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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「骨違い」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「骨違ほねちがい」


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:最低4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


熊五郎くまごろう大工だいく棟梁とうりゅうのもとで働いている。

    素行そこうはあまり良くないものの、腕はいい。


みつ熊五郎くまごろうの妻。

   夫婦二人三脚で頑張がんばっていたが、ある晩、大工だいく棟梁とうりゅうの息子の

   源次郎げんじろうを一晩泊めてやろうとした事で運命が変わっていく。


吉五郎きちごろう熊五郎くまごろう弟弟子おとうとでし

    博打ばくちきょうじて文無もんなしになるあたり、熊五郎くまごろうよりも素行そこうが良くない

    。


源次郎げんじろう大工だいく棟梁とうりょう先妻せんさいの息子。

    後妻ごさいのいじめをよくえてたが、ある晩とうとう耐えかねて

    おみつのところで一晩、難を避けようとするが…。


継母ままはは大工だいく棟梁とうりょう後妻ごさい

   源次郎げんじろうに何かとつらく当たる。


同心どうしん熊五郎くまごろうとおみつが言い合いしているところへ通りかかるが、その中で

   容易よういならない一言ひとことを聞いたために二人を捕らえる。


奉行ぶぎょう南町みなみまち北町きたまちか、どっちか分からないがお奉行ぶぎょう様。


犬:なぜか人語をしゃべる犬。


牢名主ろうなぬし吉五郎きちごろうが入れられた牢のまとめ役。

    かなり性悪しょうわる


亭主ていしゅ小噺こばなし(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

   熊五郎くまごろう兼ね役。


妻:小噺こばなし(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

  おみつ継母ままはは・お袋と兼ね役。


お袋:小噺こばなし(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

   おみつ継母ままはは、妻と兼ね役。


金坊きんぼう小噺こばなし(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。

   吉五郎きちごろうと兼ね役。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


◎元々のサゲ版(圓生師匠版)


熊五郎・亭主:

吉五郎・金坊:

お光・継母・お袋・妻:

源次郎・同心・奉行・犬・語り:



喃咄流なんとつりゅうサゲ版


熊五郎・亭主:

吉五郎・金坊:

お光・継母・お袋・妻:

源次郎・同心・奉行・牢名主・語り:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:昔からこう、流行はやり言葉なんというのは色々ございますが、

  ある一時いっとき、「ぶち殺す」という言葉が流行はやったことがありました。

  まぁあまりいい言葉ではないんですが、これは質屋しちやさんへ行きまして

  品物をしちに入れてお金にえてくる、これを品物を殺すと言うんで

  「ぶち殺す」と、こう言うようになったんですな。


妻:何をぼんやりつっ立ってんだい!

  こっちへ入ったらいいじゃないか!

  また取られちまったんだろ!

  ぼーっとしてさ、バカ。

  しっかりおしよホントに…このオケラっ。


亭主:なんでェ亭主ていしゅをつかまえて、オケラってことがあるかい。

   なに言ってやんでェ。

   取られに行こうと思って取られる奴がいるか。

   こちとらもうけようと思って取られちまったんだからよ。

   これから芽が出ようって時にぜにきちまったんだ。

   いくらかぜにがあったら出せ。


妻:なんだって!?

  よく聞こえないよ!


亭主:いくらかぜにがあるだろってんだよ!


妻:あきれたねこの人は…。

  あるわけがないじゃないか!

  あきないもしないで博打ばくちばっかり打ってやがって、そのたびに取られて

  きやがってさ!

  ぜになんかありゃしないよ!


亭主:無きゃしょうがねえ。

   おめえの着てるもの全部脱ぎな。


妻:あたしの着物脱がしてどうしようってんだい!


亭主:質屋しちやへ持ってってぶち殺すんだよ。


妻:いつ受け出してくれるってんだい?


亭主:チッ…~~いいよ、いらねえ!

   こっちはこれから勝負しようってんじゃねえか。

   なのにいつ受け出してくれるなんて、そんな言いぐさがあるかィ

   !いいよいいよ、いらねェッ!

   !おう、おふくろ!おい!


お袋:おや、帰ってきてたのかい…?


亭主:ぁ~、年寄としよりの者をぐなんてのも気の毒だが…

   すまねェおふくろ、その着てるどてらをちょいと脱いで、俺に

   貸してもらいてえんだ。


お袋:人のどてらをいで何しようってんだい…?


亭主:何をするって、質屋しちやへ持ってってぶち殺すんだよ。


お袋:いつ受け出しておくれかね?


