第11話 観測者
世界を構成する要素は、大きく分けて二つある。
表舞台でスポットライトを浴びる「役者」と、その舞台を裏で支える「機構」だ。
観客は役者の演技に涙するが、舞台が崩れ落ちないのは、床板を支える釘一本、照明を吊るす滑車一つが、物理法則に従って仕事をしているからに他ならない。
私はこれまで、舞台の袖で耳を塞ぐことだけに集中していた。だが、一度意識を切り替えると、景色は一変する。
◇◆◇
翌日の放課後。
私は図書室の窓際に陣取り中庭を見下ろしていた。
手元には開いたままの教科書。だが、私の焦点は文字ではなく、その向こう側の世界に合っている。
中庭を行き交う生徒たち。
彼らが身につけている杖や、制服に縫い込まれた防護術式。それらが放つ微弱な魔力の波長が、視界の中で色のついた糸のように揺らめいて見える。
魔法じゃない。長年魔導具と向き合い、微細な回路のズレを見つけ出し続けてきた私の目が、無意識に行っている「解析」だ。
私は魔力こそないが、特別な眼鏡をかけることで魔力を視ることは出来る。だから魔力を眺めてその違いや微妙なズレを見つけるのはとても楽しいことだった。
「......やっぱり、変だ」
私は目を細める。
学園全体を覆う巨大な結界。外部からの侵入者を防ぐための強固な『壁』だ。
だが、よく見ると、その壁には不自然な『継ぎ目』がある。特別棟の裏口。生徒指導室の窓。そして、焼却炉の近く。
特定のルートだけ、結界の密度が極端に薄くなっている。
自然劣化によるほころびではない。
誰かが意図的に、結界の構成素材に干渉し、魔力が通らないように回路を遮断しているのだ。
まるで、泥棒のために裏口の鍵を開けておくように。
そこを通る人物を、私は知っている。
あの学年主任だ。
彼はあのルートを使って、禁制品を運び込んでいる。"沈黙の箱"を使えば感知されないが、そもそも検問すら通りたくないというのが本音だろう。
「......穴だらけじゃない」
私は奥歯を噛む。
気づこうと思えば、気づけたはずだ。
私はこの学園に入学して一年以上、毎日この景色を見ていた。自分の殻に閉じこもり、足元だけを見て歩いていたから、頭上の巨大な悪意に気づかなかった。
もし私が、もっと早くこの『歪み』に目を向けていれば。ミリアが実験台にされる前に、誰かに警告できたかもしれない。
そうすれば、フィオナが犯人扱いされることもなかった。
しかしこの状況を許容した共犯者は、私の無関心さでもある。
「......シルヴァーノさん、だっけ?」
突然、声をかけられた。
振り返ると、クラス委員の女子が立っていた。困ったような、少し怯えたような顔をしている。
「あ、あのね。先生が......フィオナさんの荷物、まとめておけって」
「......え?」
「妹のあなたが責任持って持ち帰れって。しばらく、登校させないつもりみたい」
女子生徒は言い逃げするように去っていった。
私はしばらく、その場から動けなかった。
登校禁止。
監視付きの生活と言っておきながら、実際は隔離だ。
フィオナを学園から遠ざけ、その間に証拠を完全に隠滅するつもりか。あるいは、彼女の精神を削り、孤立させるための兵糧攻めか。
ふつふつと、熱いものがこみ上げてくる。
怒りではない。これは、熱意だ。
新しい魔導具を作る時と同じ。
困難な課題があり、不足している素材があり、それを解決するための回路を必死に組み立てる時の、あの高揚感。
「上等じゃない」
私は教科書を閉じた。
相手が権力という名の暴力で来るなら、こちらは技術という名の理屈で対抗する。
証拠がないなら、作ればいい。
見えないなら、見えるようにすればいい。
私は席を立ち、早足で図書室を出た。
向かう先は教室ではない。
特別棟のゴミ捨て場だ。
あそこには、まだ使える『素材』が眠っている。壊れたレンズ、錆びた集音管、魔力が切れた水晶片。
ゴミじゃない。
私にとっては、反撃のための武器庫だ。
私の頭の中で、設計図が高速で組み上がっていく。
ターゲットは学年主任。
奴の隠蔽工作を暴くための、私だけの『目』を作る。
もう、ただの傍観者は卒業だ。
これからは私が、あんたたちの悪事を記録する『観測者』になってやる。
傍観者を卒業し、廃材で反撃の「目」を作る。セレナの逆襲が始まります。
次回、第12話「祖父の影」
深夜の作業現場に姉が登場。二人の語る「祖父」の像は決定的に違いました。
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