第18話 不可視の摩耗
どんなに強固な鋼鉄も、繰り返される負荷には勝てない。
金属疲労。
それは目に見えない亀裂として内部で進行し、ある日突然、何の前触れもなく構造そのものを破断させる。
人間も同じだ。特に、弱音という排熱機構を持たない人間は、壊れるまで走り続けてしまう。
◇◆◇
実技演習場には、焦げ臭いにおいが充満していた。
訓練用のゴーレム――暴走状態を模した強化型――が、フィオナの足元で瓦礫の山と化している。
「素晴らしい! 記録更新だ、シルヴァーノ!」
教師の声が弾む。周囲の生徒たちも、畏怖と羨望の眼差しで彼女を称賛していた。
無傷の制服。乱れぬ呼吸。
フィオナはいつも通り、涼しい顔で杖を収める。
「......恐縮です」
完璧だ。
誰の目にも、彼女は余裕綽々の勝利者に見えただろう。
だが、講堂の隅で自作の改造測定器を握りしめていた私には、別のものが見えていた。
メーターの針が、危険域を示す赤色に振れている。
彼女の放出する魔力が、以前よりも不安定に揺らいでいるのだ。清流のようだった流れが、今は濁流のように荒れ狂い、自身の肉体を内側から削り取っている。
(......出力が異常すぎる)
私は眉をひそめた。
あのゴーレム、ただの訓練用じゃない。
内部に『呪い』に近い質の悪い魔力が埋め込まれていた。それをフィオナが正面からねじ伏せたため、呪いの反動をその身に受けている。
教師たちは知っているのか?
いや、あの学年主任の薄ら笑いを見る限り、これは意図的な「負荷試験」だ。
彼女がどれだけの呪いに耐えられるか。どこまで壊れずに戦えるか。
進路先である「特別災害対策局」への手土産にするための、非人道的なデータ収集。
演習後、私は人目を盗んでフィオナの後を追った。
彼女は更衣室には向かわず、人通りのない旧校舎のトイレへと入っていった。
私は扉の前で足を止める。
中から、苦しげな音が漏れてきた。
「......っ、う、ぅ......!」
嘔吐く音。
そして、洗面台の水が激しく流れる音。
私は意を決して、少しだけドアを開けた。
そこにいたのは、さっきまでの「最強の姉」ではなかった。鏡の前で両手をつき、肩で息をする、弱りきった少女の姿。
彼女が顔を上げる。
鏡に映ったその口元には、鮮血が滲んでいた。
魔力の使いすぎによる内臓への負担。それが限界を超えて、物理的なダメージとして現れ始めている。
「......はぁ、はぁ......まだ、だ......」
フィオナは震える手で懐から小瓶を取り出し、中身を一気に煽った。
気付け薬か、あるいは痛み止めか。
彼女は冷水を顔に浴びせ、タオルで乱暴に口元の血を拭う。そして鏡に向かって、無理やりに表情を作った。
冷徹で、強くて、隙のない「フィオナ・シルヴァーノ」の仮面を、再び貼り付けるように。
私はドアノブから手を離した。
入れなかった。
今、中に入って「大丈夫?」なんて声をかければ、彼女の張り詰めた糸はプツリと切れてしまう気がした。
そして一度切れてしまえば、二度と元には戻らない。彼女のプライドが、それを許さないだろう。
私は音を立てずに後退りし、その場を離れた。
廊下を歩きながら、拳を握りしめる。爪が皮膚を突き破りそうだった。
あいつら。
教師たち。学園。そして、何も言わずに耐え続けるあの馬鹿な姉。
全員、ふざけている。
フィオナはもう、壊れかけている。
本人が隠し通せているつもりでも、私の『目』は誤魔化せない。
このまま卒業まで持たせるつもりか?
いや、今のペースじゃ、卒業式の前に彼女の心臓が焼き切れる。
「......上等だよ」
私は低い声で唸った。
私の警告を聞かないなら、もう言葉はいらない。
フィオナが自分の身を削って「最強」を演じ続けるなら、私がその舞台装置ごとぶっ壊して、強制的に休ませてやる。
呪いが埋め込まれたゴーレム? 負荷試験?
そんなふざけた実験、二度とできないようにしてやる。
私はポケットから通信用の魔石を取り出した。
相手は、裏取引で知り合った上級生――購買部の物資管理を任されている先輩だ。
「......あ、先輩? 私です」
私は、自分でも驚くほど冷たい声を出していた。
「次の演習用の資材搬入、いつですか? ......ええ、ちょっと『点検』しておきたくて。......はい、もちろん。面白い仕掛けを用意しておきますよ」
観測者は卒業だ。
これからは、介入者になる。
学園のシステムに異物を混入させ、奴らの実験を内部から食い破る。
姉さんが吐いた血の代償は、高くつくと思え。
勝利の裏で吐血する姉。その姿を見たセレナは、ついに介入を決断します。
次回、第19話「機能不全」
呪い付きゴーレムの実験当日。覚悟を決めるフィオナ、不穏な教師たち。
それをぽけーっと眺めるセレナの秘策とは?
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