第26話 姉妹の理
「馬鹿かお前は! 逃げろ!」
フィオナが悲鳴に近い声で叫んだ。
魔力を持たない妹が、特級レベルの変異種の前に立っている。彼女にとって、それは悪夢以外の何物でもないだろう。
蜘蛛が私を敵と認識し、巨大な鎌のような前脚を振り上げる。
速い。風切音すら置き去りにする速度。
――だが、見えている。
私は腰のベルトから、ボールくらいの金属球を放り投げた。球体は空中で裂け、強烈な高周波音と閃光を撒き散らす。
『感覚攪乱手榴弾』。
視覚や聴覚ではなく、魔力を感知する器官を直接焼き切るための、対魔獣専用兵器だ。
キシャアアアアッ!
蜘蛛が悶絶し、攻撃の軌道が逸れる。
鎌が私の横数センチの地面を抉る。
私は動じない。計算通りだ。
「フィオナ! 魔法は撃つな! その甲殻は魔力を吸収して熱に変換する!」
「な、なぜそれを......」
「見ればわかる! あんたの氷が蒸発したのが証拠だ!」
私は叫びながら、トランクを展開する。
中から飛び出したのは、四機の自律浮遊型ビット。
それらが蜘蛛の周囲を取り囲み、青白いワイヤーを射出する。
ワイヤーは怪物の脚に絡みつき、地面に打ち込まれたアンカーと接続される。
「拘束完了。......いい? 姉さん」
私は振り返らずに言った。
「あんたの魔法は綺麗すぎる。教科書通りで、品行方正で、だから『対策』されやすい」
「......っ」
「汚い手を見せてやるよ。泥沼の喧嘩のやり方を!」
蜘蛛が暴れる。ワイヤーが軋み、千切れそうになる。
私は杭打ち機を構え、懐へと潜り込んだ。
狙うは甲殻の継ぎ目。人工的に埋め込まれた制御杭の隙間。
そこだけは、生体組織が剥き出しになっている。
「食らいな!」
引き金を引く。
火薬式の炸薬が爆発し、鋼鉄の杭が射出される。
ズドンッ!!
重い衝撃が腕に走る。
杭は柔らかな肉を貫き、怪物の体内深くへと突き刺さった。
だが、まだだ。これだけじゃ死なない。
「起動!」
私がスイッチを押すと、突き刺さった杭の先端から、超高圧の電流が流れた。
魔法による雷撃ではない。
蓄電器に溜め込んだ、純粋なエネルギーとしての電気だ。
魔力耐性など関係ない。神経系を直接焼き切る暴力的な熱量。
蜘蛛の巨体が痙攣し、断末魔を上げることもできずに白目を剥いた。
焼ける臭い。崩れ落ちる巨体。
地響きと共に、坑道の主は沈黙した。
静寂が戻る。
私は荒い息を吐きながら、杭打ち機を引き抜いた。
プシュウ、と排熱蒸気が上がり、私の顔にかかる。
「......ふぅ。整備しといてよかった」
私はゴーグルをずらし、額の汗を拭った。
そして、ゆっくりと振り返る。
そこには、腰を抜かしたまま立ち尽くすフィオナがいた。
彼女は、死んだ怪物と、私を交互に見ていた。
その瞳に映っているのは、もう「守るべき弱き妹」ではない。
理解不能で、異質で、そして圧倒的に頼もしい「捕食者」の姿だ。
「......セレナ、お前......それは......」
「ガラクタだよ」
私はトランクを閉じて、ニカっと笑ってみせた。
「あんたが嫌いな、小手先の細工。......でも、けっこう使えるでしょ?」
フィオナは言葉を失っていた。
その表情を見て、私は確信した。
勝った。
学園の悪意にも、そして姉の頑固なプライドにも。
今日この瞬間、姉妹の序列は完全にひっくり返ったのだ。
杭打ち機が唸り、怪物は沈黙。姉の常識もプライドも、物理暴力が粉砕しました。
次回、第27話「共犯者の契約」
多大な『実績』を引っ提げて、セレナはついにフィオナに正体を明かします。
「共犯者の契約」にフィオナは印を押すのか、それとも破り捨てるのか。




