第33話 人工の魔女
奇跡には対価が必要だ。
童話に出てくる魔法使いは、杖を振るだけでカボチャを馬車に変えるが、現実のエンジニアは、馬車を作るために鉄を打ち、油にまみれ、時には被験者の悲鳴を聞かねばならない。
時計塔の最上階。私の工房には、その悲鳴が響いていた。
◇◆◇
「ぐっ......あ、がぁぁぁっ!」
ミリアが床に転がり、右手首を押さえて悶絶している。
彼女の腕に装着された「外付け回路」が、赤熱した鉄のように輝き、強制的に魔力を血管へと送り込んでいるのだ。
本来の神経とは異なるルートで魔力を流す激痛。それは、焼けた針を血管に通されるようなものだ。
「深呼吸して。痛いのは、あんたの体がまだ『新しい道』に馴染んでないからよ」
私は冷めた紅茶を啜りながら、計器の針をチェックする。
「拒絶反応は想定内......諦めるなら今よ?」
「......誰が、諦めるもんですか......!」
ミリアは脂汗にまみれた顔を上げ、歯を剥き出しにして笑った。
いい表情だ。
かつての彼女は、親の権威を笠に着ただけの空っぽな人形容れ物だった。だが、全てを失って泥を啜った今の彼女には、本物の執念が宿っている。
「出力安定......いけるわね」
私はレバーを倒した。
装置の輝きが青色に変わり、痛みが引いていく。代わりに、圧倒的な力が彼女の右手に集束していく。
◇◆◇
翌日の実技演習。
教官は、ミリアを見るなり鼻で笑った。
「ミリア嬢、まだ懲りずに授業に出ているのかね? 見学なら後ろで......」
「いえ、参加します」
ミリアは前に進み出る。
その右手首には、包帯が巻かれていた。私の装置を隠すためだ。
「対戦相手をお願いします。......できれば、一番強い人を」
「生意気な......おい、誰か彼女の目を覚まさせてやれ」
指名されたのは、クラスでも指折りの実力を持つ男子生徒だった。彼はニヤニヤしながら杖を構える。
「手加減してやるよ、元お嬢様」
「必要ないわ......死なないように気をつけて」
開始の合図。
男子生徒が高速で火球を放つ。
ミリアは動かない。杖すら構えない。
ただ、右手を前に突き出した。
カチリ。
包帯の下で、金属音が鳴る。
瞬間、彼女の掌の前に、幾何学模様の魔法陣が展開された。
それは通常の手書きのような歪な円ではなく、定規で引いたように完璧で、無機質な正円だった。
「――排撃」
ドォン!!
爆音。
火球はミリアに届く前に「何か」に見えない壁に衝突し、霧散した。
いや、防御だけではない。その壁そのものが、砲弾のように前へ射出されたのだ。
圧縮された空気の塊が、男子生徒を直撃する。
彼は悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされ、演習場の壁にめり込んだ。
「......は?」
教官の口が開きっぱなしになる。
静まり返る演習場の中で、ミリアだけが自分の手を見つめ、恍惚とした表情を浮かべていた。
「すごい......。これが、私の力......」
違う。それは私の技術だ。
彼女の壊れた回路をバイパスし、無駄なく増幅して放出しただけの物理現象。
だが、周囲にはそれが「才能の開花」に見える。
「......先生」
ミリアが教官を見据える。その瞳は、人工的な魔力の光で妖しく輝いていた。
「私の評価は? これでもまだ、見学が必要ですか?」
教官は震えながら首を振った。
恐怖だ。
理解できない力に対する、根源的な恐怖。
私は時計塔の窓から、遠見の水晶板を通じてその様子を眺めていた。
人工の魔女の誕生だ。
彼女はこれから、学園の常識を破壊する台風の目になる。そして私は、その進路を裏で操る気象予報士だ。
激痛を乗り越え、ミリアは「人工の魔女」として覚醒しました。 その圧倒的な暴力は、周囲の見る目を一変させます。
次回、第34話「禁断の果実」
「努力せずに勝ちたい」 そんな甘い毒のような欲望が、学園中を侵食し始めます。




