Z 世代のパズル(日本が世界から ミュートされる日)…吾輩は犬である③
✦Z世代のパズル
日本が世界からミュートされる日
―― 吾輩は犬である③ ――
【目次】
◇プロローグ
吾輩は犬である
◇第一章
コンビニのレジ前
――「迷惑」という名のマスタースキル――
◇第二章
撮るだけの救助隊
――倒れた人より、伸ばされたスマホ――
◇第三章
AIと推しと、消えた会話
――心の代わりにアルゴリズム――
◇第四章
高速バスの「コ」の字座席
――心の狭さで座席を広くする技――
◇第五章
新幹線の弱者カード
――「譲ったら負け」という信仰――
◇第六章
平和記念公園でバズるダンス
――祈りの場所は、
映えスポットになりました――
◇第七章
ゲーム感覚の戦争ごっこ
――「やっちまえ」の指先は、
どこを指すのか――
◇第八章
静かにミュートされた国
――日本人は誰もいなくなった。
吾輩だけが残った。――
◇プロローグ 吾輩は犬である
吾輩は犬である。
名前はまだ、
滅びゆく国の鼻とでもしておこうか。
飼い主は六十七歳のじいちゃんである。
金融機関退職、現・年金暮らし。
本人いわく「戦後二世」で、
朝は仏壇の前に座り、
親鸞とかいう昔の坊さんの言葉を、
ぶつぶつ唱えておる。
「善人なおもて往生をとぐ、
いわんや悪人をや…」
意味も分からず
復唱させられる吾輩としては、
なかなか住みにくい家である。
いや、漱石先生の言葉を借りれば、
「とかくこの世は住みにくい。」
犬も、人間も、Z世代も、
その点ではだいたい同罪であろう。
じいちゃんはニュースとSNSを見ながら、
いつもこうつぶやく。
「このまま行ったら、
日本は世界からミュートされるで…」
そこで吾輩は決心したのである。
この国の若者が、
どんなふうにこの世を
「住みにくく」しておるのか。
そして、そのくせ、
どうやって
「自分だけ住みやすく」しようと
しているのか。
犬の鼻と、
親鸞と漱石に仕込まれた
じいちゃんのボヤキを混ぜて、
少し書き残しておくのも悪くあるまい、と。
◇第一章 コンビニのレジ前
――「迷惑」という名のマスタースキル――
吾輩は犬である。
コンビニの自動ドアの前というのは、
この国の素顔が一番よく見える
舞台裏である。
その日、レジには小さな列ができていた。
先頭には手の震える老人。
公共料金の紙を握りしめ、
機械の前で固まっている。
店員は外国から来た若者で、
日本語はまだたどたどしいが、
一生懸命に説明しておる。
「ココ…おさえて…クダサイ…」
聞いているこちらが、少し応援したくなる。
ところが、その後ろで腕を組んでいた
Z世代風の若者が、
大きなため息とともにスマホを取り出した。
カメラが起動する。
「マジでこういう人、
コンビニで公共料金払うのやめてくれんかな」
パシャリ。
「レジ遅いのムリ。時間もったいない」
動画は、その日のうちにバズった。
「#迷惑」
「#時間泥棒」
「#効率悪い」
コメント欄はなかなか華やかである。
ただ一つ、老人の名も、
老人がどんな人生を歩んできたかも、
そこには一文字も書かれない。
吾輩は犬である。
犬の鼻には、
その老人の背中に滲む汗の匂いが届いていた。
「迷惑をかけたくない」と、
何十年も歯を食いしばって働いてきた
匂いである。
じいちゃんは、
この動画を見てぽつりと言った。
「親鸞さんはな、
“人間は生きてるだけで、
誰かの世話になっとる”
言うてるようなもんなんよ。
迷惑をゼロにできる人間なんて、おらん」
それを聞いた吾輩は、たいそう不思議に思った。
なぜこの若者は、
まるで「迷惑をかけたことがない顔」を
しておるのだろう、と。
とかくこの世は住みにくい。
それでも先人たちは、
迷惑かけ合いながら何とか住むという、
めんどくさいゲームを選んだ。
Z世代はどうやら、
自分だけ迷惑を受けない世界を
欲しがっているらしい。
その世界の行きつく先が、
どれほど住みにくいかには、
まだ気づいていないようだ。
◇第二章 撮るだけの救助隊
――倒れた人より、伸ばされたスマホ――
ある日の駅の階段。
一人の男が突然崩れ落ちた。
荷物が転げ落ち、
頭を打つ鈍い音が響く。
吾輩は犬である。
こういう音には条件反射で
吠えることになっている。
「ワン!」
(誰か、助けろ!)