亭主:~~~ッいいよ!いいよいらねェ!

   なに言ってやんでェ、嫁姑よめしゅうとめ徒党ととうくんでやがらァ。

   冗談じゃねえや…。

   !おう金坊きんぼう金坊きんぼう


金坊:おとっつぁん、どうしたの?


亭主:ちょいとこっちへ来い。

   …ほぉ、いい羽織はおりをしてるじゃねえか。


金坊:これね、ばあちゃんにこさえてもらったんだ!


亭主:お袋に?

   そうかそうか、いい羽織はおりだな。

   いい子だからちょいとその羽織はおり脱いでな、

   おとっつぁんに貸してくれ。


金坊:え…どうするの?


亭主:質屋しちやへ行って、ぶち殺すんだよ。


金坊:いつ受け出してくれるの?


亭主:こんちきしょう!

   ガキまで一緒になりやがっていつ受け出す…って!

   じゃもういぃいぃ!いいや…ッ!?っとっととッ…!!


犬:ウワンワンワンワンワンッッッ!


亭主:このクソ犬!入口でのんきに寝てんじゃねえ!

   尻尾しっぽんじまったろうがこんちくしょうめ!

   ぶち殺すぞ!!


犬:あ?いつ受け出してくれんのや?


亭主:しゃ、しゃべった!!?


語り:このように物騒ぶっそうな言葉が実は他愛たあいのない内容を指して使われるなん

   という事は、結構けっこうある話でございます。

   ある若者が旅の道中で日が暮れて、老夫婦のうちに宿をとった。

   とこに入った後、老夫婦が「あの若者、半殺しか手打ちかどちらが

   いいかね」「まだ若いから半殺しで良いじゃろう」と言うのを

   聞いてあわてて逃げ出すというのがあるんですが、実はこの老夫婦

   、若者に翌朝ふるまう食事に手打ちそばを出そうと話をしていたの

   であり、若者は斬殺ざんさつの意味にも取れる手打ちと勘違いして逃げた、

   というわけであります。

   またあんこのつぶあんの事を「半殺し」、こしあんの事を「皆殺し」

   と、非常に物騒ぶっそうきわまりない呼び方をするんですが、

   この半殺しという言い方は、実は日本全国各地で用いられているん

   だそうで。

   意外と日本人てものは物騒ぶっそうなんですな。

   あんこの他に、おはぎや牡丹餅ぼたもちの米のすりつぶし具合ぐあいによっても、

   また、きりたんぽの製造工程せいぞうこうていとしても「はんごろし」と呼ばれるん

   だとか。

   ところが言葉や出来事できごとかかわらず、意味や解釈かいしゃくを取りちがえてしまい

   ますと、その一寸先いっすんさきごうの深い闇のようでございまして。


お光:おや、何をしてんだいげんちゃん。


源次郎:いまほころびをってるんだ。


お光:ほころび?そんなものがあったらおばさんのとこへ持っておいでよ。


源次郎:いいんだよ、このぐらいれたからね。

    少し上手うまくなったからやってるんだよ。


お光:あわれだね…男の子がほころびをってるだなんて…。

   おっかさんは何をしてるんだい。


源次郎:奥でごろ寝してる。


お光:あきれたね…。

   棟梁とうりゅうだってそうだよ。少しはしっかりしなきゃいけないよ。

   まるっきりかみさんにかれちまってんだからね。

   カラスの昆布巻こぶまきでカカアかれってんだよ。


源次郎:おとっつぁんは、仲良くしろって…。


お光:はぁ、情けないもんだね。

   死んだおっかさんはいい人だったね。

   あたし達も本当にお世話せわになった事は忘れないよ。

   …げんちゃんもね、おっかさんの事を思い出して、さぞくやしい事もあ

   るだろうね。


源次郎:…おばさん、そんなこと言わないでおくれよ。

    おいら、もうあきらめてんだ…。

    だけどもね、知れきった無理を言われたりなんかするとね、

    本当にくやしい事があるよ…。


お光:お泣きでないよ。しっかりおし。

   げんちゃんだって、もう今年で十七になったんだろ?

   男が十七にもなって、めそめそ泣いているもんじゃないよ!

   あんまり大人しすぎるから足元を見られるんだ。

   おっかさんが少しでも何か言ったら、剣呑けんのみでもわしておやりよ。


源次郎:…なんだか、おだてられてんだか、なだめられてんだか、

    わけがわからないや…ッ!?


