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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「骨違い」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/09/20


落語声劇「骨違(ほねちが)い」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約30分


必要演者数:最低4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)

      (3:1:0)【性別準拠人数比率】

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


熊五郎(くまごろう):大工(だいく)の棟梁(とうりゅう)のもとで働いている。

    素行(そこう)はあまり良くないものの、腕はいい。


お光(みつ):熊五郎(くまごろう)の妻。

   夫婦二人三脚で頑張(がんば)っていたが、ある晩、大工(だいく)の棟梁(とうりゅう)の息子の

   源次郎(げんじろう)を一晩泊めてやろうとした事で運命が変わっていく。


吉五郎(きちごろう):熊五郎(くまごろう)の弟弟子(おとうとでし)。

    博打(ばくち)に興(きょう)じて文無(もんな)しになるあたり、熊五郎(くまごろう)よりも素行(そこう)が良くない

    。


源次郎(げんじろう):大工(だいく)の棟梁(とうりょう)の先妻(せんさい)の息子。

    後妻(ごさい)のいじめをよく堪(た)えてたが、ある晩とうとう耐えかねて

    お光(みつ)のところで一晩、難を避けようとするが…。


継母(ままはは):大工(だいく)の棟梁(とうりょう)の後妻(ごさい)。

   源次郎(げんじろう)に何かとつらく当たる。


同心(どうしん):熊五郎(くまごろう)とお光(みつ)が言い合いしているところへ通りかかるが、その中で

   容易(ようい)ならない一言(ひとこと)を聞いたために二人を捕らえる。


奉行(ぶぎょう):南町(みなみまち)か北町(きたまち)か、どっちか分からないがお奉行(ぶぎょう)様。


犬:なぜか人語を喋(しゃべ)る犬。


牢名主(ろうなぬし):吉五郎(きちごろう)が入れられた牢のまとめ役。

    かなり性悪(しょうわる)。


亭主(ていしゅ):小噺(こばなし)(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

   熊五郎(くまごろう)兼ね役。


妻:小噺(こばなし)(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

  お光(みつ)・継母(ままはは)・お袋と兼ね役。


お袋:小噺(こばなし)(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

   お光(みつ)・継母(ままはは)、妻と兼ね役。


金坊(きんぼう):小噺(こばなし)(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

   吉五郎(きちごろう)と兼ね役。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


◎元々のサゲ版(圓生師匠版)


熊五郎・亭主:

吉五郎・金坊:

お光・継母・お袋・妻:

源次郎・同心・奉行・犬・語り:



◎喃咄流(なんとつりゅう)サゲ版


熊五郎・亭主:

吉五郎・金坊:

お光・継母・お袋・妻:

源次郎・同心・奉行・牢名主・語り:



※枕は誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:昔からこう、流行(はや)り言葉なんというのは色々ございますが、

  ある一時(いっとき)、「ぶち殺す」という言葉が流行(はや)ったことがありました。

  まぁあまりいい言葉ではないんですが、これは質屋(しちや)さんへ行きまして

  品物を質(しち)に入れてお金に換(か)えてくる、これを品物を殺すと言うんで

  「ぶち殺す」と、こう言うようになったんですな。


妻:何をぼんやりつっ立ってんだい!

  こっちへ入ったらいいじゃないか!

  また取られちまったんだろ!

  ぼーっとしてさ、バカ。

  しっかりおしよホントに…このオケラっ。


亭主:なんでェ亭主(ていしゅ)をつかまえて、オケラってことがあるかい。

   なに言ってやんでェ。

   取られに行こうと思って取られる奴がいるか。

   こちとら儲(もう)けようと思って取られちまったんだからよ。

   これから芽が出ようって時に銭(ぜに)が尽(つ)きちまったんだ。

   いくらか銭(ぜに)があったら出せ。


妻:なんだって!?

  よく聞こえないよ!


亭主:いくらか銭(ぜに)があるだろってんだよ!


妻:呆(あき)れたねこの人は…。

  あるわけがないじゃないか!

  商(あきな)いもしないで博打(ばくち)ばっかり打ってやがって、そのたびに取られて

  きやがってさ!

  銭(ぜに)なんかありゃしないよ!


亭主:無きゃしょうがねえ。

   おめえの着てるもの全部脱ぎな。


妻:あたしの着物脱がしてどうしようってんだい!


亭主:質屋(しちや)へ持ってってぶち殺すんだよ。


妻:いつ受け出してくれるってんだい?


亭主:チッ…~~いいよ、いらねえ!

   こっちはこれから勝負しようってんじゃねえか。

   なのにいつ受け出してくれるなんて、そんな言いぐさがあるかィ

   !いいよいいよ、いらねェッ!

   !おう、おふくろ!おい!


お袋:おや、帰ってきてたのかい…?


亭主:ぁ~、年寄(としよ)りの者を剥(は)ぐなんてのも気の毒だが…

   すまねェおふくろ、その着てるどてらをちょいと脱いで、俺に

   貸してもらいてえんだ。


お袋:人のどてらを剥(は)いで何しようってんだい…?


亭主:何をするって、質屋(しちや)へ持ってってぶち殺すんだよ。


お袋:いつ受け出しておくれかね?


亭主:~~~ッいいよ!いいよいらねェ!

   なに言ってやんでェ、嫁姑(よめしゅうとめ)で徒党(ととう)くんでやがらァ。

   冗談じゃねえや…。

   !おう金坊(きんぼう)!金坊(きんぼう)!


金坊:おとっつぁん、どうしたの?


亭主:ちょいとこっちへ来い。

   …ほぉ、いい羽織(はおり)をしてるじゃねえか。


金坊:これね、ばあちゃんにこさえてもらったんだ!


亭主:お袋に?

