第36話 白き監査官
楽園には蛇が付き物だと言うが、現実の蛇はリンゴを勧めたりしない。
法律書と定規を持って現れ、楽園の寸法のズレを冷徹に指摘するのだ。
◇◆◇
その男が学園に現れたのは、雨の降る午後だった。
校門をくぐる一台の高級馬車。
降りてきたのは、真っ白な法衣に身を包んだ、神経質そうな長身の男だ。
胸元には、王立魔法院・監査局の紋章。
時計塔の水晶板でそれを見ていた私は、眉をひそめた。
「......来たわね」
「誰だ?」
隣にいたフィオナが問う。
「『白き断罪者』。監査官のギルバートよ。......王都でも有名な堅物で、魔導具嫌いの原理主義者」
私の情報網には、既に彼の悪名が届いていた。
彼はこれまでに、不正を行っていた地方の魔術学校を三つも廃校に追い込んでいる。
理由は決まって「純粋な魔道の探求を汚す行為があった」から。
◇◆◇
翌日、全校集会が開かれた。
講堂の壇上に立ったギルバートは、生徒たちを見回し、マイクも使わずに朗々と言い放った。
「諸君。私はこの学園の『異常』を調査しに来た」
ざわめきが走る。
「昨年度と比較し、成績の平均値が不自然に向上している。魔力消費量も桁違いだ。......これは、何らかの組織的な不正、あるいは禁忌の儀式が行われている証左である」
鋭い。
彼は数字の裏にある違和感を正確に嗅ぎ取っている。
「よって、本日より一週間、徹底的な査察を行う。全ての生徒の持ち物、全ての施設の設備を検査する。もし不正が見つかれば......」
彼は氷のような目で、教師席に座る学年主任を一瞥した。
「関係者の処分はもちろん、本校の認可取り消しも視野に入れる」
教師たちが震え上がる。
生徒たちが不安げに顔を見合わせる。
彼らの視線が、無意識に手元の「アクセサリー」に向かうのを、ギルバートは見逃さなかった。
「......ふむ。まずはその腕輪や指輪から調べさせてもらおうか」
ギルバートが最前列の生徒を指差す。
まずい。
偽装回路は完璧だが、あそこまで高位の術者に直接解析されれば、ボロが出る可能性がある。
その時。
フィオナが立ち上がった。
「監査官殿......いきなり生徒を疑うのは、礼を失しているのでは?」
「ほう。君は?」
「生徒代表、フィオナ・シルヴァーノです」
彼女は凛としてギルバートと対峙する。
「我々の成績向上は、日々の鍛錬の成果です。それを不正呼ばわりするのは、学生の努力への冒涜です」
「努力、か......美しい言葉だ。だが、私は結果しか信じない」
ギルバートは杖を取り出し、フィオナに向けた。
「ならば証明してみたまえ。君が『本物』であるなら、私の妨害の中でも魔法を使えるはずだ」
瞬間、講堂全体が白い光に包まれた。
ギルバートが展開した広域結界『白の静寂』。
範囲内の魔導具を強制的に機能停止させる、監査局ご用達のスペルだ。
生徒たちのアクセサリーから光が消える。
ミリアの義手が重くなり、動かなくなる。
だが。
フィオナの杖だけは、白銀の輝きを失わなかった。
私が施した「多重絶縁回路」と「内部循環システム」が、外部からの干渉を完全にシャットアウトしているからだ。
「......証明すれば、納得していただけますか?」
フィオナが杖を振る。
暴風が巻き起こり、ギルバートの法衣を激しく煽った。
結界の中で放たれた、純然たる魔法。
ギルバートの目が細められた。
驚きではない。
獲物を見つけた狩人の目だ。
「......面白い。どうやらこの学園には、私の想像以上に深い『闇』が巣食っているようだ」
彼は杖を収め、ニヤリと笑った。
「いいだろう。一週間の猶予をやる。その間に、私の目を欺き通せるものならやってみるがいい」
宣戦布告。
ギルバートは踵を返して講堂を出て行った。
私は柱の陰で、冷や汗を拭った。
強い。
あの男は、ただの堅物じゃない。技術の匂いを嗅ぎ分け、それを狩ることを楽しんでいる。
最強の矛、監査官と最強の盾、私の技術。
学園の存亡をかけた、化かし合いの幕が開いた。
監査官が放った結界により、魔導具は沈黙。 便利な道具は一転して、退学への証拠品へと変わってしまいました。
次回、第37話「眠れぬ夜の改修」
監査官の圧に怯えるひな鳥たちが、深夜の時計塔に大集合。
みんな、たまには真面目にやれよと思うのは私だけ?(笑)