継母:なんだいこんちきしょう!

   また始めやがったね!?

   人が針が持てないと思って、面当つらあてにそんなものいやがって!

   こっちは穴ァえないったって女だ。持ってくりゃ何とかしてやる

   ってんだよ!

   なんだい、男のくせにほころびなんぞいやがって!

   いまいましい事しやがるよ!

   こんな意地いじの悪いガキなんざ、ありゃしないよッ!!


源次郎:あッ!!?


    な、何をするんだ!

    自分のほころびを自分でって何が悪いんだ!


継母:何ィ!?なにを言いやがるこのガキッ!

   もう一発もらいたいのかい!?


源次郎:ぅぅッ!


お光:おかみさんっ!ままま、おかみさんお待ちなさい!

   げんちゃんもね、親に口答えをするもんじゃないよ。

   おっかさんがなんとでもしてやるってんだから、お願いした方がい

   いよ、ね?

   えなかったら糊付のりづけぐらいにはしてくれるだろうから。

   そうだげんちゃん、うちへおいで!


源次郎:う、うん…。


    【二拍】


お光:本当にいまいましいね…!

   ひどいことをするじゃないか。男の子の顔をながキセルでつなんて

   さ。

   ちょいと手をどかしてごらん。


   あぁ、可哀想かわいそうに…紫色になってるよ。痛いだろ?

   薬を付けてあげようか?


源次郎:…いいよ、そんなにいたかない。大丈夫だよ。

    だけどおとっつぁん、今夜はお屋敷へ行って帰らないと思うんだ

    。

    うちへ帰りゃまたいじめられるから、なんとかおばさんのとこへ

    めておくれ。


お光:あぁいいよいいよ。

   どうせいい塩梅あんばいにね、うちの人も今夜は帰らないから都合つごうがいいよ。

   ゆっくりとまっておいき。


源次郎:お世話せわになります、おばさん。


お光:いいから気にしないで、こっち来てお座り。


語り:ことの行き違いてものは、ほんの些細ささいなことから起こりますもので、

   ちょっとしたいたずら心や小さな親切のつもりが、とんだ展開に

   いたるわけです。

   それは、今日は帰らないと言っていたはずの人間が帰って来る事で

   も引き起こされますようで。


熊五郎:うぅ~~いっ、あぁありがてぇありがてぇ。

    良い心持こころもちだぁ、へへ。

    帰りがけにやでキューーっと一杯やったやつがいてきやがっ

    たァ、ははは。

    今夜は帰らねえって言ったのに帰ったら、かかあの奴はびっくり

    しやがんだろうなァ。

    「あら、お前さん帰って来てくれたのかい?」なんてなあ。


    …だけどさっき、吉公きちこうの奴は変なこと言ってやったな。


吉五郎:おう、熊兄くまにィ。


熊五郎:なんでェ?


吉五郎:昔から「七人の子はすとも女に心を許すな」ってたとえがある

    から気をつけなくちゃいけねえぜ。


熊五郎:なんて言いやがったよ、嫌なこと言いやがんな、ええ?

    棟梁とうりゅうンとこのかみさんならいざ知らず、うちのかかあに限って

    そんなことはねえな。かかあは俺にれてやんだからよ。

    そういえば言ってたっけな。


お光:ちょいとお前さん。

   あたしはね、貧乏びんぼうの苦労なんざいくらしたっていいんだよ。

   ただお前さんが変な浮気うわきをされりゃあたしは嫌だけども、

   さもなきゃ貧乏びんぼうくらいであたしは驚かないんだからね。

   一生懸命いっしょうけんめい共稼ともかせぎでやって、今に楽になろうじゃないか。


熊五郎:なんてやってな、ハハハ…。

    たたァきィ~大工だいくのォ~なんてな、ハハハ…。

    いい心持こころもちだからうちへ帰って…うん?

    なんだァ?男の声がするぞ…?


お光:あぁいいよいいよ。

   どうせいい塩梅あんばいにね、うちの人も今夜は帰らないから都合つごうがいいよ。

   ゆっくりとまっておいき。


熊五郎:!!

    ……。

    おいおいおい……やりゃあがったな、ちきしょう。


    なるほど、変な事を言うと思ったが、やっぱり友達はありがてえ

    もんだな。

    それとなく俺に知らしてくれたんだ。

    ちきしょうめ、俺がけえらねえのをさいわいに男をくわえ込みやがってッ

    、っど、どうするか見てやがれェ、こんちきしょォ…!