   そうかそうか、いい羽織(はおり)だな。

   いい子だからちょいとその羽織(はおり)脱いでな、

   おとっつぁんに貸してくれ。


金坊:え…どうするの?


亭主:質屋(しちや)へ行って、ぶち殺すんだよ。


金坊:いつ受け出してくれるの?


亭主:こんちきしょう!

   ガキまで一緒になりやがっていつ受け出す…って!

   じゃもういぃいぃ!いいや…ッ!?っとっととッ…!!


犬:ウワンワンワンワンワンッッッ!


亭主:このクソ犬!入口でのんきに寝てんじゃねえ!

   尻尾(しっぽ)踏(ふ)んじまったろうがこんちくしょうめ!

   ぶち殺すぞ!!


犬:あ?いつ受け出してくれんのや?


亭主:しゃ、喋(しゃべ)った!!?


語り:このように物騒(ぶっそう)な言葉が実は他愛(たあい)のない内容を指して使われるなん

   という事は、結構(けっこう)ある話でございます。

   ある若者が旅の道中で日が暮れて、老夫婦の家(うち)に宿をとった。

   床(とこ)に入った後、老夫婦が「あの若者、半殺しか手打ちかどちらが

   いいかね」「まだ若いから半殺しで良いじゃろう」と言うのを

   聞いて慌(あわ)てて逃げ出すというのがあるんですが、実はこの老夫婦

   、若者に翌朝ふるまう食事に手打ちそばを出そうと話をしていたの

   であり、若者は斬殺(ざんさつ)の意味にも取れる手打ちと勘違いして逃げた、

   というわけであります。

   またあんこの粒(つぶ)あんの事を「半殺し」、こしあんの事を「皆殺し」

   と、非常に物騒(ぶっそう)極(きわ)まりない呼び方をするんですが、

   この半殺しという言い方は、実は日本全国各地で用いられているん

   だそうで。

   意外と日本人てものは物騒(ぶっそう)なんですな。

   あんこの他に、おはぎや牡丹餅(ぼたもち)の米のすりつぶし具合(ぐあい)によっても、

   また、きりたんぽの製造工程(せいぞうこうてい)としても「はんごろし」と呼ばれるん

   だとか。

   ところが言葉や出来事(できごと)に関(かか)わらず、意味や解釈(かいしゃく)を取り違(ちが)えてしまい

   ますと、その一寸先(いっすんさき)は業(ごう)の深い闇のようでございまして。


お光:おや、何をしてんだい源(げん)ちゃん。


源次郎:いま綻(ほころ)びを縫(ぬ)ってるんだ。


お光:綻(ほころ)び?そんなものがあったらおばさんのとこへ持っておいでよ。


源次郎:いいんだよ、このぐらい慣(な)れたからね。

    少し上手(うま)くなったからやってるんだよ。


お光:哀(あわ)れだね…男の子が綻(ほころ)びを縫(ぬ)ってるだなんて…。

   おっかさんは何をしてるんだい。


源次郎:奥でごろ寝してる。


お光:呆(あき)れたね…。

   棟梁(とうりゅう)だってそうだよ。少しはしっかりしなきゃいけないよ。

   まるっきりかみさんに巻(ま)かれちまってんだからね。

   カラスの昆布巻(こぶま)きでカカア巻(ま)かれってんだよ。


源次郎:おとっつぁんは、仲良くしろって…。


お光:はぁ、情けないもんだね。

   死んだおっかさんはいい人だったね。

   あたし達も本当にお世話(せわ)になった事は忘れないよ。

   …源(げん)ちゃんもね、おっかさんの事を思い出して、さぞ悔(くや)しい事もあ

   るだろうね。


源次郎:…おばさん、そんなこと言わないでおくれよ。

    おいら、もう諦(あきら)めてんだ…。

    だけどもね、知れきった無理を言われたりなんかするとね、

    本当に悔(くや)しい事があるよ…。


お光:お泣きでないよ。しっかりおし。

   源(げん)ちゃんだって、もう今年で十七になったんだろ?

   男が十七にもなって、めそめそ泣いているもんじゃないよ!

   あんまり大人しすぎるから足元を見られるんだ。

   おっかさんが少しでも何か言ったら、剣呑(けんのみ)でも喰(く)わしておやりよ。


源次郎:…なんだか、おだてられてんだか、宥(なだ)められてんだか、

    わけがわからないや…ッ!?


継母:なんだいこんちきしょう!

   また始めやがったね!?

   人が針が持てないと思って、面当(つらあ)てにそんなもの縫(ぬ)いやがって!

   こっちは穴ァ縫(ぬ)えないったって女だ。持ってくりゃ何とかしてやる

   ってんだよ!

   なんだい、男のくせに綻(ほころ)びなんぞ縫(ぬ)いやがって!

   いまいましい事しやがるよ!

   こんな意地(いじ)の悪いガキなんざ、ありゃしないよッ!!


源次郎:あッ!!?


    な、何をするんだ!

    自分の綻(ほころ)びを自分で縫(ぬ)って何が悪いんだ!


継母:何ィ!?なにを言いやがるこのガキッ!

   もう一発もらいたいのかい!?


源次郎:ぅぅッ!


お光:おかみさんっ!ままま、おかみさんお待ちなさい!

   源(げん)ちゃんもね、親に口答えをするもんじゃないよ。

   おっかさんがなんとでもしてやるってんだから、お願いした方がい

   いよ、ね?

   縫(ぬ)えなかったら糊付(のりづ)けぐらいにはしてくれるだろうから。

   そうだ源(げん)ちゃん、家(うち)へおいで!


源次郎:う、うん…。


    【二拍】


お光:本当にいまいましいね…!

   ひどいことをするじゃないか。男の子の顔を長(なが)キセルで打(ぶ)つなんて

   さ。

   ちょいと手をどかしてごらん。


   あぁ、可哀想(かわいそう)に…紫色になってるよ。痛いだろ?

