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魔力ゼロの技術屋、学園の裏支配者になる  作者: 八坂 葵


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第5話 破られた均衡

 悪い予感というものは、最悪のタイミングで現実化する。


 前日の「守られたくない」という私の宣言は、ある意味で死亡フラグだったのかもしれない。


 ◇◆◇


 放課後の旧校舎裏。

 一般生徒が立ち寄らないこの場所は、私の隠れ家であり、同時にカースト上位者たちが「ストレス解消」を行うための指定区域でもあった。


「ねえ、聞いてるの? 黙ってないでなんとか言いなさいよ」


 甲高い声が反響する。

 ミリアだ。今日の彼女は機嫌が悪い。小テストの結果が悪かったのか、あるいは狙っている男子との進展が芳しくないのか。

 いずれにせよ、その捌け口に選ばれたのが私だ。


 私は壁に背中を預け、視線を足元に落としていた。

 私の手から叩き落とされた魔導端末が、無惨な姿で転がっている。

 内部の魔力回路がショートして、焦げ臭い煙を上げていた。


「......修理費、三千リル」


 私が小さく呟くと、ミリアは嘲笑った。


「はあ? 何そのゴミみたいな金額。あんたの価値とお似合いね」


「ゴミじゃない。......まだ、動く」


 私は屈んで端末を拾おうとした。

 その指先を、熱線が掠める。

 ミリアの取り巻きの一人が、杖を向けていた。


「そんなもの触んないでよ。汚らわしい」


「きゃはは! 魔力無しが必死になっちゃって」


 初歩的な火属性魔法。威力は低いが、人体に当たればさすがに火傷くらいはする。

 私は即座に手を引っ込めた。

 

 我慢だ。

 私は脳内で呪文のように繰り返す。


 ここで反撃しても勝てない。彼女たちは複数、私は一人。しかも私は魔法が使えない。教師に訴えても「ふざけていただけ」で処理されるのがオチだ。


 ならば、嵐が過ぎ去るのを待つのが正解。端末は直せる。私の心さえ壊れなければ、これは単なる物理的な損害に過ぎない。


 そう、自分に言い聞かせた。

 だが......


「あんたの姉さん、フィオナ様だっけ? あの方も可哀想よねえ」


 ミリアがニタニタと笑いながら、私を見下ろす。


「こんな出来損ないが妹だなんて、王都のエリート校での経歴に傷がつくわ。ねえ、いっそ退学したら? それが家族愛ってものじゃない?」


 その言葉が、私の心の奥を刺激した。

 自分のことを言われるのは慣れている。だが、フィオナを引き合いに出されるのは、なぜか腹の底が冷えるほど不快だった。


「......アイツは関係ない」


「関係大ありでしょ。同じ血が流れてるとは思えないけど、事実は消えないもの」


 ミリアが杖を振り上げる。

 先端に、さっきよりも大きな火球が灯る。

 脅しか? いや、今日の彼女の瞳孔は開いている。やる気だ。

 私は身を固くした。回避は間に合わない。


 その時。


 ――ザリッ。


 砂利を踏む音が、不自然なほど大きく響いた。

 校舎の角から、人影が現れる。

 逆光を背負ったその姿を認めた瞬間、私の心臓が早鐘を打った。


 フィオナだ。

 帰宅しようとしていたのか、鞄を手に持っている。

 彼女は無表情で、この惨状――壊れた魔導端末、怯える私、魔法を振りかざすミリアたち――を一瞥した。


「......っ!」


 私は反射的に首を振った。

 来るな。


 昨日の今日だ。私は「守られたくない」と言った。彼女は「領域には立ち入らない」と約束した。


 ここで出てこられたら、私の言葉は全部嘘になる。私のプライドも、覚悟も、全部茶番になってしまう。


(構うな。行け。無視しろ!)


 私は視線で必死に訴えた。

 フィオナと目が合う。

 彼女は私の拒絶の意思を正確に読み取ったようだった。

 一瞬、その足が止まる。


 よし、それでいい。

 通り過ぎてくれれば、あとは私が火傷を負うだけで終わる。それで清算は完了するんだ。


 だが。

 フィオナは、小さくため息をついた。

 それは、愚かな妹の強がりを切り捨てるような、冷たくて重い吐息だった。


「――馬鹿が」


 彼女は呟くと、躊躇いなく歩き出した。

 私を通り過ぎるのではない。

 真っ直ぐに、ミリアたちの方へ向かって。


「え、あ、フィオナ......様?」


 ミリアが慌てて杖を下ろそうとする。

 しかし、遅かった。


 フィオナの周囲の空気が、キン! と凍りついたように、何者の動きも許さない感触をまとう。


 魔力による威圧。

 止まったかと思った空気は次第に震え出し、周囲の小石もカタカタと動き出す。

 彼女は一言も発さず、ただ圧倒的な「暴力的静寂」を(まと)って、いじめの現場へと踏み込んだ。


 約束破りだ。

 契約違反だ。


 私の頭でそのふたつの言葉が繰り返される中、フィオナは私の前に立った。

 その背中は、昨日見た時よりも遥かに大きく、そしてどうしようもなく頼もしく見えてしまった。


 最悪だ。

 これで均衡は崩れた。

 もう、元の「空気」には戻れない。

お読みいただきありがとうございます。


「領域には立ち入らない」 そう約束したはずの姉が、ついに境界線を踏み越えました。

妹のちっぽけなプライドよりも、姉としての本能が勝った瞬間。 「馬鹿が」という言葉には、彼女なりの不器用な感情が詰まっています。

さて、相手のミリアもただでは引き下がらないようですが……相手が悪すぎました。


次回、第6話「薄皮一枚の結界」


格の違いというものを、教育します。 お楽しみに!



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