    …おぅ、いいとこにまきざっぽうがあるじゃねえか…。

    こいつはいてえぞォ…!


    【戸をガラリ開ける】

    ッッ!

    この野郎ォッッ!!


源次郎:うッ!!?ぁ……っ。


お光:!!?お前さん!?

   ちょいと、何するんだい!?


熊五郎:何するもクソもあるかィちきしょうめ!

    よくもてめェ亭主ていしゅのツラに泥ォりやがったな!

    間男まおとこともどもこいつでたたっ殺すから覚悟しやがれィ!


お光:何バカなこと言ってんの!ちょいとお待ちってんだげんちゃんだよ!

   棟梁とうりゅうのとこのげんちゃんだよ!よくごらんよ!


熊五郎:えッ!?

    あぁッッ!

    ぁ、ぁ、た、たしかに源坊げんぼうだ…!

    っど、どうしよう…!?


お光:いま水を持って来るから!


   さ、早く水かけて!


熊五郎:お、おう、しっかりしろっ源坊げんぼうッ。


お光:げんちゃん!しっかりおし、げんちゃん!


源次郎:………。


熊五郎:ぁ…だ、ダメか…し、死んじまった…俺が殺しちまった…!

    う、うぅ…。


お光:この人はまあ一体全体いったいぜんたい、なんだってこんなことしたんだい…!

   いったいなんだと思ったんだい。


熊五郎:っな、何だと思ったって……アレだと思ったよ…。


お光:なんだい、アレてのは?

   はっきりおいよ!

   どうしたんだよ!?


熊五郎:どうしたんだよっておめえ…昔から言うだろ。

    七人の子はす、な、すとも、お、女に心を許すなって…。


お光:それがどうしたのさ?


熊五郎:それがどうしたって、俺じゃねえ、吉公きちこうがそう言ったんだ。

    だから気を付けろって…。


お光:何を気を付けるってんだい?


熊五郎:っだから、おめえが浮気うわきしねえよう気をつけなくちゃいけねぇっ

    て…。


お光:あきれたね。きちさんもきちさんだよ。

   よくそんなバカなこと言ったもんだね!

   あたしが誰とそんな事をしたんだい!?

   はっきり名前を言ってごらんよ!


熊五郎:べ、別にだれてわけじゃねえけど、その、吉公きちこうの野郎がそう言った

    から、うちのかかあに限ってそんな事はねえって、俺ァそう言っ

    てやったんだ。


お光:それだけ承知してて、なんでこんなバカなことしたんだい!

   げんちゃんだって、そう言ったじゃないか!


熊五郎:だ、だっておめえが言う前に、俺ァもう張り倒しちまったんだ…

    ど、どうしよう…。


お光:どうしようったって、どうするんだい…!


熊五郎:どうするったって、俺にもわからねえんだよ…。

    棟梁とうりゅうのとこ行って聞こう。


お光:バカだねこの人は。

   棟梁とうりゅうのとこへ行ってどうするってんだい!

   お宅のげんちゃんを殺しちまったけどどうしましょうなんて、

   聞けるわけないじゃないか!

   それよりげんちゃんの死骸しがいをどう始末しまつつけるか

   だよ…!


熊五郎:だ、だっておめぇ…しょうがねえから、お寺に持っていきゃいい

    んじゃねえか?


お光:お寺に持ってきゃいいってお前さん、こんな変死したのをお寺で

   引き取るわけないじゃないか!

   しっかりおしよ!


熊五郎:す、すまねえ…、うっかりしてた。


お光:うっかりしてちゃしょうがないじゃないか。

   困っちまったね…。

   お前さん、悪くすると首が無くなるよ。

   首がないよ。


熊五郎:誰?俺がか!?

    ぃぃいや嫌だよ、冗談言っちゃいけねえ…!

    首が無くなりゃおめえ、歩くのに見当けんとうがつかなくなっちまう。


お光:心配するのはそこじゃないだろ!

   しょうがないから今夜、夜がけたら風呂敷ふろしきにでも包んで、

   大川おおかわあたりに流すよりしょうがないよ。

   さ、お前さん、手伝っておくれ!


熊五郎:お、おう…!