   薬を付けてあげようか?


源次郎:…いいよ、そんなに痛(いた)かない。大丈夫だよ。

    だけどおとっつぁん、今夜はお屋敷へ行って帰らないと思うんだ

    。

    家(うち)へ帰りゃまたいじめられるから、なんとかおばさんのとこへ

    泊(と)めておくれ。


お光:あぁいいよいいよ。

   どうせいい塩梅(あんばい)にね、家(うち)の人も今夜は帰らないから都合(つごう)がいいよ。

   ゆっくり泊(とま)っておいき。


源次郎:お世話(せわ)になります、おばさん。


お光:いいから気にしないで、こっち来てお座り。


語り:事(こと)の行き違いてものは、ほんの些細(ささい)なことから起こりますもので、

   ちょっとしたいたずら心や小さな親切のつもりが、とんだ展開に

   至(いた)るわけです。

   それは、今日は帰らないと言っていたはずの人間が帰って来る事で

   も引き起こされますようで。


熊五郎:うぅ~~いっ、あぁありがてぇありがてぇ。

    良い心持(こころも)ちだぁ、へへ。

    帰りがけに冷(ひ)やでキューーっと一杯やったやつが効(き)いてきやがっ

    たァ、ははは。

    今夜は帰らねえって言ったのに帰ったら、かかあの奴はびっくり

    しやがんだろうなァ。

    「あら、お前さん帰って来てくれたのかい?」なんてなあ。


    …だけどさっき、吉公(きちこう)の奴は変なこと言ってやったな。


吉五郎:おう、熊兄(くまに)ィ。


熊五郎:なんでェ?


吉五郎:昔から「七人の子は生(な)すとも女に心を許すな」って例(たと)えがある

    から気をつけなくちゃいけねえぜ。


熊五郎:なんて言いやがったよ、嫌なこと言いやがんな、ええ?

    棟梁(とうりゅう)ンとこのかみさんならいざ知らず、うちのかかあに限って

    そんなことはねえな。かかあは俺に惚(ほ)れてやんだからよ。

    そういえば言ってたっけな。


お光:ちょいとお前さん。

   あたしはね、貧乏(びんぼう)の苦労なんざいくらしたっていいんだよ。

   ただお前さんが変な浮気(うわき)をされりゃあたしは嫌だけども、

   さもなきゃ貧乏(びんぼう)くらいであたしは驚かないんだからね。

   一生懸命(いっしょうけんめい)に共稼(ともかせ)ぎでやって、今に楽になろうじゃないか。


熊五郎:なんてやってな、ハハハ…。

    叩(たた)ァきィ~大工(だいく)のォ~なんてな、ハハハ…。

    いい心持(こころも)ちだから家(うち)へ帰って…うん?

    なんだァ?男の声がするぞ…?


お光:あぁいいよいいよ。

   どうせいい塩梅(あんばい)にね、家(うち)の人も今夜は帰らないから都合(つごう)がいいよ。

   ゆっくり泊(とま)っておいき。


熊五郎:!!

    ……。

    おいおいおい……やりゃあがったな、ちきしょう。


    なるほど、変な事を言うと思ったが、やっぱり友達はありがてえ

    もんだな。

    それとなく俺に知らしてくれたんだ。

    ちきしょうめ、俺が帰(けえ)らねえのを幸(さいわ)いに男を咥(くわ)え込みやがってッ

    、っど、どうするか見てやがれェ、こんちきしょォ…!

    …おぅ、いいとこに薪(まき)ざっぽうがあるじゃねえか…。

    こいつは痛(いて)えぞォ…!


    【戸をガラリ開ける】

    ッッ!

    この野郎ォッッ!!


源次郎:うッ!!?ぁ……っ。


お光:!!?お前さん!?

   ちょいと、何するんだい!?


熊五郎:何するもクソもあるかィちきしょうめ!

    よくもてめェ亭主(ていしゅ)のツラに泥ォ塗(ぬ)りやがったな!

    間男(まおとこ)ともどもこいつで叩(たた)っ殺すから覚悟しやがれィ!


お光:何バカなこと言ってんの!ちょいとお待ちってんだ源(げん)ちゃんだよ!

   棟梁(とうりゅう)のとこの源(げん)ちゃんだよ!よくごらんよ!


熊五郎:えッ!?

    あぁッッ!

    ぁ、ぁ、た、たしかに源坊(げんぼう)だ…!

    っど、どうしよう…!?


お光:いま水を持って来るから!


   さ、早く水かけて!


熊五郎:お、おう、しっかりしろっ源坊(げんぼう)ッ。


お光:源(げん)ちゃん!しっかりおし、源(げん)ちゃん!


源次郎:………。


熊五郎:ぁ…だ、ダメか…し、死んじまった…俺が殺しちまった…!

    う、うぅ…。


お光:この人はまあ一体全体(いったいぜんたい)、なんだってこんなことしたんだい…!

   いったいなんだと思ったんだい。


熊五郎:っな、何だと思ったって……アレだと思ったよ…。


お光:なんだい、アレてのは?

   はっきりお言(い)いよ!

   どうしたんだよ!?


熊五郎:どうしたんだよっておめえ…昔から言うだろ。

    七人の子は生(な)す、な、為(な)すとも、お、女に心を許すなって…。


お光:それがどうしたのさ?


熊五郎:それがどうしたって、俺じゃねえ、吉公(きちこう)がそう言ったんだ。

    だから気を付けろって…。


お光:何を気を付けるってんだい?


熊五郎:っだから、おめえが浮気(うわき)しねえよう気をつけなくちゃいけねぇっ

    て…。


お光:呆(あき)れたね。吉(きち)さんも吉(きち)さんだよ。

   よくそんなバカなこと言ったもんだね!