ところが若者たちが
ポケットから出したのは、
救急車の番号ではなく、
おなじみの黒い長方形であった。
「やば、倒れてる」
「動画撮っとこ」
「バズるかな」
画面の中で、倒れている男の顔が、
いくつものレンズに切り取られていく。
少し離れたところから、
中年の女性が駆け寄った。
「大丈夫ですか!
誰か救急車呼んで!」
若者たちは、
レンズ越しにその声を聞きながら、
「え、オレ今撮影中なんで」
「誰か他の人が呼ぶっしょ」
と、実に頼もしい他力本願を発揮しておる。
しかも、
その様子さえ別アングルで撮られている。
なかなかのチームプレーである。
数時間後、動画は
「#誰も助けない国ニッポン」
というタイトルで海外にも拡散された。
海外のコメントはこうだ。
「これは文明病だ」
「倒れているのは社会そのものだ」
吾輩は犬である。
犬は倒れている人間のそばに座り、
ただ黙って寄り添うことしかできない。
じいちゃんは、またぼそぼそ言い始めた。
「親鸞さんはな、
“人間は誰一人まっすぐ歩けん”
言うとるんよ。
だから倒れたら倒れたでええ。
その時そばにおって、
手を差し出すのが『ご縁』なんよ」
ところがZ世代の辞書には、
「ご縁」より先に
「コンテンツ化」という文字が
太字で載っているらしい。
とかくこの世は住みにくい。
ここまで来ると、
倒れた人間より先に、
人の心が先に倒れているように思えてならない。
◇第三章 AIと推しと、消えた会話
――心の代わりにアルゴリズム――
吾輩は犬である。
人間同士の喧嘩の匂いは苦手だが、
最近は匂いの質が変わってきた。
ある若者がSNSにこう書いていた。
「AIの方が親より正しい。
昭和の親はアップデートされない。
AIはアップデートされるから信用できる」
別の若者は言う。
「推しをバカにする奴とは即ブロ。
価値観合わない人間とは一緒にいられない」
犬から見れば、
人間という生き物は
「違うからこそ群れになる」
不思議な種族であった。
しかし日本のZ世代は、
自分と違うものを
「ノイズ」と見なすようである。
アルゴリズムは彼らに囁く。
「あなただけに最適な情報をお届けします」
じいちゃんはスマホ画面を見ながら鼻で笑う。
「親鸞さん風に言えばな、
“耳ざとい者ほど、
自分に都合のええ念仏だけ聞きたがる”
みたいなもんよ」
Z世代は、
自分の不安を
優しくなでてくれる情報だけを浴び続け、
気がつけば「反論の筋道」という
筋肉を落としてしまっている。
近年の日本では、
人間同士の会話は減り、
犬に話しかける人間だけが増えた。
「なあ、どう思う?」
と尋ねられても、
吾輩は「ワン」としか答えられぬ。
内心では、漱石先生の言葉を
少し改造してこう思っている。
とかくこの世は住みにくい——。
それでも、人と違う意見を聞く耳を捨てたら、
ますます住みにくくなるばかりだ、と。
◇第四章 高速バスの「コ」の字座席
――心の狭さで座席を広くする技――
これも、じいちゃんから聞いた話である。
ある夜、
高速バス乗り場の隅っこで、
一人の若者がスマホの座席表を睨んでいた。
若者は自分の席を予約すると、
ついでのように
前後と横の席をぽんぽんと押した。
そして当日、
ためらいもなく
「キャンセル」のボタンを押す。
手数料は200円ほどらしい。
若者は鼻で笑って言う。
「200円で隣が空くなら安いもんだろ?」
やがてバスが来る。
乗り込んでみれば、
そこだけ見事な「コ」の字型に席が空いている。
その真ん中で、若者はふんぞり返って座った。
じいちゃんは肩をすくめた。