語り:こうなると、かえっておかみさんの方が度胸どきょうわってしっかりす

   るもんで、ぶるぶるおびえてる亭主ていしゅ叱咤しったして死骸しがい風呂敷ふろしきで包みま

   す。

   そこへ天秤棒てんびんぼうを通して二人でかつぐと、本所達磨横町ほんじょだるまよこちょうを出ましたのが

   昔の九つ、今で言う午前零時ころ。

   厩橋うまやばしの方へかつぎ出そうと夫婦でせっせとかつぎ歩いていると呼び止め

   る者がいます。


吉五郎:おお?誰だ?

    そこへ来たのは熊兄くまにぃじゃねえかい?


熊五郎:!!?っび、びっくりした…。

    誰かと思ったら、吉公きちこうじゃねえか…!


吉五郎:なんでェいま時分じぶん、そんなものかついで。


熊五郎:え?あ、あぁ、いや、なに、つまらねえもんだよ…。


吉五郎:なんだって、つまらねえもん?

    なんでそんなもんかついでんだい?


熊五郎:っぃ、いや、これはなんだな、あれあれ、ナニしてんだからね、

    うん、ま、ナニして、ナニしようと、ってな。


吉五郎:なんだかちっとも分からねえな?

    なんだよかついでるのは。


お光:いえね、ここんとこ長屋ながやにね、悪さをする大きな赤犬あかいぬがいるんだよ

   。今日もそれでイタズラしやがってね、うちの人が怒ってぶんなぐ

   たら、どころが悪くて死んじまったんだよ。

   そのまま明日まで置いとくと、また長屋ながやの者がうるさいからね。

   今から大川おおかわに持ってって捨てようってんで、ここまでかついできたん

   だよ。


吉五郎:犬?

    …犬じゃねえだろ、おい。

    風呂敷ふろしきから出てる足は違うじゃねえか。

    そんなものいま時分じぶんかつぎ歩いたら危ねえよ。

    誰かに見られちゃいけねえ。

    俺のうちはここだから、とりあえず入ってくんな。

    いい塩梅あんばいに俺んとこは一人もんだし、両隣りょうどなりになってる。

    さ、どういうわけか、本当のこと言ってくんねえ。

    さっきあにぃと別れたあと、俺ァ博打ばくちに手を出したんだ。

    そしたらもう負けが込んじまって、すってんてんに取られちまっ

    たんだ。

    いい仕事なら、俺も一口ひとくち乗せてもらいてえんだよ。


お光:そんなもうけ仕事なんかじゃないんだ。風呂敷ふろしきの中をごらんよ。

   棟梁とうりゅううちげんちゃんなんだよ。


吉五郎:えっ?


    あっ!!?

    げ、源坊げんぼうだ…!ええぇ…!?

    ちょ、あにぃこれどういう事だよ!なんだってこんな事をしたんだ

    !?


熊五郎:【しどろもどろに】

    なんだってこんな事したって…大体だいたいそれァおめえが悪いや。

    さっき言ってたろ。七人の子はすとも女に心を許すなって。

    それでおめえと別れたあと、うちに着いたら男の声が聞こえてくる

    んだ。

    そこへかかあが、「どうせいい塩梅あんばいにね、うちの人も今夜は帰らな

    いから都合つごうがいいよ。

    ゆっくりとまっておいき。」

    って言うから、てっきりそうだと思ってさ、ほら、いきなり後ろ

    からまきざっぽうでなぐって、殺しちまったんだ…!

    かかあにその話したら、俺ァしかられたよ。


お光:冗談じゃないよほんとに!

   きちさん、お前さんだってそうじゃないか!