   あたしが誰とそんな事をしたんだい!?

   はっきり名前を言ってごらんよ!


熊五郎:べ、別に誰(だれ)てわけじゃねえけど、その、吉公(きちこう)の野郎がそう言った

    から、うちのかかあに限ってそんな事はねえって、俺ァそう言っ

    てやったんだ。


お光:それだけ承知してて、なんでこんなバカなことしたんだい!

   源(げん)ちゃんだって、そう言ったじゃないか!


熊五郎:だ、だっておめえが言う前に、俺ァもう張り倒しちまったんだ…

    ど、どうしよう…。


お光:どうしようったって、どうするんだい…!


熊五郎:どうするったって、俺にもわからねえんだよ…。

    棟梁(とうりゅう)のとこ行って聞こう。


お光:バカだねこの人は。

   棟梁(とうりゅう)のとこへ行ってどうするってんだい!

   お宅の源(げん)ちゃんを殺しちまったけどどうしましょうなんて、

   聞けるわけないじゃないか!

   それより源(げん)ちゃんの死骸(しがい)をどう始末(しまつ)つけるか

   だよ…!


熊五郎:だ、だっておめぇ…しょうがねえから、お寺に持っていきゃいい

    んじゃねえか?


お光:お寺に持ってきゃいいってお前さん、こんな変死したのをお寺で

   引き取るわけないじゃないか!

   しっかりおしよ!


熊五郎:す、すまねえ…、うっかりしてた。


お光:うっかりしてちゃしょうがないじゃないか。

   困っちまったね…。

   お前さん、悪くすると首が無くなるよ。

   首がないよ。


熊五郎:誰?俺がか!?

    ぃぃいや嫌だよ、冗談言っちゃいけねえ…!

    首が無くなりゃおめえ、歩くのに見当(けんとう)がつかなくなっちまう。


お光:心配するのはそこじゃないだろ!

   しょうがないから今夜、夜が更(ふ)けたら風呂敷(ふろしき)にでも包んで、

   大川(おおかわ)あたりに流すよりしょうがないよ。

   さ、お前さん、手伝っておくれ!


熊五郎:お、おう…!


語り:こうなると、かえっておかみさんの方が度胸(どきょう)が据(す)わってしっかりす

   るもんで、ぶるぶる怯(おび)えてる亭主(ていしゅ)を叱咤(しった)して死骸(しがい)を風呂敷(ふろしき)で包みま

   す。

   そこへ天秤棒(てんびんぼう)を通して二人で担(かつ)ぐと、本所達磨横町(ほんじょだるまよこちょう)を出ましたのが

   昔の九つ、今で言う午前零時ころ。

   厩橋(うまやばし)の方へ担(かつ)ぎ出そうと夫婦でせっせと担(かつ)ぎ歩いていると呼び止め

   る者がいます。


吉五郎:おお?誰だ?

    そこへ来たのは熊兄(くまに)ぃじゃねえかい?


熊五郎:!!?っび、びっくりした…。

    誰かと思ったら、吉公(きちこう)じゃねえか…!


吉五郎:なんでェいま時分(じぶん)、そんな物(もの)担(かつ)いで。


熊五郎:え?あ、あぁ、いや、なに、つまらねえもんだよ…。


吉五郎:なんだって、つまらねえもん?

    なんでそんなもん担(かつ)いでんだい?


熊五郎:っぃ、いや、これはなんだな、あれあれ、ナニしてんだからね、

    うん、ま、ナニして、ナニしようと、ってな。


吉五郎:なんだかちっとも分からねえな?

    なんだよ担(かつ)いでるのは。


お光:いえね、ここんとこ長屋(ながや)にね、悪さをする大きな赤犬(あかいぬ)がいるんだよ

   。今日もそれでイタズラしやがってね、うちの人が怒ってぶん殴(なぐ)っ

   たら、打(う)ち所(どころ)が悪くて死んじまったんだよ。

   そのまま明日まで置いとくと、また長屋(ながや)の者がうるさいからね。

   今から大川(おおかわ)に持ってって捨てようってんで、ここまで担(かつ)いできたん

   だよ。


吉五郎:犬?

    …犬じゃねえだろ、おい。

    風呂敷(ふろしき)から出てる足は違うじゃねえか。

    そんなものいま時分(じぶん)担(かつ)ぎ歩いたら危ねえよ。

    誰かに見られちゃいけねえ。

    俺の家(うち)はここだから、とりあえず入ってくんな。

    いい塩梅(あんばい)に俺んとこは一人もんだし、両隣(りょうどなり)は空(あ)き家(や)になってる。

    さ、どういうわけか、本当のこと言ってくんねえ。

    さっき兄(あに)ぃと別れたあと、俺ァ博打(ばくち)に手を出したんだ。

    そしたらもう負けが込んじまって、すってんてんに取られちまっ

    たんだ。

    いい仕事なら、俺も一口(ひとくち)乗せてもらいてえんだよ。


お光:そんな儲(もう)け仕事なんかじゃないんだ。風呂敷(ふろしき)の中をごらんよ。

   棟梁(とうりゅう)の家(うち)の源(げん)ちゃんなんだよ。


吉五郎:えっ?


    あっ!!?

    げ、源坊(げんぼう)だ…!ええぇ…!?

    ちょ、兄(あに)ぃこれどういう事だよ!なんだってこんな事をしたんだ

    !?


熊五郎:【しどろもどろに】

    なんだってこんな事したって…大体(だいたい)それァおめえが悪いや。

    さっき言ってたろ。七人の子は生(な)すとも女に心を許すなって。

    それでおめえと別れたあと、家(うち)に着いたら男の声が聞こえてくる

    んだ。

    そこへかかあが、「どうせいい塩梅(あんばい)にね、家(うち)の人も今夜は帰らな

    いから都合(つごう)がいいよ。

    ゆっくり泊(とま)っておいき。」

    って言うから、てっきりそうだと思ってさ、ほら、いきなり後ろ

    から薪(まき)ざっぽうで殴(なぐ)って、殺しちまったんだ…!

