第30話 黒い帳簿
権力を振りかざす人間が最も恐れるものは、暴力ではない。
「失脚」だ。
彼らが積み上げてきた地位、名誉、そして裏で肥やしてきた私腹。それらが白日の下に晒されることこそが、彼らにとっての死刑宣告となる。
そして私は、その死刑執行書の書き方をよく知っている。
◇◆◇
翌日の放課後、理事長室。
重厚なオーク材の扉の向こうで、フィオナへの査問会が開かれていた。
呼び出されたのはフィオナ一人。だが、この部屋の会話は、私が仕掛けた盗聴器を通じて全て筒抜けだ。
『――シルヴァーノ嬢。昨夜の件だが、君の杖から未認可の改造痕跡が見つかった』
学年主任の声だ。
彼は昨夜の屈辱を晴らすため、早速でっち上げの証拠を用意したらしい。
『あの光の演出は、違法な魔導回路によるものだ。これは重大な校則違反であり、君の退学処分を検討するには十分な理由となる』
机を叩く音。脅しの常套手段だ。
通常なら、生徒はここで泣いて許しを乞うか、無実を訴えてもみ消される。
だが、フィオナの声は落ち着いていた。
『......証拠はあるのですか?』
『証拠? 私がそう判断したことが証拠だ! 君のような危険分子を野放しにはできん!』
理屈もへったくれもない。
彼はフィオナを排除できれば何でもいいのだ。
私は旧校舎裏の隠れ家で、受信機を片手にコーヒーを啜った。
頃合いだ。
あんたたちが「権限」というカードを切るなら、私は「情報」というジョーカーを切る。
「......送信」
私が手元の端末を操作した瞬間。
理事長室にある魔導通信機が、突然けたたましい受信音を鳴らした。
『な、なんだ!? 緊急連絡か?』
理事長が慌てて受信した羊皮紙を取り上げる。
次の瞬間、彼の息が止まる音が聞こえた。
『こ、これは……!?』
『どうされました理事長?』
『……ば、馬鹿な! なぜこの記録が……!』
学年主任が紙を覗き込んだのだろう。彼の悲鳴も続いた。
『なっ......!? 「第三演習場改修工事・架空請求の裏帳簿」だと!?』
それだけじゃない。
ミリアの実家からの賄賂受け取りリスト。
フィオナを危険な任務に就かせるための裏工作のメール履歴。
そして、昨夜のパーティーでの罠の設計図。
私がこの数ヶ月、学園のネットワークに潜り込んで集めた「黒い記録」の全てを、そこに吐き出させたのだ。
『だ、誰だ! 誰がこんなものを!』
通信機が再び鳴る。
今度は、一枚の短いメッセージだ。
『――これらは原本のコピーです。もしシルヴァーノ嬢に不当な処分が下された場合、あるいは今後不利益な扱いを受けた場合、原本を王都の監査局と新聞社に一斉送信します』
署名はない。
あるのは、不気味なほどの「事実」だけ。
理事長室は沈黙に包まれた。
脂汗が床に落ちる音が聞こえそうなくらいの静寂。
彼らは理解したのだ。
自分たちの首元に、見えないナイフが突きつけられていることを。
そしてそのナイフの柄を握っているのが、この学園のどこかに潜む「何者か」であることを。
『......り、理事長』
学年主任の震える声。
『これは......何かの間違いで......』
『黙れ! ......もしこれが公になれば、我々は破滅だ!』
理事長は羊皮紙を握り潰した。
そして、押し殺した声で告げた。
『......今回の件は、不問とする。シルヴァーノ嬢、君は下がっていい』
『......よろしいのですか? 私は違法改造をした危険分子ですが』
フィオナの皮肉たっぷりの返し。
『ご、誤解だったようだ! 君の杖は正常だ! ......さっさと行け!』
◇◆◇
数分後。
校舎裏に現れたフィオナは、これ以上ないほど晴れやかな顔をしていた。
「......性格が悪いな、お前は」
「人聞きが悪い。私はただ、善良な告発者として正義を行っただけよ」
私は空になったコーヒーカップを置いた。
これで、教師たちはフィオナに手出しできなくなった。
下手に動けば、自分の破滅を招く。彼らはこれから、見えない監視者の影に怯えながら、フィオナのご機嫌を伺う飼い犬に成り下がる。
「でも、これでわかったでしょ?」
私はフィオナを見上げた。
「この学園の本当の支配者は、理事長でも先生たちでもない」
「......ああ」
フィオナは苦笑して、私の頭に手を置いた。
「情報を握る者が、王を殺す。......恐ろしい妹を持ったものだ」
私はその手を振り払わず、ニヤリと笑った。
さあ、次はどうする?
首輪をつけた先生たちを使って、もっと面白い授業でも始めてもらおうか。
学園支配のシナリオは、まだ第1章が終わったばかりだ。
理事長室に届く黒い帳簿の写し。権力者たちが顔面蒼白で沈黙します。
次回、第31話「幽霊部員の城」
ついにセレナの"秘密基地"が完成!フィオナ、使い倒されます(笑)