「心がコの字に曲がっとるから、
こんなこと思いつくんよ」
若者はイヤホンで耳をふさぎ、
スマホでこう書き込む。
「コの字キャンセル、マジ最強。
隣ゼロ、前後空席。俺は勝ち組!」
いいねがつき、真似をする者が現れる。
「攻略法」「裏技」「バス個室」。
便利な言葉というのは、
だいたい世界を不便にする方向で
使われるものらしい。
親鸞は「この身は煩悩具足」と言ったという。
人間は欲と怒りと愚かさのフル装備状態。
吾輩は犬である。
犬にも欲はあるが、
隣の犬小屋のスペースを
金で確保しようという発想は、
さすがに思いつかない。
とかくこの世は住みにくい。
自分だけの座席を広くしたところで、
この世全体が狭くなっているのだから、
いったいどこに逃げるつもりなのだろう。
◇第五章 新幹線の弱者カード
――「譲ったら負け」という信仰――
その日、自由席はほとんど埋まっていた。
そこへ、お腹の大きな女性を連れた男が現れる。
男は、気の弱そうな青年の前に立つと、
こう言った。
「すみませんねぇ、
うちの妻、お腹が大きいんですよ。
席、譲ってもらえませんかね?」
青年は慌てて立ち上がり、
頭を下げながら席を譲る。
本当は彼も長時間立つのがつらいはずなのに。
問題は、そのあとであった。
男は妻を座らせると、
やたら大きな声で喋り始める。
「最近の若者はマナーがなっとらん」
「わしはな、
いつも神様に祈っとるから幸福がついとるんじゃ」
神様に感謝を要求する声が、
すでにあまり神々しくない。
隣の乗客は居心地が悪くなり、
やがてこう言って席を立つ。
「……じゃあ、私もあなたに席を譲ります」
結果、夫婦は二人分の席を手に入れた。
見事な「弱者カードコンボ」である。
SNSには議論が湧き上がる。
「妊婦なら指定席買うべきでは?」
「でも足の悪いおばあちゃんが立ってたら?」
「もう自由席に乗りたくない。トラブルが嫌だ」
そのうち、こんな言葉も流行り始める。
「譲ったら負け」
「優しさ見せた瞬間やられる」
吾輩は犬である。
犬には、どちらが本当にしんどいか
匂いで分かる。
あの日一番しんどかったのは、
腹の大きな女でも声の大きな男でもなく、
席を譲った青年の心であった。
じいちゃんは困った顔で言う。
「親鸞さんはな、
“善人も悪人もみんな同じ船に乗っとる”
みたいなこと言うんよ。
上とか下とか、あんまり意味ないんよ」
だけどZ世代の画面には、
勝ち負けがはっきり表示される。
とかくこの世は住みにくい。
それでも昔の日本人は
「居心地の悪い善意」を
ぎりぎりまで手放さなかった。
今の日本人は
「居心地の悪さ」そのものを
先に捨てようとしている。
◇第六章 平和記念公園でバズるダンス
――祈りの場所は、映えスポットになりました――
そこは平和記念公園。
世界中から人々が「二度と戦争をしない」と
誓いにやって来る場所であった。
ある日、慰霊碑の前で、
三人の若者がスマホを三脚に固定し、
音楽を流し始めた。
「はい、ポジションOK!」
「ドームと慰霊碑、
両方映るアングル神じゃね?」
彼らは世界でもっとも祈りが積もった場所で、
激しいビートに合わせて踊り出した。
ジャンプ、ターン、決めポーズ。
テロップが表示される。
「#世界遺産で踊ってみた」
「#平和ダンスチャレンジ」
「いいねで供養完了」
通りかかった老夫婦は目を伏せた。
遠足の小学生たちは、
何かがおかしいと感じながらも、
先生が何も注意しないので黙って見ている。
動画は世界に拡散された。
海外のコメントはこうだ。
「そこは世界中が祈る場所ではないのか?」