    かかあにその話したら、俺ァ叱(しか)られたよ。


お光:冗談じゃないよほんとに!

   吉(きち)さん、お前さんだってそうじゃないか!

   あたしがいつそんな事をねーー


吉五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    ままま、そんな怒っちゃいけねえや。

    そういうつもりで言ったんじゃねえんだ。

    世間(せけん)にはこういう事もあるから気をつけなくちゃいけねえって、

    世間話(せけんばなし)をしただけなんだ。

    真(ま)に受けられちゃ、こっちも困るじゃねえか。


    ま、そんな事はともかく、これァ死骸(しがい)を何とか始末(しまつ)付けなくちゃ

    いけねえが…大川(おおかわ)に流すてのは危ねえぜ。

    ふーむ…そうだ、こうしよう。

    丁度(ちょうど)いい塩梅(あんばい)に両隣(りょうどなり)は空(あ)き家(や)になってるから、俺の家(うち)の縁(えん)の下に

    埋(う)めようじゃねえか。

    熊兄(くまに)ぃも手伝ってくれ。


熊五郎:あ、あぁ、わかった。


語り:などと危ない相談事(そうだんごと)がまとまりまして、

   床板(ゆかいた)を引っぺがして穴を深く掘り、その中へ源次郎(げんじろう)の死骸(しがい)を埋(う)めた

   のであります。


お光:うっ、うっ…源(げん)ちゃん、ごめんねぇ…堪忍(かんにん)しておくれよ…。


熊五郎:源坊(げんぼう)、すまねえ、すまねえ…成仏(じょうぶつ)してくれよ…っ。


吉五郎:よし…これならまず大丈夫だろ。

    それとさっき言った通り、俺ァいま一文無(いちもんな)しのオケラでね。

    足元(あしもと)を見て付け込むようですまねえけど熊兄(くまに)ぃ、

    いくらかこさえてもらいてえんだ。


熊五郎:あ、ああ、分かったよ…。

    ちょいと時間をくれ。


語り:弱い尻尾(しっぽ)を抑(おさ)えられてはどうしようもないもので、

   なけなしの家財(かざい)を質(しち)に入れ、いくらかの銭(ぜに)をこしらえると吉五郎(きちごろう)へ

   渡します。


熊五郎:吉公(きちこう)…こいつでどうかひとつ、頼む。


吉五郎:すまねえ熊兄(くまに)ぃ、恩に着るよ。

    その代わりと言っちゃあ何だけど兄(あに)ぃ、この事はどんな事があっ

    ても俺ァ決して口を割らねえから、安心してくんねぇ。

    けどもし他からこいつがバレて、奉行所(ぶぎょうしょ)からお取調(とりしら)べになるなん

    て事になったら、兄(あに)ぃは口下手(くちべた)だから余計(よけい)な事を言っちゃいけね

    え。

    その時は、わたくしは存じません。この事については弟弟子(おとうとでし)の

    吉五郎(きちごろう)という者が存じておりますから、吉五郎(きちごろう)にお訊(たず)ね願います

    と、こう言ってくんねぇ。

    そうすりゃ、俺が出て申し開きするから。

    いいかい、くれぐれも余計(よけい)な事を言っちゃいけねえよ。


熊五郎:わ、分かった。

    万事(ばんじ)おめえが知ってる事にすりゃいいんだな?


お光:ありがとうね、吉(きち)さん。

   さ、お前さん、人目(ひとめ)につかないうちに…。


語り:これで一旦(いったん)ことは済んだわけでございますが、「凡夫(ぼんぷ)盛(さか)んに神祟(かみたた)り

   無し」という例えもあるように、人間というのは間(ま)のいい時はいい

   事が起こるもので、棟梁(とうりゅう)のおかみさんが他所(よそ)に男をこさえてどこか

   へ逐電(ちくでん)してしまいます。

   棟梁(とうりゅう)にしてみれば倅(せがれ)はいなくなるし、後妻(ごさい)には逃げられたというの

   で病(やまい)を患(わずら)い、しまいにはぽっくり死んでしまった。

   後釜(あとがま)をどうしようてことになりまして、人間は少し抜けているが

   仕事がしっかりしているから熊五郎(くまごろう)にしようと、弟子一同(でしいちどう)の話が

   まとまりました。

   そしたら仕事はあるし、とんとん拍子(びょうし)に金は儲(もう)かってさあ楽になっ

   たとくると、人間てやつは悪い病(やまい)の出てくるものでございます。

   一杯(いっぱい)呑(の)んで若い女の子にデレついて、いい心持(こころも)ちになって家(うち)へ帰ら

   ない。

   そうなるとお決まりの夫婦喧嘩(ふうふげんか)が始まるわけで。


お光:今日という今日は勘弁(かんべん)ならないね!

   出てけ!


熊五郎:なに言ってやんでェべらぼうめィ!

    そっちこそぐずぐず言うなら出てけ!


お光:てめえこそ出ていきやがれ!


熊五郎:ぉッ…仮にも、俺ァ夫(おっと)だぞ!


お光:はん、夫(おっと)ってツラかい!

   その下にどっこいを付けろってんだよ!


熊五郎:おっとどっこい…な、なに言ってやんでェ!


お光:あたしはこの家(うち)にいるんだから、お前がさっさと出て行きな!


熊五郎:なにィ、言わせておきゃあ図(ず)に乗りくさって!


お光:一言(ひとこと)あたしが言(い)や、お前の首が無くなるんだ。

   歩くのに方角が分からなくなるんだからね!


