第38話 偽りの心臓
優秀な捜査官ほど、自分の直感を過信する。
「違和感のある場所には必ず何かがある」という経験則。
それは正しい。だが、その違和感自体が、誘導されたものである可能性を彼らは忘れがちだ。
◇◆◇
査察二日目。
ギルバートは、手に持った「探知の杖」が指し示す方向へと歩を進めていた。
彼の背後には、青ざめた顔の学年主任と、不安そうな教師たちが付き従っている。
「......やはり、この辺りの魔力濃度が異常に高い」
ギルバートが立ち止まったのは、学園の裏手にある鬱蒼とした森の中。
その奥に、蔦に覆われたレンガ造りの建物があった。
旧焼却炉だ。
「ここは?」
「は、はい。十年前に廃止された施設でして、現在は立ち入り禁止に......」
「立ち入り禁止、か。隠蔽には都合の良い言葉だ」
ギルバートは冷笑し、杖を一振りして錆びた扉を吹き飛ばした。
ドォン!
中から、むっとするような熱気と、紫色の光が漏れ出す。
「ビンゴだ」
彼が踏み込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
中央の炉には、無数の魔石が無造作に放り込まれ、暴走寸前の状態で脈打っている。
周囲の壁には、稚拙な魔法陣が描かれ、床には失敗した魔導具の残骸が散乱していた。
いかにも、「力に溺れた学生が、隠れて実験をしていました」という風情の場所。
「......なんと嘆かわしい」
ギルバートは炉の前にある、一冊のノートを拾い上げた。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
『もっと力が欲しい』『成績を上げるために』『先生を見返してやる』
「学園の歪みが産んだ、悲しき暴走か」
彼は納得したように頷いた。
この場所こそが、学園の魔力消費量を跳ね上げている原因であり、生徒たちの成績向上の裏にある「ドーピング施設」だと断定したのだ。
「直ちにこの炉を封印し、痕跡を調査せよ! 関わった生徒を特定し、処分するのだ!」
ギルバートが教師たちに指示を飛ばす。
教師たちは「はいっ!」と慌てて動き出す。
彼らにとっても、自分たちの管理責任ではなく「一部の生徒の暴走」というシナリオは都合が良かった。
◇◆◇
その様子を、遠く離れた時計塔の水晶板で見ながら、私はポップコーンを口に放り込んだ。
「......チョロい」
あの焼却炉は、私が昨晩、生徒会が集めた「質の悪いジャンク品」と「余った魔石」を詰め込んで急造したセットだ。
ノートの文字は、アルヴィスに左手で書かせた。
魔力反応は派手だが、実態はただのキャンプファイヤーに過ぎない。
「これで、彼は『本星』を落とした気になった」
フィオナが感心したように呟く。
「学園全体の魔力異常は、あの焼却炉の暴走のせい。生徒たちの成績向上は、あそこで作られた粗悪な護符のせい。......そう結論づければ、個々の生徒への追及は緩む」
「そういうこと。トカゲの尻尾切りならぬ、トカゲの模型切りね」
ギルバートはあの焼却炉を破壊し、満足して帰るだろう。
そして報告書にはこう書くはずだ。
『一部の不心得者による違法実験を発見、鎮圧した』と。
だが、彼は知らない。
彼が壊したのは、私が用意した「囮の心臓」に過ぎないことを。
本物の心臓は、今もこの時計塔で静かに鼓動を刻み、学園中にあまねく「恩恵」を送り続けていることを。
「......でも、油断はできないわ」
私は水晶板の映像を切り替える。
ギルバートはまだ学園にいる。彼が帰るその瞬間まで、私の作った「完璧な偽装」を演じきらなければならない。
さあ、最後の仕上げだ。
この学園がどれだけ「清く正しく」更生したか、感動的なフィナーレを見せてあげようじゃない。
「違和感がある場所には何かがある」 その鋭い直感を利用され、監査官は見事に囮の心臓を破壊して満足しました。
次回、第39話「模範的な演劇」
囮作戦は成功しましたが、まだ終わりではありません。 監査官を完全に欺くため、生徒たちはセレナ監督のもと一流の役者になり切ります
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