第25話 最悪の脚本
三流の脚本家が書く悲劇には、共通点がある。
それは「必然性の欠如」だ。
登場人物を不幸にするためだけに用意された、取ってつけたような危機。
今、姉が直面している状況は、まさにその典型だった。
◇◆◇
坑道の最深部、ポイントD-4。
そこは、天井まで届くほどの巨大な空間だった。
腐った土の臭いと、濃密な魔力の澱みが立ち込めている。
「......下がれ!」
フィオナの叫び声が反響する。
彼女の前には、悪夢を具現化したような怪物が立ち塞がっていた。
全身が黒曜石のような甲殻で覆われた、六本足の巨獣。
『鉱毒蜘蛛』の変異種だ。だが、サイズがおかしい。通常の個体の五倍はある。
しかも、その背中には、人工的な「制御杭」が埋め込まれたまま、肉に取り込まれていた。
「魔法が......効かない!?」
部下の生徒が悲鳴を上げる。
フィオナが放った氷の矢が、蜘蛛の甲殻に触れた瞬間、ジュッという音と共に蒸発したのだ。
弾かれたのではない。「喰われた」のだ。
あの甲殻は、対魔術用のコーティングが施されている。魔法使いを殺すためだけに調整された、生きた兵器。
(......あいつら、最初からこれを)
フィオナは唇を噛み切りそうなほど強く結んだ。
これは演習ではない。処刑場だ。
自分のような生意気な生徒を始末し、ついでに「魔術耐性を持つ変異種」のデータを取るための実験場。
「全員、入り口まで走れ! 私が足止めする!」
「で、でも隊長!」
「行け! これは命令だ!」
フィオナは生徒たちを背に庇い、杖を構え直した。
魔法が効かないなら、質量で押し潰すしかない。
彼女は自身の魔力回路を限界まで開き、天井の鍾乳石に狙いを定めた。
崩落を起こして、怪物ごと自分を生き埋めにする気だ。
それしか、全滅を防ぐ手がない。
「......ごめん、セレナ」
彼女が小さく呟くのが聞こえた気がした。
その体から、眩いほどの魔力が噴き出す。自爆に近い、捨て身の過剰出力。
――させない。
その脚本は、私が書き換える。
ドォン!!
爆音が響いたのは、フィオナが魔法を放つ直前だった。
怪物の足元の岩盤が炸裂し、土煙が舞う。
不意を突かれた蜘蛛がバランスを崩し、不快な金切り声を上げた。
「……なっ!?」
フィオナが驚愕に目を見開く。
土煙の中から、影が一つ飛び出した。
重厚なトランクを背負い、片手には無骨な「杭打ち」を構えた、場違いな制服姿の少女。
「......脚本が雑すぎるよ、先生たち」
私はフィオナと怪物の間に着地し、ゴーグル越しにその醜い複眼を睨みつけた。
「シルヴァーノ......妹? なぜここに!?」
「荷物持ちだよ。......ちょっと重すぎて、手が滑っちゃった」
私は杭打ち機の排熱レバーを引き、ニヤリと笑った。
さあ、実験の時間だ。
魔法使い殺しの怪物が、魔法を使わないエンジニア相手にどこまで通用するか、試させてもらおうか。
魔法が効かない絶望的な捕食者。 姉が覚悟を決めたその瞬間、規格外の「妹」が戦場に降臨しました。
次回、第26話「姉妹の理」
魔法が効かないなら物理で殴ればいい。妹の蹂躙劇に、姉は言葉を失います。




