第19話 機能不全
完璧な計画というものは存在しない。
なぜなら、計画を立てるのも、それを実行するのも、不完全な人間だからだ。
だが、魔導具は違う。
入力された命令には絶対服従し、組み込まれた回路の通りにしか動かない。
つまり、その「命令」と「回路」を少しばかり書き換えてやれば、どんな凶悪な兵器も、ただの鉄屑に変えることができる。
◇◆◇
特別演習当日。
空は重く曇り、湿った風が訓練場に吹き抜けていた。
今日の実技試験は、教師たちの間では「特級呪物処理訓練」という名目で通っているが、実態はフィオナへの「耐久テスト」だ。
訓練場の中央には、三体の巨大なゴーレムが並んでいる。
岩石と金属で構成された巨体。
その胸部には、赤黒く脈打つコアが埋め込まれている。
あれが呪いの発生源だ。フィオナが魔法を放った瞬間、それに反応して高密度の呪詛を撒き散らすように設定されている。
「――位置について」
学年主任の声が響く。
フィオナが前に進み出た。
昨夜の喀血など微塵も感じさせない、凛とした立ち姿。だが、その顔色は死人のように白い。
彼女は杖を構え、ゴーレムを見据える。その瞳には「耐え抜いてみせる」という悲壮な決意が宿っていた。
(......馬鹿だなぁ)
私は観客席の最前列ではなく、一番後ろの目立たない場所で頬杖をついた。
耐える必要なんてない。
戦う必要すらない。
なぜなら、あのゴーレムたちは既に――私の『患者』なのだから。
「始め!」
合図と共に、フィオナの杖から氷結の魔力が放たれる。
同時に、三体のゴーレムが咆哮を上げた。
胸部のコアが激しく発光し、ドス黒い瘴気が噴き出そうとする。
フィオナが身構える。防御結界を展開し、衝撃に備える。
教師たちが身を乗り出し、手元の記録用紙にペンを走らせようとする。
その瞬間。
――プスン。
間の抜けた音がして、ゴーレムたちのコアから白煙が上がった。
噴き出すはずだった呪詛は霧散し、巨体は糸が切れた操り人形のようにガクガクと震え、膝から崩れ落ちた。
「……え?」
フィオナが呆気にとられた声を出す。
彼女の氷魔法が直撃し、無抵抗のゴーレムはあっけなく粉砕された。
後に残ったのは、ただの瓦礫の山と静寂だけ。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
学年主任が叫ぶ。
彼は慌ててグラウンドに駆け降り、瓦礫の一部を調べ始めた。
「魔力回路の……断絶? 馬鹿な、整備は完璧だったはずだ! なぜ呪いが発動しない!?」
狼狽える教師たちを見下ろしながら、私は口元だけで笑った。
昨晩、私は『裏のルート』を使って資材倉庫に忍び込んだ。
そして、ゴーレムのコアに、髪の毛一本ほどの細さの銀線を一本だけ追加した。
私が施したのは「過魔力バイパス」だ。
一定以上の出力――つまり、呪いを発動させるほどの高負荷がかかった瞬間、魔力を地面へと逃がし、回路をショートさせる安全装置。
破壊はしていない。ただ、「張り切りすぎると気絶する」ように躾けただけだ。
「おい、予備機を出せ! テストを続行する!」
学年主任が怒鳴り散らす。
すぐに予備のゴーレムが運ばれてくる。
だが、結果は同じだ。
フィオナが構える。ゴーレムが光る。プスンと止まる。
二度、三度と繰り返される喜劇。
そのたびに、フィオナの表情からは緊張が消え、代わりに困惑の色が濃くなっていく。
そして教師たちの顔は、焦りから青ざめた絶望へと変わっていった。
「くそっ、これではデータが取れん......! これだけの予算をかけたのに、全部不良品か!」
学年主任が帽子を地面に叩きつける。
彼らにとって、ゴーレムが動かないことは「実験の失敗」を意味する。
だが私にとっては「手術の成功」だ。
フィオナは無傷だ。
呪いの片鱗すら浴びることなく、ただ立っているだけで試験は終了した。
彼女は何が起きたのか理解できていない様子で、自分の杖と、崩れたゴーレムを交互に見つめていた。
(......私の勝ち)
私は席を立ち、踵を返した。
誰も気づかない。
この「不幸な事故」が、たった一人の落ちこぼれによって仕組まれた必然だということに。
廊下を歩きながら、私は思う。
フィオナ、あんたは高潔な騎士様でいいよ。
正面から正々堂々と戦おうとして、馬鹿を見てればいい。
汚い裏工作も、陰湿な妨害も、全部私が引き受ける。
あんたが光の中を歩けるように、私が影から石ころ一つ残らずどけてやる。
ポケットの中の工具が、カチリと音を立てた。
それは私にとって、どんな勲章よりも誇らしい勝利の音だった。
実験は失敗。セレナの工作により、姉は無傷で生還しました。
次回、第20話「疑惑の解像度」
姉が違和感に気づき、妹を呼び出します。正体バレの危機が迫る!?
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