第39話 模範的な演劇
完璧な嘘とは、真実の中に一滴の「失敗」を混ぜることだ。
あまりに清廉潔白すぎれば、かえって怪しまれる。
だから私たちは、監査官ギルバートのために、涙ぐましい「更生の物語」を演じて見せる必要があった。
◇◆◇
最終査察の日。
実技演習場には、張り詰めた空気が漂っていた。
ギルバートが腕を組み、生徒たちの魔法を見定めている。
焼却炉という「膿」を出した後、生徒たちがどれだけ健全な状態に戻ったかを確認するためだ。
「......次。ミリア嬢」
指名されたミリアが前に進み出る。
彼女の右手首には、私が調整した義手型の魔導回路が装着されているが、今日はあえて包帯を外し、痛々しい傷跡を晒していた。
傷はメイク上手の姉作だ。
「始めます」
ミリアが杖を振る。
放たれた火球は、以前のような轟音を伴う砲撃ではなかった。
ボッと小さく燃え上がり、的の手前で消える、未熟で不安定な魔法。
「......くっ、申し訳ありません。まだ、感覚が戻らなくて......」
ミリアが悔しそうに唇を噛む。
演技だ。
彼女は今、私の作った出力制限装置を最大にして、わざと「必死にリハビリ中の元天才」を演じている。
本来なら、あの的ごと壁を吹き飛ばせる出力を、指先一つで制御しながら。
ギルバートの表情が緩んだ。
「......良い。以前のような異常な魔力は見られない」
彼はミリアの姿に、自分の求めていた「挫折と更生」の物語を重ねたのだ。
これこそが教育のあるべき姿だ、とでも言いたげに。
「次、下級生のグループ」
続いて、私の顧客である生徒たちが魔法を披露する。
彼らもまた、指輪やブレスレットに仕込んだ「抑制石」を作動させ、額に汗を浮かべながら、拙い魔法を放ってみせた。
時折、失敗して尻餅をついたり、杖を落としたりする演出付きで。
「......ふむ。泥臭いが、これが本来の実力か」
ギルバートが手帳に何かを書き込む。
合格だ。
彼は「完璧な優等生」よりも「欠点だらけだが真面目な生徒」の方を信じる。
その真面目さが、全て私の脚本通りだとも知らずに。
私は観客席の隅で、遠見の水晶板越しに指示を出していた。
『よし、全員合格ラインよ。最後はフィオナ、あんたが締めて』
イヤリング型の通信機から、フィオナのため息が聞こえた気がした。
彼女が優雅に歩み出る。
その杖には、あえて何の細工もしていない。
彼女だけは「本物」を見せつける必要があるからだ。
「――氷結」
一言。
演習場全体がダイヤモンドダストに包まれ、全ての的が一瞬で氷像へと変わった。
圧倒的な実力。けれど、そこには以前のような「不自然な魔力上昇」はない。
純粋な才能の輝き。
「......見事だ」
ギルバートが初めて素直に称賛した。
これで証明された。
この学園には、努力する凡人と、一人の真正な天才しかいない、と。
全校生徒による一世一代の大芝居。 完璧な「弱者の演技」は、堅物の監査官すらも欺きました。
次回、第40話「去り際の種明かし」
嵐は去りました。しかし、去り際の彼が残した言葉は、セレナの背筋を凍らせます。