   あたしがいつそんな事をねーー


吉五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    ままま、そんな怒っちゃいけねえや。

    そういうつもりで言ったんじゃねえんだ。

    世間せけんにはこういう事もあるから気をつけなくちゃいけねえって、

    世間話せけんばなしをしただけなんだ。

    に受けられちゃ、こっちも困るじゃねえか。


    ま、そんな事はともかく、これァ死骸しがいを何とか始末しまつ付けなくちゃ

    いけねえが…大川おおかわに流すてのは危ねえぜ。

    ふーむ…そうだ、こうしよう。

    丁度ちょうどいい塩梅あんばい両隣りょうどなりになってるから、俺のうちえんの下に

    めようじゃねえか。

    熊兄くまにぃも手伝ってくれ。


熊五郎:あ、あぁ、わかった。


語り:などと危ない相談事そうだんごとがまとまりまして、

   床板ゆかいたを引っぺがして穴を深く掘り、その中へ源次郎げんじろう死骸しがいめた

   のであります。


お光:うっ、うっ…げんちゃん、ごめんねぇ…堪忍かんにんしておくれよ…。


熊五郎:源坊げんぼう、すまねえ、すまねえ…成仏じょうぶつしてくれよ…っ。


吉五郎:よし…これならまず大丈夫だろ。

    それとさっき言った通り、俺ァいま一文無いちもんなしのオケラでね。

    足元あしもとを見て付け込むようですまねえけど熊兄くまにぃ、

    いくらかこさえてもらいてえんだ。


熊五郎:あ、ああ、分かったよ…。

    ちょいと時間をくれ。


語り:弱い尻尾しっぽおさえられてはどうしようもないもので、

   なけなしの家財かざいしちに入れ、いくらかのぜにをこしらえると吉五郎きちごろう

   渡します。


熊五郎:吉公きちこう…こいつでどうかひとつ、頼む。


吉五郎:すまねえ熊兄くまにぃ、恩に着るよ。

    その代わりと言っちゃあ何だけどあにぃ、この事はどんな事があっ

    ても俺ァ決して口を割らねえから、安心してくんねぇ。

    けどもし他からこいつがバレて、奉行所ぶぎょうしょからお取調とりしらべになるなん

    て事になったら、あにぃは口下手くちべただから余計よけいな事を言っちゃいけね

    え。

    その時は、わたくしは存じません。この事については弟弟子おとうとでし

    吉五郎きちごろうという者が存じておりますから、吉五郎きちごろうにおたずね願います

    と、こう言ってくんねぇ。

    そうすりゃ、俺が出て申し開きするから。

    いいかい、くれぐれも余計よけいな事を言っちゃいけねえよ。


熊五郎:わ、分かった。

    万事ばんじおめえが知ってる事にすりゃいいんだな?


お光:ありがとうね、きちさん。

   さ、お前さん、人目ひとめにつかないうちに…。


語り:これで一旦いったんことは済んだわけでございますが、「凡夫ぼんぷさかんに神祟かみたた

   無し」という例えもあるように、人間というのはのいい時はいい

   事が起こるもので、棟梁とうりゅうのおかみさんが他所よそに男をこさえてどこか

   へ逐電ちくでんしてしまいます。

   棟梁とうりゅうにしてみればせがれはいなくなるし、後妻ごさいには逃げられたというの

   でやまいわずらい、しまいにはぽっくり死んでしまった。

   後釜あとがまをどうしようてことになりまして、人間は少し抜けているが

   仕事がしっかりしているから熊五郎くまごろうにしようと、弟子一同でしいちどうの話が

   まとまりました。

   そしたら仕事はあるし、とんとん拍子びょうしに金はもうかってさあ楽になっ

   たとくると、人間てやつは悪いやまいの出てくるものでございます。

   一杯いっぱいんで若い女の子にデレついて、いい心持こころもちになってうちへ帰ら

   ない。

   そうなるとお決まりの夫婦喧嘩ふうふげんかが始まるわけで。


お光:今日という今日は勘弁かんべんならないね!

   出てけ!


熊五郎:なに言ってやんでェべらぼうめィ!

    そっちこそぐずぐず言うなら出てけ!


お光:てめえこそ出ていきやがれ!


熊五郎:ぉッ…仮にも、俺ァおっとだぞ!


お光:はん、おっとってツラかい!

   その下にどっこいを付けろってんだよ!


熊五郎:おっとどっこい…な、なに言ってやんでェ!


お光:あたしはこのうちにいるんだから、お前がさっさと出て行きな!


熊五郎:なにィ、言わせておきゃあに乗りくさって!


お光:一言ひとことあたしがや、お前の首が無くなるんだ。

   歩くのに方角が分からなくなるんだからね!


   棟梁とうりゅうのとこのげんちゃんを、お前が殺したんだーー


熊五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    お、おいッそんな事が人に聞こえたらッーー!


お光:【↑の語尾に喰い気味に】

   いいじゃないか聞こえたって!

   あたしはもっと大きな声が出るんだ!!


   お前がげんちゃん殺した!

   げんちゃん殺したのはお前だァァ!!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※注! ここから分岐ぶんきします!

喃咄流なんとつりゅうのサゲを選択する場合は、一番下の用語解説の終わりまでスクロー

ルしてください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



語り:どうも女というものは焼きもちを焼く段になりますと、

   もう何にも分からなくなる。

   無茶苦茶むちゃくちゃに大きな声で、お前がげんちゃんを殺したんだろなんて言う

   のを、の悪い事におもてを通りかかった八丁堀はっちょうぼり同心どうしん旦那方だんながたの耳に

   入ってしまいます。


お光:ほんとの事だろ!このげんちゃん殺しーーッ!


