第37話 眠れぬ夜の改修
恐怖は、最高の統率力だ。
監査官ギルバートが放った『白の静寂』は、生徒たちの心に植え付けられていた「万能感」を一瞬でへし折り、代わりに「破滅への恐怖」を植え付けた。
彼らは理解したのだ。自分たちが身につけている便利な道具が、一皮剥けば退学理由にしかならない「禁制品」であることを。
◇◆◇
深夜の時計塔。
普段なら静まり返っているはずの螺旋階段に、長蛇の列ができていた。
昼間の全校集会で脅された生徒たちが、藁にもすがる思いで私の工房に押し寄せているのだ。
「し、シルヴァーノ妹! どうにかしてくれ!」
「あの監査官の結界の中で、指輪が動かなくなったんだ! これじゃ次の検査でバレる!」
彼らは顔面蒼白で、自分のアクセサリーを差し出す。
私は作業机で、流れ作業のようにそれらを受け取り、素早く分解していく。
「騒がないで。想定の範囲内よ」
私はピンセットで、指輪の内部にある極小の魔石を取り出した。
ギルバートの『白の静寂』は、魔力の波長を強制的にフラットにする結界だ。それに抵抗するには、波長をずらすための「防波堤」が必要になる。
「......これを入れる」
私が組み込んだのは、鉛と水銀を混ぜた特殊合金の破片だ。
これを回路の接点に噛ませることで、外部からの干渉波を熱エネルギーに変換して逃がすことができる。
いわば、魔導具に「耳栓」をするようなものだ。
「はい、次。......これはブレスレットね。構造が単純だから、少し重くなるけど耐えて」
「あ、ああ......ありがとう......」
「礼はいいわ。その代わり、もし聞かれたら『これはお守りです』とシラを切り通すこと。いい?」
カチリ、カチリと金属音が響き続ける。
ミリアも手伝っていた。彼女は片手で器用に生徒たちを整列させ、余計な私語を封じている。
「静かにしなさい。先生たちに見つかったら、全員一蓮托生よ」
彼女の義手も、既に私が調整を済ませてある。
ギルバートの前ではただの精巧な義手として振る舞い、いざという時だけ魔力を通す「偽装スイッチ」を追加したのだ。
朝が来る頃には、主要な顧客たちの改修は完了していた。
私は徹夜明けの重い体を椅子に沈め、冷めたコーヒーを煽った。
「......ふぅ。これで、とりあえずの所持品検査は誤魔化せる」
窓の外、白々と明ける空を見上げる。
だが、これで終わりではない。
ギルバートは「魔力消費量の異常」に気づいている。個々の道具を隠しても、学園全体が消費している巨大なエネルギーの総量は隠せない。
「フィオナ」
ソファで仮眠をとっていた姉に声をかける。
「監査官は、必ず『エネルギー源』を探しに来る。この時計塔の地下にある動力炉も、いずれ見つかるわ」
「......どうする? ここを閉鎖するか?」
フィオナが寝癖のついた髪を直しながら問う。
「まさか。逃げたら負けよ」
私は地図盤の模型を指で弾いた。
そこには、時計塔とは別の場所――今は使われていない「旧焼却炉」が示されていた。
「彼が探しているのは『悪の根源』でしょ? なら、あつらえ向きの『偽物』を用意してあげればいい」
私はニヤリと笑った。
一流の詐欺師は、嘘をつくのではない。
相手が信じたがっている真実を、目の前に置いてやるのだ。
深夜のアップデートにより、個別の道具は対策完了。 しかし、監査官が探している「巨大な魔力源」までは隠しきれません。
次回、第38話「偽りの心臓」
一流の詐欺師が用意した『悪の根源』
果たして王都一流の監査官の目を欺くことが出来るのか?