「君たちは何に対して踊っている?」
「自分たちの歴史を忘れたのか?」
じいちゃんはぽつりと言った。
「親鸞さんは戦争も原爆も知らん。
けど“人間はすぐ大事なもんを忘れる”って、
自分のことを疑っとるんよ」
吾輩は犬である。
犬の鼻には、
焦げた鉄と涙の匂いが、
まだかすかに残っている。
その上でハイブランドのスニーカーが
軽快に跳ねるのを見ると、
「とかくこの世は住みにくい」という言葉も、
だいぶ上品すぎるような気がしてくる。
◇第七章 ゲーム感覚の戦争ごっこ
――「やっちまえ」の指先は、
どこを指すのか――
最近、
若者の間で流行っているフレーズがある。
「中国なんてやっちまえ」
「自衛隊なめんなよ」
「戦争?ドローンとAIの時代っしょ」
画面の中では、
戦車が爆発し、ビルが崩れ、
プレイヤーが勝利ポーズを決めている。
スマホを握る指は震えていない。
震えているのは、
現実を知らぬまま興奮している心だけだ。
じいちゃんはニュースを見ながら漏らす。
「親鸞さんはな、
“人間は自分で自分を救えん”
言うとるんよ。
戦争なんか始めたら、
自分で自分の首を絞める」
しかしZ世代の指は、
画面の中で敵をタップするたび、
現実の自分も強くなった気になっている。
「AIが戦うんだろ!」
「俺は指示出す側!」
ところがAIというものは、意外と冷静である。
「この国に守るべき未来はあるか?」
という問いに、淡々と数字で答えるだけだ。
借金だらけで、
他国を罵倒し続け、
助け合いを忘れた国を、
本気で守る価値があるかどうか。
とかくこの世は住みにくい。
だからといって住みにくさの腹いせに
他国に火をつけて回れば、
最後に燃え残るのは、
逃げ場を失った自分の故郷だけである。
◇第八章 静かにミュートされた国
――日本人は誰もいなくなった。
吾輩だけが残った。――
吾輩は犬である。
そして今、吾輩の周りには
もう日本人が一人もいない——
というのは少々大げさかもしれぬが、
少なくとも「人間らしさ」だけは
だいぶ数を減らした。
日本円は信頼を失い、
食料は他国へ優先的に回され、
災害が起きても、
真っ先に助けに来る国は
いつのまにかいなくなった。
バスの隣席をコの字にキャンセルし、
新幹線で「譲ったら負け」とつぶやき、
レジの前で弱者を笑い、
倒れた人よりバズを気にし、
平和記念公園で踊り、
AIと推しだけを信じ、
戦争をゲームと思い、
面倒な人間関係は
「ミュート」「ブロック」で片付ける——。
気がつけば世界はそっと、
この国ごと「ミュート」にした。
じいちゃんは、かつてこう言っていた。
「国が滅びる前に、先に滅びるのは、
その国の『心』なんよ」
親鸞は
「愚かさを自覚したものだけが救われる」と
言ったという。
漱石は「とかくこの世は住みにくい」と
こぼしながらも、
その住みにくさの中で猫と人間を描き続けた。
Z世代よ。
もしまだどこかでこの物語を読んでいるなら、
吾輩は犬としてこれだけは言っておきたい。
この世は住みにくい。
それは昔から決まっている。
だからといって、
自分だけが住みやすい
小さな個室を作ろうとするとき、
真っ先に窒息するのは、
ほかならぬ自分の心である、と。
吾輩は犬である。
今日も、かつて人間がいた公園で、
錆びたブランコの軋む音を聞きながら、
まだ消えきらぬ人間の匂いを風の中に探している。
そして時々、
じいちゃんの口癖を思い出して、
空を見上げる。
「お天道さんは、見とるで」
——Z世代のパズルを、
あんたはどう解くつもりなんじゃろうな。
(了)