同心:む…?

   おかしな事が聞こえるぞ。

   よしかまわん、踏み込め!


   こらっそのほうら!

   神妙しんみょうにいたせ!


熊五郎:!!?えっ!?


お光:!お、お役人様!?

   丁度ちょうど良かった!

   この人が、この人がげんちゃんを殺したんです!


同心:これッ騒ぐでない!

   おとなしく番所ばんしょまで参れッ!


   【二拍】


   よし、では女の方から話を聞こう。

   申せ。


お光:実はこれこれしかじかで…。


同心:なに、すでにやまいで亡くなった大工だいく棟梁とうりゅうせがれ源次郎げんじろうをそこにおる

   亭主ていしゅ熊五郎くまごろうが、間男まおとこ間違まちがえてまきでもってなぐり殺した。

   その死骸しがいを埋めたと、そう申すか。


お光:はいッそうでございます!


同心:ふうむ、さようか。

   しからば熊五郎くまごろう、これなる女房にょうぼうのおみつの申す事に相違そういないか?


熊五郎:お役人様、あっしには身に覚えのない事でございます。

    このことにつきましては、弟弟子おとうとでし吉五郎きちごろうという者がぞんじており

    ますので、どうぞこれをお調べくだせえ。


同心:なに、その方の弟弟子おとうとでしぞんじておると?

   相分あいわかった。

   吉五郎きちごろうなる者をすぐにこれへ呼び出せ!


熊五郎:【声を落として】

    吉公きちこう…頼む…。


語り:いまだ嫉妬しっとの中にあるおみつはすらすら自白じはく

   かたや熊五郎くまごろうは知らぬぞんぜぬ、すべ弟弟子おとうとでし吉五郎きちごろうぞんじているの

   一点張いってんばり。

   いっぽう呼び出された吉五郎きちごろう、かねてこの事あると素知そしらぬ顔で

   番所ばんしょへ現れます。


吉五郎:お役人様、あっしが吉五郎きちごろうでごぜえやす。


同心:うむ。本所表町ほんじょおもてまち家主やぬし源兵衛げんべえ店子たなこ大工だいく吉五郎きちごろうとはそのほうか。

   これにおる熊五郎くまごろうとは兄弟弟子きょうだいでしよしであるが、さようか?


吉五郎:へい、おっしゃる通りにごぜえます。


同心:熊五郎くまごろうがさる12月24日、大工だいく棟梁とうりゅう政五郎まさごろうせがれ源次郎げんじろうなる

   者を殺害したに相違そういない事、女房にょうぼうみつ自白じはくによって明白めいはくである。

   しかるに熊五郎くまごろう一向いっこうに知らぬぞんぜぬと申し、この事については

   弟弟子おとうとでし吉五郎きちごろうがよくぞんじおるによってたずねてくれと申すが、

   どうじゃ?


吉五郎:へい、恐れながら申し上げます。

    これにおります兄貴、熊五郎くまごろうでございますが、決して人を殺すよ

    うなしっかりした人間ではございません。

    あれは、長屋ながやにおりましたあかという大変に悪い犬がおりまして、

    イタズラしたのを殺したというので、当人とうにんが震えて手前てまえの所へ

    相談に参りましたので。

    その死骸しがい手前てまえどものいええんの下に埋めましたのは相違そういございま

    せん。


同心:なに、犬の死骸しがいと申すか?


吉五郎:もしお疑いと思召おぼしめすなら、どうぞお調べを願わしゅうぞんじます。


同心:うむ、ではそのほう長屋ながや案内あないいたせ。


吉五郎:へい、こちらでございます。


語り:さっそく吉五郎きちごろう案内あないで彼の長屋ながやへ行きますと、床板ゆかいたをはがし、

   土を掘り返します。

   熊五郎くまごろうとおみつも顔色をなくして見守る中、出て参りましたのは

   源次郎げんじろうの骨…ではなく、吉五郎きちごろうが言った通りの犬の骨。

   あっけにとられる熊五郎くまごろうとおみつ、すました顔の吉五郎きちごろうを連れて、

   舞台は奉行所ぶぎょうしょのお白州しらすへ。


熊五郎:【声を落として】

    た、助かった…けど、なんで犬の骨が…?


