第24話 荒野のノイズ
北の旧鉱山地帯は、世界に見捨てられた墓場のような場所だった。
赤茶けた大地。枯れ果てた樹木。そして何より、大気中を飛び交う不快な「音」が、魔術師たちの神経を逆撫でする。
耳には聞こえない、魔力干渉の不協和音。
繊細な楽器を、砂嵐の中で演奏させるようなものだ。
「う、うぇ......気持ち悪い......」
バスから降りた瞬間、何人かの生徒が膝をついて嘔吐した。
”魔力酔い”だ。地脈が乱れた土地では、体内の魔力循環が狂わされ、三半規管をやられる。
だが、魔力を持たない私にとって、この場所はただ空気が乾燥しているだけの荒野だった。
「......皮肉なものね」
私は重いトランクを引きずりながら、ベースキャンプの設営準備に取り掛かる。
優秀な魔法使いほど、この環境は猛毒になる。
そして、最も優秀で繊細な術式を操る姉にとって、ここは地獄の釜の底だ。
◇◆◇
演習開始から二時間。
フィオナ率いる第一先遣隊は、峡谷の奥深くへと進んでいた。
私は後方支援部隊のテントの中で、こっそりと展開した『監視盤』を覗き込んでいた。
トランクから取り出した水晶モニターに、先遣隊の様子が映し出されている。事前にフィオナの靴底に仕込んでおいた発信機が、いい仕事をしている。
『――氷槍!』
モニター越しに、フィオナの声が聞こえる。
岩陰から飛び出した小型の魔獣に向かって、彼女が杖を振るう。
だが、生成された氷の槍は、いつもの鋭さを欠いていた。空中で軌道がブレて、魔獣の堅い皮膚に弾かれる。
「くっ......!」
フィオナが舌打ちをする。
彼女の魔法は”精密射撃”のようなものだ。コンマ数ミリの精度で魔力を編むからこそ、最小の力で最大の威力を発揮する。
だが、この磁場だらけの環境では、照準が勝手に狂わされる。
「きゃあぁ! 来ないで!」
「無理だ、魔法が当たらない!」
後ろにいる隊員たちは役に立たない。パニックに陥り、無駄に高出力の魔法を放って周囲の岩を砕いているだけだ。
フィオナは彼らを庇いながら、近接戦闘用の短剣を抜き、泥臭く魔獣を切り伏せていた。
息が上がっている。消耗が早すぎる。
「......やっぱり、こうなるか」
私はテントの入り口を確認し、誰の目もないことを確かめてから、トランクの底を開けた。
取り出したのは、無骨な鉄製のアンテナだ。
先端には、私が廃材置場で拾った”古の通信塔”の残骸が組み込んである。
「起動。周波数同調、対象エリア『先遣隊周辺』」
私がスイッチを入れると、アンテナが低い羽音のような音を立て始めた。
『磁場中和装置・広域型』
乱れた地脈の流れを整えるのではなく、さらに強力な「逆位相の波」をぶつけることで、局所的に無音の空間を作り出す装置だ。
モニターの中、フィオナがハッとして顔を上げた。彼女の周囲の空気が、ふっと澄んだのがわかったのだろう。
『......風が、止んだ?』
彼女は躊躇わず杖を構え直した。
次は外さない。
放たれた氷の礫は、吸い込まれるように魔獣の眉間を貫いた。
「よし」
私はガッツポーズをする。
だが、安堵したのも束の間だった。
モニターの隅に、通信用の魔導具を持つ教師の姿が映り込んだ。彼は地図を見ながら、フィオナに指示を出している。
『シルヴァーノ隊長、そのエリアの制圧を確認。続いて、ポイントD-4へ向かえ』
D-4?
私は手元の地図を確認し、血の気が引いた。
そこは古い坑道の入り口だ。
私のセンサーが、さっきから「巨大な生体反応」を感知して警告音を鳴らしている場所。
「......あいつら、わざと」
安全確保のための演習じゃない。
餌やりだ。
フィオナという最高級の餌を、坑道の奥に眠る「主」にぶつけて、どうなるかを見ようとしている。
私はアンテナを掴み、立ち上がった。
ここからじゃ遠すぎる。中和装置の効果範囲ギリギリだ。
それに、坑道の中に入られたら、電波も届かない。
「......アルヴィス会長!」
私はテントの外へ飛び出した。
見張りをしていた生徒会長が驚いて振り返る。
「おい、勝手に出るな! 危険だぞ!」
「トイレです! ......ちょっと遠くの岩陰まで行ってきます!」
私は制止を振り切り、重いトランクを背負って走り出した。
向かうは後方じゃない。前線だ。
待ってて、フィオナ。
あんたがその馬鹿正直な足で地雷原を踏み抜く前に、私が全速力でその地雷を回収してやる。
荒野の風が、私の頬を叩く。
その風の中に、獣の咆哮が混じり始めていた。
魔力の乱れる土地もセレナの道具の前では無力です。
しかしそれは姉をさらなる死地へと送り込むこととなってしまいました。
次回、第25話「最悪の脚本」
待ち受けていたのはフィオナにとって天敵ともいえる怪物。
絶望的な状況をひっくり返すのはフィオナか、それともセレナか?