   棟梁(とうりゅう)のとこの源(げん)ちゃんを、お前が殺したんだーー


熊五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    お、おいッそんな事が人に聞こえたらッーー!


お光:【↑の語尾に喰い気味に】

   いいじゃないか聞こえたって!

   あたしはもっと大きな声が出るんだ!!


   お前が源(げん)ちゃん殺した!

   源(げん)ちゃん殺したのはお前だァァ!!



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※注! ここから分岐(ぶんき)します!

喃咄流(なんとつりゅう)のサゲを選択する場合は、一番下の用語解説の終わりまでスクロー

ルしてください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



語り:どうも女というものは焼きもちを焼く段になりますと、

   もう何にも分からなくなる。

   無茶苦茶(むちゃくちゃ)に大きな声で、お前が源(げん)ちゃんを殺したんだろなんて言う

   のを、間(ま)の悪い事に表(おもて)を通りかかった八丁堀(はっちょうぼり)の同心(どうしん)の旦那方(だんながた)の耳に

   入ってしまいます。


お光:ほんとの事だろ!この源(げん)ちゃん殺しーーッ!


同心:む…?

   おかしな事が聞こえるぞ。

   よし構(かま)わん、踏み込め!


   こらっその方(ほう)ら!

   神妙(しんみょう)にいたせ!


熊五郎:!!?えっ!?


お光:!お、お役人様!?

   丁度(ちょうど)良かった!

   この人が、この人が源(げん)ちゃんを殺したんです!


同心:これッ騒ぐでない!

   おとなしく番所(ばんしょ)まで参れッ!


   【二拍】


   よし、では女の方から話を聞こう。

   申せ。


お光:実はこれこれしかじかで…。


同心:なに、すでに病(やまい)で亡くなった大工(だいく)の棟梁(とうりゅう)の倅(せがれ)、源次郎(げんじろう)をそこにおる

   亭主(ていしゅ)の熊五郎(くまごろう)が、間男(まおとこ)と間違(まちが)えて薪(まき)でもって殴(なぐ)り殺した。

   その死骸(しがい)を埋めたと、そう申すか。


お光:はいッそうでございます!


同心:ふうむ、さようか。

   しからば熊五郎(くまごろう)、これなる女房(にょうぼう)のお光(みつ)の申す事に相違(そうい)ないか?


熊五郎:お役人様、あっしには身に覚えのない事でございます。

    このことにつきましては、弟弟子(おとうとでし)の吉五郎(きちごろう)という者が存(ぞん)じており

    ますので、どうぞこれをお調べくだせえ。


同心:なに、その方の弟弟子(おとうとでし)が存(ぞん)じておると?

   相分(あいわ)かった。

   吉五郎(きちごろう)なる者をすぐにこれへ呼び出せ!


熊五郎:【声を落として】

    吉公(きちこう)…頼む…。


語り:いまだ嫉妬(しっと)の中にあるお光(みつ)はすらすら自白(じはく)、

   かたや熊五郎(くまごろう)は知らぬ存(ぞん)ぜぬ、全(すべ)て弟弟子(おとうとでし)吉五郎(きちごろう)が存(ぞん)じているの

   一点張(いってんば)り。

   いっぽう呼び出された吉五郎(きちごろう)、かねてこの事あると素知(そし)らぬ顔で

   番所(ばんしょ)へ現れます。


吉五郎:お役人様、あっしが吉五郎(きちごろう)でごぜえやす。


同心:うむ。本所表町(ほんじょおもてまち)、家主(やぬし)源兵衛(げんべえ)店子(たなこ)、大工(だいく)の吉五郎(きちごろう)とはその方(ほう)か。

   これにおる熊五郎(くまごろう)とは兄弟弟子(きょうだいでし)の由(よし)であるが、さようか?


吉五郎:へい、おっしゃる通りにごぜえます。


同心:熊五郎(くまごろう)がさる12月24日、大工(だいく)の棟梁(とうりゅう)政五郎(まさごろう)の倅(せがれ)、源次郎(げんじろう)なる

   者を殺害したに相違(そうい)ない事、女房(にょうぼう)お光(みつ)の自白(じはく)によって明白(めいはく)である。

   しかるに熊五郎(くまごろう)は一向(いっこう)に知らぬ存(ぞん)ぜぬと申し、この事については

   弟弟子(おとうとでし)の吉五郎(きちごろう)がよく存(ぞん)じおるによって訊(たず)ねてくれと申すが、

   どうじゃ?


吉五郎:へい、恐れながら申し上げます。

    これにおります兄貴、熊五郎(くまごろう)でございますが、決して人を殺すよ

    うなしっかりした人間ではございません。

    あれは、長屋(ながや)におりました赤(あか)という大変に悪い犬がおりまして、

    イタズラしたのを殺したというので、当人(とうにん)が震えて手前(てまえ)の所へ

    相談に参りましたので。

    その死骸(しがい)を手前(てまえ)どもの家(いえ)の縁(えん)の下に埋めましたのは相違(そうい)ございま

    せん。


同心:なに、犬の死骸(しがい)と申すか?


吉五郎:もしお疑いと思召(おぼしめ)すなら、どうぞお調べを願わしゅう存(ぞん)じます。


同心:うむ、ではその方(ほう)の長屋(ながや)へ案内(あない)いたせ。


吉五郎:へい、こちらでございます。


語り:さっそく吉五郎(きちごろう)の案内(あない)で彼の長屋(ながや)へ行きますと、床板(ゆかいた)をはがし、

   土を掘り返します。

   熊五郎(くまごろう)とお光(みつ)も顔色をなくして見守る中、出て参りましたのは

   源次郎(げんじろう)の骨…ではなく、吉五郎(きちごろう)が言った通りの犬の骨。

   あっけにとられる熊五郎(くまごろう)とお光(みつ)、すました顔の吉五郎(きちごろう)を連れて、

   舞台は奉行所(ぶぎょうしょ)のお白州(しらす)へ。


熊五郎:【声を落として】

    た、助かった…けど、なんで犬の骨が…?


