第31話 幽霊部員の城
悪の組織にも、正義の味方にも、必ず必要なものがある。
それは「隠れ家」だ。
これまでは廃材置場の陰でコソコソと作業していたが、学園を裏から掌握するには、もっと広大で、かつ誰にも干渉されない「工房」が必要だ。
◇◆◇
放課後、生徒会室。
会長のアルヴィスは、私が提出した羊皮紙の申請書を見て、こめかみを押さえた。
「......『古魔導具・修復保存会』の新設申請?」
「はい。部室は旧校舎の最上階、あの開かずの時計塔を希望します」
私は平然と答える。
「部員は私一人。活動内容は『歴史的価値のある廃棄魔導具の保護と研究』。......どうです? 学園のゴミ問題も解決できて一石二鳥でしょう?」
「お前の目的はゴミ処理じゃないだろう。......あそこを私物化する気か」
アルヴィスは鋭い。
あの時計塔は、数十年前に止まって以来、誰も立ち入らない。
だが、あそこにはかつての大時計を動かしていた巨大な歯車機構と、太い地脈が生きている。私の大型魔導具を動かすには最高の動力源だ。
「人聞きが悪いですね。私はただ、静かに研究がしたいだけです。......それに、先日お渡しした『裏帳簿の写し』、まだ他にも面白いページがあるんですよ? 例えば、生徒会費の使途不明金とか......」
「わかった! わかったから!」
アルヴィスが慌てて認印を押す。
彼にも少しばかり、清廉潔白とは言えない経費の使い込み、主におやつ代だが......があったのだ。弱みを握っている強みだ。
「許可する。ただし、表向きは大人しくしてろよ。......それと、俺の壊れた魔導端末の修理も頼む」
「毎度ありー」
◇◆◇
その日のうちに、私は時計塔へと引っ越した。
埃まみれの部屋だったが、掃除はフィオナに手伝わせた。
彼女は文句を言いながらも、風魔法で積もった塵を吹き飛ばし、水魔法で床を磨き上げてくれた。便利すぎる。
「......ここが、お前の城か」
掃除が終わり、私が持ち込んだ機材を展開すると、部屋の様相は一変した。
天井からは、大小様々な遠見の水晶板が吊り下げられている。
それぞれの水晶には、私が校内各所に仕掛けた「集光石」からの景色が、ぼんやりと、しかし確実に映し出されていた。
部屋の中央には、巨大な木製の地図盤が置かれている。
そこには学園の精巧な模型が作られており、地下を流れる魔力の奔流が、ガラス管の中を流れる発光液によって可視化されていた。
歯車がカチコチと音を立てて回り、レンズが自動で焦点を合わせる。
フィオナが呆れたようにその光景を見渡す。
油と真鍮と、魔力に満ちた、魔女の隠れ家。
「時計塔というより、変人の発明工房だな」
「技術開発室、と言ってよ。ここなら、あんたの杖の調整も、学園の観察も、誰にも邪魔されずにできる」
私は重厚な革張りの椅子に深々と座り、手元の制御卓にある真鍮のレバーを操作した。
ガシャリ、と歯車が噛み合い、天井の一枚の水晶板が降りてくる。
映っているのは、職員室だ。
学年主任が、何やら通信機に向かって怒鳴り散らしている様子が、無音の映像として浮かび上がる。
「音は?」
「こっち」
私が卓上の「集音ラッパ」のバルブを開くと、管を通ってくぐもった声が響いた。
『どうなっている! ミリア嬢の退学取り消しだと!? しかし......』
おや。
どうやら、次の火種が生まれているらしい。
ミリア。
かつてフィオナに怪我をさせようとして増幅器を暴走させ、その反動で魔力を失った元いじめっ子だ。
彼女の実家が、学園に対して無理難題を押し付けているようだ。
「......ねえ、フィオナ」
「なんだ」
「暇つぶしに、人助けなんて興味ある?」
私がニヤリと笑うと、フィオナは嫌そうな顔をした。
「お前の言う『人助け』は、大抵ろくでもないことになる」
「失礼ね。今回は『再起不能の令嬢』を救う、感動的な物語よ。......もちろん、ついでに学園の腐った利権構造をもう一つ、この手でへし折ってやるけど」
私は作業台の上の、書きかけの設計図を指で弾いた。
そこには、魔力を失った者が使うための「義肢」ならぬ「義魔導回路」の構想が描かれている。
私の城が手に入った。
これで本格的に動ける。
魔力を失った人間に、道具の力でもう一度魔法を使わせる技術。
それは、魔力至上主義のこの世界において、革命に等しい。
それを成し遂げた時、この学園の「魔力こそ全て」という価値観は、音を立てて崩れ去る。
「......詳しく聞かせろ」
フィオナが椅子を引き寄せ、私の隣に座る。
水晶の淡い光に照らされた、共犯者たちの作戦会議の始まりだ。
時計塔をのっとり、監視システムを構築。魔女の城が完成しました。
次回、第32話「壊れた人形の価値」
魔力を失い、孤立するミリア。 セレナが彼女に渡したのは、「悪魔の契約書」でした。




