第28話 見えない兵站線
戦いにおいて、剣や魔法よりも重要なものがある。
それは「補給」だ。
どれほど強力な魔導砲も、弾となる魔石がなければただの筒であり、どれほど偉大な魔法使いも、空腹と寒さには勝てない。
愚かな指揮官は前線の火力ばかりを気にするが、賢い支配者はまず輸送路を確保する。
そして、この学園の教師たちは、残念ながら前者だったようだ。
◇◆◇
放課後の特別教室。
フィオナが率いる「第一先遣隊」――という名目の、問題児と落ちこぼれの寄せ集め部隊――が集められていた。
教壇には学年主任が立ち、わざとらしい遺憾の意を表明していた。
「誠に残念だが、今月の部隊予算は削減された。よって、演習用の魔石、並びに杖の補修材の支給は停止する」
教室がざわめく。
魔石は魔法を使うための燃料だ。それがなければ、実技の練習すらできない。
「な、なんでですか! 先日の遠征で成果を出したはずじゃ......」
「予算の分配は理事会の決定だ。文句があるなら結果で示せ。......まあ、道具がなくては結果も出せまいがな」
学年主任は口角を歪めて笑った。
わかりやすい嫌がらせだ。
フィオナの実力を直接叩くことができないと悟り、手足を縛る「兵糧攻め」に切り替えたのだ。
生徒たちの視線が、頼みの綱であるフィオナに集まる。
だが、フィオナは動じなかった。
彼女は無言で私の方を一瞥した。ほんの一瞬、「想定通りか?」と問うような目配せ。
私は小さく頷いた。
想定通りも何も、その予算削減の申請書、事務室のゴミ箱から拾って読んだから知っている。
「......承知いたしました」
フィオナが静かに答える。
「物資がないなら、ないなりに工夫します」
「フン、精々頑張りたまえ。泥団子でも投げ合うか?」
学年主任は高笑いを残して教室を出て行った。
扉が閉まった瞬間、教室の空気が変わる。
絶望ではない。困惑だ。生徒たちはフィオナではなく、なぜか教室の隅にいる「私」を見ていた。
「......あの、シルヴァーノ妹さん」
一人の男子生徒がおずおずと手を挙げる。
「これ、困ったことになった演技をした方がいいんですか?」
「そうね。先生たちの自尊心を満たすために、一応悲壮な顔をしておいて」
私は鞄から一枚の羊皮紙を取り出し、黒板に貼り付けた。
そこには、正規の支給品リストよりも遥かに充実した、高品質な素材の在庫一覧が書かれていた。
「えー、業務連絡。生徒会予算の『予備費』及び、廃棄予定品の『再利用枠』を活用し、独自の補給路を確立しました。魔石は純度Aランク、補修材は王都の最新素材を用意してあります」
おおーっ、と歓声が上がる。
「ただし、受け取り場所は旧校舎裏の第三倉庫。合言葉は『先生には内緒』。......いい? これは公式には存在しない物資よ。見つかったら没収されるから、徹底的に隠蔽しなさい」
「了解です! 裏ルート最高!」
生徒たちが活気づく。
彼らは既に、学園の正規ルートが腐っていることを知っている。
そして、私が生徒会長のアルヴィスと結んだ「裏取引」によって、学園の物流が私の手のひらの上にあることも、薄々感づいている。
フィオナが呆れたようにため息をついた。
「......お前、いつの間にそこまで手回しを」
「先週の時点で。あいつらが予算会議してる間に、こっちは倉庫の鍵を複製して、帳簿の数字を『調整』しておいたの」
私はウィンクする。
「兵糧攻め? 笑わせるわ。あんたたちが蛇口を閉める前に、こっちは地面の下に新しい水道管を引いたのよ」
今の学園において、教師たちの権限は形骸化しつつある。
物資を握り、修理を請け負い、生徒たちの困り事を解決しているのは、職員室ではない。
この教室の隅にいる、魔力を持たない「陰」の支配者だ。
フィオナは黒板のリストを眺め、ふっと笑った。
「......泥団子ではなく、黄金の礫が投げられそうだな」
「でしょ? さあ、練習始めましょ。先生たちが腰を抜かすような、派手な魔法を見せてやって」
教師たちは知らない。
自分たちが干上がらせようとした畑が、地下水脈によってかつてないほど豊作になっていることを。
その勘違いが露呈した時、彼らの焦りがどう変わるか。
今から楽しみで仕方がない。
裏の補給路を開通させたセレナ。教師たちの兵糧攻めは完全に無力化されました。
次回、第29話「舞台裏の演出家」
パーティー会場での公開処刑。 しかしセレナの手にかかれば、罠すらも姉を引き立てる舞台装置に変わります。




