第10話 正しい側が責められる
無実の証明というのは悪魔の証明に似ている。
「やっていない」という事実は、物理的な証拠として提示することができないからだ。
だからこそ、権力を持つ者が黒だと言えば、白い羊さえも狼として処分される。それがこの学園の、腐りきった理だ。
◇◆◇
放課後の生徒指導室。
この一週間で二度目の呼び出しだ。
部屋の中央には、直立不動のフィオナがいる。
その対面には、あの学年主任――裏で禁制品を弄ぶ真犯人――が、ふんぞり返っていた。
私は「保護者代理」という名目で、部屋の隅に控えている。本来なら母が来るべきだが、フィオナが「仕事の邪魔になる」と断ったため、私が付き添うことになったのだ。
「――それで? まだシラを切るつもりかね」
学年主任が、わざとらしい溜め息をつく。
「ミリア嬢の魔力が枯渇した原因は不明だ。だが、彼女が最後に接触し、揉め事を起こしたのは君だ。状況証拠は揃っている」
「相関関係と因果関係は別です」
フィオナの声は、氷のように冷徹だった。
「私が彼女の魔力を奪う動機がありません。それに、そのような高度な呪詛を行使すれば、痕跡が残るはずです」
「その痕跡を隠す技術を、君が持っていたとしたら?」
学年主任がニヤリと笑った。
その笑みを見た瞬間、私の腹の底で、ドロリとした何かが沸き立った。
お前だろ。
私は叫びだしそうになるのを、奥歯を噛みしめて堪えた。
痕跡を隠す技術? よくもまあ、しゃあしゃあと。
あいつは自分が持っている「沈黙の箱」の性能を、さもフィオナが使ったかのようにすり替えている。
放火魔が消防服を着て、無実の住人を説教しているようなものだ。
「......王都のエリート校では、そういう闇魔術も教えているのかね? 恐ろしいことだ」
「憶測での発言は慎んでいただきたい」
「口答えをするな!」
ドンッ、と机が叩かれる。
空気が震えた。
「いいか、学園の秩序を守るためだ。疑いが晴れるまで、君の魔導具使用を制限する。また、放課後の校内立ち入りも禁止だ。監視付きの生活を送ってもらう」
「......証拠もなく、ですか」
「周囲の生徒が不安がっているのだよ。『魔女』が近くにいては勉強に身が入らない、とな」
魔女。
そのレッテル貼りは、フィオナを孤立させるための意図的な演出だ。
彼女の手足を縛り、反撃の芽を摘み、そしてあわよくば精神的に追い詰めて『実験体』として扱いやすくするつもりなのだろう。
フィオナは、反論しなかった。
いや、できなかったのだ。
ここで暴れれば、それこそ相手の思う壺になる。彼女の優秀な頭脳は、今ここで耐えることが「損害を最小限に抑える手」だと弾き出している。
「......承知いたしました」
フィオナが深く頭を下げる。
その銀色の髪が揺れるのを、学年主任は愉悦に歪んだ目で見下ろしていた。
◇◆◇
指導室を出た私たちは、無言で廊下を歩いていた。
夕日が差し込む廊下は朱色に染まり、まるで血の海のようだ。
フィオナは、いつも通りだった。
背筋を伸ばし、表情を崩さず、完璧な姉を演じている。
だが、私には見えていた。
彼女が握りしめている制服のスカートが、微かに、本当に微かに震えているのを。
彼女は万能じゃない。
ただの高校生だ。
理不尽な悪意を向けられ、無実の罪を着せられ、それでも「姉」として、「シルヴァーノ家」として、気丈に振る舞っているだけだ。
「......なんで」
私の口から、乾いた声が漏れた。
「なんで、言い返さないの」
「言ったはずだ。感情で事態は好転しない」
「でも! あいつは......あの教師は!」
あいつが犯人なんだよ、と言いかけて、言葉が喉に詰まる。
証拠がない。
私が保管庫で見たものは、私の記憶の中にしかない。今ここで告発しても、「出来損ないの妹が、姉を庇って嘘をついた」と処理されるのがオチだ。
悔しい。
自分の無力さが、死にたくなるほど悔しい。私は今まで、面倒事から逃げることを「賢い生き方」だと思っていた。
でも違う。
私はただ、戦う土俵に立つ勇気がなかっただけだ。
そのツケを今、一番守られたくない相手――フィオナが払わされている。
「......帰るぞ、セレナ」
フィオナが足を止めず、背中で語る。
「夕食の支度がある。今日はシチューの残りを処理しなければ」
彼女は日常の話をした。
この異常な状況を、日常という枠組みで塗りつぶそうとしている。
それが彼女の強さであり、脆さだ。
私はその背中を睨みつけた。
ふざけるな。
何がシチューだ。何が日常だ。
あんな腐りきった大人に、あんたが頭を下げる必要なんてない。
私の中で、何かがパチンと弾けた音がした。
それは、私が長い間維持してきた『事なかれ主義』という安全装置が焼き切れる音だった。
許さない。
あの教師も、この学園の空気も、そして何より、何もできないまま姉の後ろを歩いている自分自身も。
私は拳を握りしめる。爪が掌に食い込み、痛みで意識が覚醒する。
もう、空気でいるのはヤメだ!
私は、私のやり方で、このふざけた脚本を書き換えてやる!!
お読みいただきありがとうございます。
悔しい展開でしたが、この怒りがセレナを動かす原動力になりました。 守られるだけの妹は、ここで終わりです。
次回、第11話「観測者」
魔法が使えない彼女だからこそ、見えるものがあります。 ゴミ捨て場から始まる反撃の狼煙。 お楽しみに!
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