共に、フィオナと、その後ろにいる私へとそれは迫った。


 ――終わった。

 私は反射的に目を閉じた。

 防御魔法の展開は間に合わない。


 そもそも、あの規模の熱量を防ぐには、王城魔導師レベルの結界が必要だ。


 私の人生、欠陥だらけの舞台だったな。

 そんな走馬灯めいた思考が、一瞬で脳裏を駆け巡る。


 だが。

 灼熱の痛みは、いつまで経っても訪れなかった。


「......目を開けろ」


 耳元で、涼やかな声がした。

 恐る恐るまぶたを上げる。

 そこにあったのは、信じがたい光景だった。


 フィオナの目の前、わずか数センチの距離に、薄い膜があった。

 硝子よりも薄い。水面の表面張力のように頼りなく揺らぐ、極薄の光。

 その向こう側では、ミリアの放った地獄の業火が荒れ狂っている。

 なのに、こちら側には熱気一つ、風一つ伝わってこない。


「な......!」


 私は言葉を失った。

 ありえない。

 魔力障壁というのは、厚みがあればあるほど強固になるものだ。


 これほどのエネルギーを受け止めるなら、防壁用の岩盤のような厚みの魔力層が必要になるはずだ。

 しかし、フィオナが展開しているのは、紙一枚分にも満たない厚さの結界。


術式解体(ディスペル)、正常。......雑な火遊びだ」


 フィオナは片手を軽く掲げたまま、退屈そうに呟いた。


 私はその結界の表面を見て、戦慄した。

 違う。これはただの防御じゃない。


 炎が結界に触れた瞬間、その魔力の流れがほどかれ、無害な光へと変換されて大気中に霧散している。


 力で抑え込んでいるのではない。「(ことわり)を書き換えて」無効化しているのだ。


 異常な精度。

 これを維持するには、王城の魔導師たちが束になっても届かないほどの、神業のような魔力と技術が必要になる。人間業じゃない。


「う、嘘......なんで......」


 ミリアが腰を抜かしてへたり込む。

 増幅器が限界を迎えたのか、彼女の杖からパキン、と嫌な音がして煙が上がった。


 炎が消える。

 フィオナが指を鳴らすと、結界は音もなく消失した。


 中庭には、焼け焦げた地面と、絶望に顔を歪めたミリアたち、そして無傷の私たちだけが残された。


 フィオナは、怯えるミリアには目もくれず、踵を返した。

 そして、私の前で立ち止まる。


「怪我は」

「......ない、けど」

「ならいい。帰るぞ」


 彼女は何事もなかったかのように歩き出した。

 ミリアたちへの説教も、報復もしない。

 それが逆に、彼女たちにとって最大の恐怖だったようだ。自分たちが全力を出しても、相手の視界にすら入れなかったという事実が、心をへし折っていた。


 私は震える足で立ち上がり、姉の背中を追った。

 ......怖い。

 さっきの魔法技術は、学生レベルを逸脱している。

 こんな化け物が、私の家にいるのか。


 ふと、振り返ると、ミリアが自分の杖を呆然と見つめていた。

 遠目だが杖の周りの魔力が、妙な色によどんでいるのが見えた。

 まるで錆に侵された歯車のように、不規則な揺らぎを発している。


(......自業自得か)


 無理な出力で回路が焼き切れたのだろう。

 私はそう判断し、すぐに興味を失った。


 それよりも問題は、この完璧すぎる姉との距離感だ。


 私の「守られたくない」という意思は、彼女の圧倒的な実力行使によって、跡形もなく踏み潰されてしまったのだから。

お読みいただきありがとうございます。


薄皮一枚の結界。 それは防御ではなく、物理法則の書き換えでした。 フィオナの「格の違い」を見せつけられ、セレナのプライドは粉々です。


しかし、問題はここからです。 普通ならミリアは退学、フィオナは英雄のはずですが……この学園はそんなに甘くありませんでした。


次回、第7話「穏便な処理」


腐りきった教師の裁定に、気分が悪くなるかもしれません。 でも、これが学園の現実です。 お楽しみに!

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