奉行:事の次第(しだい)は相分(あいわ)かった。

   察(さっ)するところ、女房(にょうぼう)お光(みつ)が焼きもちのあまりにあらぬ事を口走(くちばし)った

   に相違(そうい)なかろう。

   しかし、かかる事をもってお上(かみ)の手数(てすう)を煩(わずら)わすは、不届(ふとど)きの至りで

   ある。

   また、犬の死骸(しがい)たりともみだりに縁(えん)の下へ埋(う)めるなどというのは、

   はなはだ不届(ふとど)きである。

   このたびは差(さ)し許(ゆる)しつかわすが、以後は相(あい)ならぬ。

   よいか!


熊五郎&吉五郎&お光:ははぁーーっ。


奉行:これで調べは相済(あいす)んだ。

   一同の者(もの)立ちませい!


  【二拍】


吉五郎:【声を落として】

    …熊兄(くまに)ぃ、いい塩梅(あんばい)だったな。


熊五郎:ありがてえ、おめえのおかげで俺ァ命拾(いのちびろ)いしたよ。

    おっかぁ、すまなかった。これから外で遊ぶのは控(ひか)えるよ…。


お光:あたしこそ、いくらやきもち焼いたからってあんな事…。

   お前さん、堪忍(かんにん)しとくれ。

   それじゃ、家(うち)へ戻って片付けとくよ。


熊五郎:ああ、気を付けてな。

    …それにしても吉公(きちこう)、おかしいじゃねえか。


吉五郎:何がだい?


熊五郎:何がっておめえ、あんなこと言ってたからどうかと思ってたら、

    本当に犬の骨が出てきた。

    どうしてだ?


吉五郎:それなんだがな、俺も埋(う)めた後でどうもこいつは危ねえ気がした

    から、折(おり)を見てこっそり掘り返したんだ。

    で、本物は大川(おおかわ)へ流して、犬の骨を代わりに埋めといたんだよ。

    「七人の子は生(な)すとも女に心を許すな」てなどうだい兄ぃ、

    よく分かったかい?


熊五郎:ああ、よぉく分かったよ。

    けど、どうも嫌な心持(こころも)ちだ。

    どっかで気分直しに一杯やろうじゃねえか。


吉五郎:お、そうするかい?

    っとと!?

    ずいぶんでけえ尨犬(むくいぬ)だな!?


犬:ウワンワンワンワンワンッッッ!


熊五郎:こんちきしょう、ぶち殺すぞ!


犬:へっ、人間にはされたくねえ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)



※用語解説


・棟梁(とうりゅう)

江戸では「とうりょう」ではなく「とうりゅう」と訛るのが一般的でした

。


・カラスの昆布巻(こぶま)き

かかあ天下というより恐妻家の意。かかあをカラスの「カァー・カァー」

の鳴き声に引っ掛けて、いつも巻かれているということを指す。


・剣呑(けんのみ)を喰(く)わす

剣突(けんつく)と同じ意味。

「けんのん」とも読めるが、その場合は全く意味が違ってくる。

「けんのみ」は、荒々しく叱りつけることや、語気強く人に当たること、

怒鳴ることなどを意味する。


・塩梅(あんばい)

物事の具合、程合いのこと。


・七人の子は生(な)すとも女に心を許すな

七人もの子供を産んだとしても、女性の言うことには決して心を開いて

信用してはいけない、という意味のことわざ。


・大川(おおかわ)

現在の隅田川下流の通称。江戸の主要な交通・物流の動脈であるとともに

、多くの名所を抱え、人々に愛され、江戸の名所絵にも多数描かれた。


・本所達磨横町(ほんじょだるまよこちょう)

現在の墨田区吾妻橋一丁目の駒形橋寄りのあたり。

落語「文七元結」などでも登場する地名。


・厩橋(うまやばし)

隅田川にかかる橋で、東京都道453号本郷亀戸線(春日通り)を通す。


・赤犬

某海賊王に俺はなるの話のアレではない。

特定の犬種を指す名称ではなく、赤っぽい、または赤毛の犬(岐阜県に

美濃柴犬というのが実在します)の事を赤犬という。


・薪(まき)ざっぽう

火にくべる「たきぎ」、「まき」の事。


・間男(まおとこ)

不倫相手、浮気相手の男のこと。


・凡夫(ぼんぷ)盛(さか)んに神祟(かみたた)り無し

つまらない者でも勢いに乗っている時は、神仏のたたりもなく無事に

過ごすことができるという意味。


・八丁堀(はっちょうぼり)

現在の東京都中央区の地名。

もともと江戸初期には多くの寺があったが、1635年に多くが浅草への

移転を命じられ、その跡地に町奉行配下の与力・同心の組屋敷が建てられ

た。


・同心(どうしん)

江戸幕府の下級役人のひとつ。諸奉行・京都所司代・城代・大番頭・書院

番頭・火付盗賊改方などの配下で、与力の下にあって庶務・見回などの

警備に就いた。身分は足軽階級の者(士分格を持たない)が当てられた。


・本所表町(ほんじょおもてちょう)

1669年にできた町。北本所町のうち表通りにあったため、この名称が

付いた。現在の墨田区の辺り。


・白州(しらす)

「はくしゅう」ではない。ウイスキーでもない。

江戸時代の奉行所などで裁判が行われた場所で、裁判の象徴的な場。

白砂利が敷き詰められた庭のような空間であり、裁かれる者は平伏し、

奉行は高い位置から裁きを下した。


・尨犬(むくいぬ)

長くふさふさした毛を持つ毛むくじゃらの犬を指す言葉。


・訴人(そにん)

奉行所などに訴え出た人間の事。


・牢名主(ろうなぬし)

囚人の長として牢内を取締まったもの。 各房ごとに器量のあるもの一人

を選んで任命した。


・島抜(しまぬ)け

遠島、つまり島流しされた島から逃げ出す事。

失敗すれば死罪である。





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※ここから分岐、【喃咄流(なんとつりゅう)・骨違(ほねちが)いサゲ】になります!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


語り:どうも女というものは焼きもちを焼く段になりますてえと、

   もう何にも分からなくなる。

   無茶苦茶(むちゃくちゃ)に大きな声で、お前が源(げん)ちゃんを殺したんだろなんて言う

   のも、表(おもて)へやってきていた八丁堀(はっちょうぼり)の同心(どうしん)とその部下達の耳に当然、

   入るわけでございます。


お光:ほんとの事だろ!この源(げん)ちゃん殺しーーッ!


