第17話 魔導具嫌い
この国には、古びた病魔が蔓延っている。
名を「魔法至上主義」という。
己の身一つで奇跡を起こすことこそが高尚であり、道具に頼る行為は、才能を持たざる者の卑しい足掻きであるとする思想だ。
特にこの学園の教師たちは、その病の末期患者ばかりだ。
◇◆◇
魔導基礎演習の時間。
石造りの講堂に、冷ややかな声が響いた。
「――シルヴァーノ。何だ、そのふざけた玩具は」
教壇に立つのは、魔導理論担当の老教師だ。
彼は私の手元にある、掌サイズの金属装置を指差して顔をしかめた。
今日の課題は『魔力による燭台への点火』
魔力を持たない私が、普通の方法で合格できるはずがない。だから私は、空気中の微弱な魔力を集めて火花を起こす「集魔着火器」を持ち込んだ。
「課題は点火です。私はこの道具を使って、燭台に火を灯しました。結果は同じはずです」
「結果が同じなら過程は問わないとでも? 愚か者が」
老教師は杖を振り上げ、私の机を叩いた。
ガアン、と重い音がして、私が徹夜で調整した着火器が床に転がる。
「ここは魔導師を育てる学び舎だ。鍛冶屋になりたければ、さっさと退学して工房へ行け」
老教師は私を横目に見ながら全員に聞こえるように
「貴様の姉君は、指先一つで美しい炎を生み出すというのに。まさに月とスッポン、いや、宝石と砂利だな」
とこき下ろすと、教室中から忍び笑いが漏れる。はいはい、いつもの比較。いつもの見世物。
私は転がった着火器を拾い上げる。外装が凹んでいた。中の歯車が噛み合わなくなっているかもしれない。
「......先生。魔法も道具も、現象を起こすための手段に過ぎません。歴史を見れば、古代の賢者だって杖や水晶を使っていたはずです」
「口答えをするな! あれは己の魔力を増幅するための聖なる触媒だ。貴様のような魔力無しの『逃げ道』とは違う!」
老教師は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
話にならない。
彼の脳内回路は、何十年も前の規格で固定されている。『権威』という錆で固着して、新しい概念を受け入れる柔軟性を失っているのだ。
「評価は不可だ。教室の後ろで立っていろ」
私は無言で席を立ち、教室の最後尾へと移動した。
屈辱?
いいや、呆れだ。
この老教師は知らないのだ。
彼が愛用しているその高価な杖のグリップが、先週、私のところに持ち込まれて修理されたものだということを。
彼が「最近調子が良い」と自慢している杖のコアを磨き直したのが、彼が今罵倒した『砂利』であるということを。
(……滑稽な話)
私は壁に背を預け、冷めた目で教室を眺める。
生徒たちは必死に呪文を唱え、教師の顔色を窺いながら小さな火を灯している。
彼らは『正しい手順』を守ることに必死で、『何のために火を灯すのか』という目的を見失っている。
魔法は素晴らしい。それは認める。
だが、魔法使いは脆い。
体調を崩せば魔法は乱れ、精神が揺らげば暴走する。フィオナのように、優秀であればあるほど、その精神的な負担は計り知れない。
対して、魔導具は裏切らない。
設計通りに組み上げれば、誰が使っても、どんな状況でも、同じ答えを出す。
感情も、才能も、血筋も関係ない。
そこにあるのは、純粋で冷徹な物理法則だけだ。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
生徒たちが解放感に騒めく中、老教師が私の方を見ずに言った。
「次回の試験までに、まともな魔法が使えなければ追放処分とする。姉君の顔に泥を塗るなよ」
私は小さく頭を下げ、教室を出た。
追放処分?
出来るものならやってみればいい。
今や、この学園の備品の三割は、私の手が入っている。
私が消えれば、一週間もしないうちに実験器具は動かなくなり、暖房は止まり、訓練用のゴーレムは暴走するだろう。
私はもう、ただの生徒じゃない。
あんたたちが気づかないうちに、この学園の血管という血管に根を張った、不可欠な寄生植物だ。
廊下の窓から、中庭が見える。
フィオナが一人でベンチに座り、虚空を見つめていた。
その横顔は、教室の誰よりも孤独で、そして今にも壊れそうに張り詰めていた。
魔法至上主義の犠牲者。
最強の姉は、その象徴だ。
誰も彼女の中身を見ていない。
「シルヴァーノ家の天才」というラベルしか見ていない。
「......待ってて」
私はポケットの中で、修理した着火器を握りしめた。
あんたたちが否定するこの「ガラクタ」が、いつか必ず、その高尚な魔法を凌駕する瞬間を見せてやる。
私は足早に、自分の工房――旧校舎裏へと向かった。
怒りを燃料に、悔しさを潤滑油に変えて。
私の思考回路は、かつてない速度で回転し始めていた。
教師の杖すら直しているセレナにとって、授業での罵倒など滑稽な喜劇でした。
次回、第18話「不可視の摩耗」
華々しい勝利の裏で、姉の心身は悲鳴を上げていました。
崩壊の足音が近づきます。




