第20話 疑惑の解像度
犯罪者が現場に戻る心理については諸説あるが、技術者が現場に戻りたがる理由は一つしかない。
自分の仕事の結果を、より詳細に検証したいからだ。
だが、今回ばかりはその欲求を抑える必要がある。学園側が、血眼になって「犯人」を探し始めたからだ。
◇◆◇
翌日の放課後。
学園内は物々しい空気に包まれていた。
昨日の演習場は立ち入り禁止となり、王都から派遣された監査官――といっても、学年主任の息がかかった連中だろうが――が、瓦礫の山を調べている。
「……ありえない」
廊下の窓からその様子を見ていた生徒たちが囁き合う。
「ゴーレムの暴走制御装置が、何者かに改竄されていたらしいぜ」
「外部の犯行か? それともスパイ?」
当然の反応だ。
あの「過魔力バイパス」は、魔導工学の専門家が見れば一目でわかるほど、異質で、かつ合理的な配線だった。
魔法使いの発想ではない。泥臭い職人の手口だ。
だからこそ、彼らは混乱している。「誰が」やったのか、候補者リストの中に犯人がいないからだ。
私はあくびを噛み殺しながら、その場を通り過ぎようとした。
その時。
「――待て」
呼び止められた。
ドキリとしたが、声の主は教師ではない。
フィオナだ。
彼女は立ち入り禁止テープの向こう側から戻ってきたばかりのようで、制服の裾が少し汚れていた。手に何かを持っている。
「......何?」
「少し、付き合え」
拒否権のない口調。
私は無言で彼女の後についていく。
連れて行かれたのは、誰もいない第二視聴覚室だった。
フィオナは扉に鍵をかけると、ポケットから黒焦げになった金属片を取り出した。
昨日のゴーレムの核の破片だ。
「これを見ろ」
彼女が指差したのは、溶解した回路の隙間に残っていた、一本の細い銀線だった。
私が仕込んだバイパスの燃えカスだ。
「......ただのゴミじゃないの」
「違う。これは意図的な配線だ」
フィオナの目は、私を射抜くように鋭かった。
「この銀線は、コアの出力が臨界点を超えた瞬間にのみ通電し、魔力を外部へ逃がすように設計されている。非常に原始的で、美しくない処理だ。だが......」
彼女は言葉を区切り、悔しそうに唇を噛んだ。
「......機能的だ。この細工のおかげで、私は昨日の『事故』で無傷で済んだ」
へえ、と私は内心で感心した。
さすがは優等生。魔法バカかと思っていたが、現象の解析能力はずば抜けている。
彼女は気づいているのだ。昨日のあれが事故ではなく、誰かに守られた結果だということに。
「で? それを私に見せてどうしたいわけ?」
「お前は、ジャンク屋に出入りしているな」
心臓が跳ねた。
顔には出さない。私は無表情のまま首を傾げる。
「何のこと?」
「とぼけるな。先週、私の部屋のドアノブが修理されていた。ガタつきが直り、開閉音が消えていた。......業者は呼んでいない」
しまった。
夜中にトイレに行く時、あの音がうるさくて気になっていたから、つい手癖で直してしまったのだ。
私の生活改善のための行動が、まさか尻尾を掴むきっかけになるとは。
「お前がやったのか?」
フィオナが詰め寄る。
その瞳には、疑念と、そして僅かな期待のようなものが揺らめいていた。
もし私が「イエス」と言えば、彼女はどうするだろう。
感謝する? まさか。
「余計なことをするな」と怒るか、あるいは「危険だからやめろ」と止めるに決まっている。
それでは困る。まだ仕事は終わっていない。
だから私は、最高に馬鹿にしたようなため息をついた。
「......ハァ。被害妄想もいい加減にしてよ」
私は肩をすくめる。
「私がそんな器用なことできるわけないでしょ? ドアノブ? あんたが魔法で直したのを忘れてるだけじゃないの? もしくは、お母さんが直したか」
「......」
「大体、そんなゴミ拾いみたいな銀線、私が持ってたら笑い話だよ。魔力もないのに、どうやって回路をいじるのさ」
『魔力がない』 その事実は、フィオナにとって絶対的な真理だ。
魔力を持たない者が、魔導回路に干渉することは不可能。それが常識だからだ。私が特殊な工具とレンズを使って、物理的に回路を繋いでいるなんて発想は、彼女の辞書にはない。
フィオナは数秒間、私を凝視していたが、やがてふっと力を抜いた。
「......そうだな」
彼女は金属片をポケットにしまった。
「お前にできるはずがない。......忘れてくれ。少し疲れているようだ」
「病院行けば? 頭の」
私は憎まれ口を叩いて、部屋を出ようとした。背中で、フィオナが呟くのが聞こえた。
「だが、誰が......」
彼女はまだ疑っている。
けれど、決定的な証拠はない。
私が「無能な妹」の皮を被っている限り、彼女の捜査線上から私は除外され続ける。
廊下に出た瞬間、私は壁に手をついて息を吐いた。
危なかった。
姉の観察眼を甘く見ていた。彼女は、私の技術に気づき始めている。
でも、これでわかった。
彼女は私の技術を「美しくない」と言いながらも、「機能的だ」と認めた。
その言葉だけで、十分だ。
私はニヤリと笑う。
もっと派手にやってやる。
あんたが「誰だかわからない守護者」に首を傾げ続けるくらい、徹底的に、この学園を私の技術で侵食してやる。
疑惑の解像度が上がる頃には、もう手遅れになっているさ。
鋭い姉の勘。証拠を突きつけられましたが、なんとかシラを切りました。冷や汗ものです。
次回、第21話「停滞する血流」
学園がセレナの痕跡を排除した結果、大きな影響が。自業自得の連鎖が始まります。