同心:ここだな。

   よしッ、踏み込め!!


   大工(だいく)棟梁(とうりょう)熊五郎(くまごろう)!並びにその女房(にょうぼう)お光(みつ)!

   御用(ごよう)である!神妙(しんみょう)にいたせ!!


熊五郎:えっ!?ど、どうして!?


お光:あっ、お、お役人様!?

   あの、この人が、うちの亭主(ていしゅ)が源(げん)ちゃんを殺したんです!


同心:存(ぞん)じておる。

   そしてその方(ほう)が、死骸(しがい)を埋(う)める際に手を貸したこともな!


お光:!!?えっ!?ど、どうしてそれを…?


同心:その方(ほう)の亭主(ていしゅ)、熊五郎(くまごろう)の弟弟子(おとうとでし)の吉五郎(きちごろう)とか申したな。

   そ奴(やつ)に対しての訴人(そにん)があったのだ。

   吉五郎(きちごろう)の家の床下(ゆかした)に、人の死骸(しがい)が埋(う)まっておるとな!


熊五郎:!ぁ…ぁ…嘘だろ…吉公(きちこう)も捕まって…?


お光:そ…そんな…あたしも手伝ったばかりに…?


同心:よし、小伝馬町(こでんまちょう)まで引っ立てィ!!


熊五郎:お、終わりだ…。


語り:かくして捕らえられた三人は、やがて日を経てお白州(しらす)にてお裁きを

   お奉行(ぶぎょう)様より下(くだ)されることと相成(あいな)ります。

   時代劇もので下手人(げしゅにん)という言葉はよく聞くかと思いますが、

   これは殺人犯限定で、しかも情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地(よち)のある場合の殺人に

   対する刑罰で、六種類の死刑のうち最も軽いものを指すのでありま

   す。

   まあ死刑に重いも軽いもないとは思いますが。


熊五郎:【声を落として】

    吉公(きちこう)…すまねえ、巻き込んじまって…。


吉五郎:【声を落として】

    あぁあ、ちきしょう、とんだ割(わ)りを食っちまったぜ…!


お光:うっ、ううう……!


熊五郎:お光(みつ)、あの時俺が自首(じしゅ)してればおめえは何のお咎(とが)めも

    ねえはずだったのに…すまねえ。

    俺は間違(まちが)いなく死罪だが、おめえは免(まぬが)れるだろう。

    せめて俺のぶんまで生きてくれ…。


奉行:裁きを申し渡す!

   大工棟梁(だいくとうりょう)、熊五郎(くまごろう)は先代棟梁(せんだいとうりょう)の倅(せがれ)・源次郎(げんじろう)を誤って殺害したとは

   いえ、その死骸(しがい)を隠し、更(さら)に自首(じしゅ)せざる罪は極めて重い!

   よって打ち首と致(いた)す!


熊五郎:は、ははーっ………。


奉行:熊五郎(くまごろう)の女房(にょうぼう)お光(みつ)、並びに弟弟子(おとうとでし)吉五郎(きちごろう)!

   その方(ほう)らは熊五郎(くまごろう)が源次郎(げんじろう)を殺せし折(おり)、自首(じしゅ)を勧(すす)めずその死骸(しがい)を

   隠す手伝いをした事、不届(ふとど)き至極(しごく)!

   よって八丈島(はちじょうじま)へ遠島(えんとう)を申し渡す!


吉五郎&お光:ははーーっ……。


奉行:これにて裁きは済(す)んだ!

   一同(いちどう)、引っ立てィ!!


熊五郎:悪い事は、できねえもんだな……。


語り:かくして熊五郎(くまごろう)は打ち首となり、唯一(ゆいいつ)の身寄りであるお光(みつ)も遠島(えんとう)と

   なった為、引き取る者もなく寺へと埋葬(まいそう)と相成(あいな)ります

   。

   かたや遠島(えんとう)となった二人は、出立(しゅったつ)の日まで牢内(ろうない)で過ごすわけですが

   、運悪く性悪(しょうわる)な牢名主(ろうなぬし)に当たってしまいます。


吉五郎:【つぶやく】

    ち、ちきしょうめ…文無(もんな)しの時に捕まっちまったから、ツルが

    ねえ…!


牢名主:てめえも運のねえ野郎だ。

    命の金(かね)ヅル、銭(ぜに)がねえってんならしょうがねえ。

    おう野郎ども、ちょいとキメ板(いた)で可愛(かわい)がってやんな。


吉五郎:ッち、ちきしょう、何しやがるッ!


牢名主:遠島(えんとう)と言やあ島抜(しまぬ)けは死罪(しざい)、つまり死ぬまでそこにいなきゃなら

    ねえ、いわゆる「死地(しち)」に入るってやつだ!

    ならたとえここでぶち殺されても、あまり変わらねえよなあ?


吉五郎:どうせ入れるなら「質(しち)」に入れてくれ。

    銭(ぜに)がありゃあ受け出せる。




終劇






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