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魔力ゼロの技術屋、学園の裏支配者になる  作者: 八坂 葵


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第12話 祖父の影

 記憶というものは、保管する場所によって形を変える。


 同じ人物を見ていても、正面から見るか、背後から見るかで、その輪郭は全く別物になるからだ。


 私にとっての祖父は、一言で言えば「偏屈な職人」だった。屋敷の奥の工房に籠もり、油とすすにまみれて、得体の知れないガラクタを弄り回す背中。


 それが私の原風景だ。


 彼は常々こう言っていた。

『世界は美しい理論でできているが、それを動かすのは泥臭い工夫だ』と。


 だが、どうやら姉にとっての祖父は、別の生き物だったらしい。


 ◇◆◇


 深夜のリビング。

 私はテーブルに道具を広げ、日中にゴミ捨て場から回収した「素材」の加工に没頭していた。


 割れた水晶レンズを磨き上げ、微細な傷を樹脂で埋める。さらに、廃棄された集音管を組み合わせ、特製の「記録機(レコーダー)」を組み上げる作業だ。


「......汚いな」


 背後から声がした。

 振り返ると、フィオナが立っていた。眠れないのか、ホットミルクの入ったマグカップを手にしている。


 彼女の視線は、私の手元の「宝の山」に向けられていたが、そこには明らかな嫌悪感があった。


「ゴミを机に広げるな。衛生的じゃない」


「ゴミじゃない。資源の再利用」


「美しい術式には、美しい環境が必要だ。祖父様もそう言っていた」


 まただ。


 フィオナは事あるごとに祖父の名前を出す。

 彼女の中での祖父は、王都の魔術研究所で名を馳せた、高潔にして完璧な大魔導師だ。


 確かにそういう一面もあっただろう。だが、それはあくまで「表の顔」に過ぎない。


「おじいちゃんは、整理整頓なんて気にしてなかったよ。工房なんていつも足の踏み場もなかったし」


「それは研究への没頭故だ。思考のノイズになるものを排除した結果、雑多に見えていただけだ」


 フィオナは断言する。

 彼女は祖父の「理論」や「成果」だけを崇拝し、その過程にあった泥臭さを綺麗に濾過して記憶しているようだ。


「お前がやっていることは、祖父様への冒涜だ」


 フィオナが、磨きかけのレンズを指差す。


「廃材を繋ぎ合わせて、小手先の細工で(ことわり)(ゆが)める。それは魔導の探求じゃない。ただの悪あがきだ」


「......悪あがきで何が悪いの」


 私は手を止めず、ピンセットで回路を繋ぐ。


「あんたみたいに才能がある人間は、教科書通りの綺麗な魔法が使えるでしょうね。でも、持たざる者は、あるものを工夫して戦うしかないの」


「戦う?」


 フィオナの声色が鋭くなる。


「余計な真似はするなと言ったはずだ。学園の件は、私が対処する」


「対処って、大人しく従うこと? それとも、また一人で抱え込んで自滅すること?」


 私が顔を上げると、フィオナは痛いところを突かれたように口を結んだ。


 図星だ。


 彼女は優秀だが、不器用すぎる。正攻法しか知らないから、裏口から攻撃してくる相手に対して脆い。


「祖父様なら、秩序を乱すような真似は許さないはずだ」


「そうかな。おじいちゃんなら、『使える手は何でも使え』って言うと思うけど」


 私たちは睨み合った。

 相容れない。


 同じ祖父の血を引いていながら、見ている背中が違いすぎる。

 彼女は「光」を継ぎ、私は「影」を継いだ。


 フィオナは短く息を吐き、マグカップを置いた。


「......好きにしろ。だが、そのガラクタで私の足を引っ張ることだけは許さない」


「安心して。あんたのためじゃなくて、私の自己満足のためにやるんだから」


 フィオナは部屋に戻っていった。

 残された私は、作業を再開する。

 指先が震えていた。

 怒りのせいじゃない。武者震いだ。


 彼女は言った。「小手先の細工」と。

 上等だ。その小手先が、どれだけ世界を掻き回せるか見せてやる。


 私は完成した回路に、微弱な魔力を通した。

 チリ、と小さな火花が散り、水晶レンズが淡い光を帯びる。


 起動成功。


 (いびつ)で、醜くて、継ぎ接ぎだらけの魔導具。

 だが、その光は、フィオナの使う高尚な魔法よりも、今の私にはずっと美しく見えた。


 祖父の影。

 あんたが本当に遺したかったのが「高潔な理論」なのか、それともこの「泥臭い執念」なのか。


 それを証明するのは、これからの私の仕事だ。

お互いが見ていた「祖父」の姿は正反対でした。でも、だからこそ二人は別々のやり方で戦えます。


次回、第13話「選ばないという選択」

証拠は掴みましたが、正面からぶつかれば潰されます。だからセレナは、彼女らしい「第三の道」を選びます。

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