奉行:事の次第しだい相分あいわかった。

   さっするところ、女房にょうぼうみつが焼きもちのあまりにあらぬ事を口走くちばしった

   に相違そういなかろう。

   しかし、かかる事をもっておかみ手数てすうわずらわすは、不届ふとどきの至りで

   ある。

   また、犬の死骸しがいたりともみだりにえんの下へめるなどというのは、

   はなはだ不届ふとどきである。

   このたびはゆるしつかわすが、以後はあいならぬ。

   よいか!


熊五郎&吉五郎&お光:ははぁーーっ。


奉行:これで調べは相済あいすんだ。

   一同のもの立ちませい!


  【二拍】


吉五郎:【声を落として】

    …熊兄くまにぃ、いい塩梅あんばいだったな。


熊五郎:ありがてえ、おめえのおかげで俺ァ命拾いのちびろいしたよ。

    おっかぁ、すまなかった。これから外で遊ぶのはひかえるよ…。


お光:あたしこそ、いくらやきもち焼いたからってあんな事…。

   お前さん、堪忍かんにんしとくれ。

   それじゃ、うちへ戻って片付けとくよ。


熊五郎:ああ、気を付けてな。

    …それにしても吉公きちこう、おかしいじゃねえか。


吉五郎:何がだい?


熊五郎:何がっておめえ、あんなこと言ってたからどうかと思ってたら、

    本当に犬の骨が出てきた。

    どうしてだ?


吉五郎:それなんだがな、俺もめた後でどうもこいつは危ねえ気がした

    から、おりを見てこっそり掘り返したんだ。

    で、本物は大川おおかわへ流して、犬の骨を代わりに埋めといたんだよ。

    「七人の子はすとも女に心を許すな」てなどうだい兄ぃ、

    よく分かったかい?


熊五郎:ああ、よぉく分かったよ。

    けど、どうも嫌な心持こころもちだ。

    どっかで気分直しに一杯やろうじゃねえか。


吉五郎:お、そうするかい?

    っとと!?

    ずいぶんでけえ尨犬むくいぬだな!?


犬:ウワンワンワンワンワンッッッ!


熊五郎:こんちきしょう、ぶち殺すぞ!


犬:へっ、人間にはされたくねえ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)



※用語解説


棟梁とうりゅう

江戸では「とうりょう」ではなく「とうりゅう」と訛るのが一般的でした


・カラスの昆布巻こぶま

かかあ天下というより恐妻家の意。かかあをカラスの「カァー・カァー」

の鳴き声に引っ掛けて、いつも巻かれているということを指す。


剣呑けんのみわす

剣突けんつくと同じ意味。

「けんのん」とも読めるが、その場合は全く意味が違ってくる。

「けんのみ」は、荒々しく叱りつけることや、語気強く人に当たること、

怒鳴ることなどを意味する。


塩梅あんばい

物事の具合、程合いのこと。


・七人の子はすとも女に心を許すな

七人もの子供を産んだとしても、女性の言うことには決して心を開いて

信用してはいけない、という意味のことわざ。


大川おおかわ

現在の隅田川下流の通称。江戸の主要な交通・物流の動脈であるとともに

、多くの名所を抱え、人々に愛され、江戸の名所絵にも多数描かれた。


本所達磨横町ほんじょだるまよこちょう

現在の墨田区吾妻橋一丁目の駒形橋寄りのあたり。

落語「文七元結」などでも登場する地名。


厩橋うまやばし

隅田川にかかる橋で、東京都道453号本郷亀戸線(春日通り)を通す。


・赤犬

某海賊王に俺はなるの話のアレではない。

特定の犬種を指す名称ではなく、赤っぽい、または赤毛の犬(岐阜県に

美濃柴犬というのが実在します)の事を赤犬という。


まきざっぽう

火にくべる「たきぎ」、「まき」の事。


間男まおとこ

不倫相手、浮気相手の男のこと。


凡夫ぼんぷさかんに神祟かみたたり無し

つまらない者でも勢いに乗っている時は、神仏のたたりもなく無事に

過ごすことができるという意味。


八丁堀はっちょうぼり

現在の東京都中央区の地名。

もともと江戸初期には多くの寺があったが、1635年に多くが浅草への

移転を命じられ、その跡地に町奉行配下の与力・同心の組屋敷が建てられ

た。


同心どうしん

江戸幕府の下級役人のひとつ。諸奉行・京都所司代・城代・大番頭・書院

番頭・火付盗賊改方などの配下で、与力の下にあって庶務・見回などの

警備に就いた。身分は足軽階級の者(士分格を持たない)が当てられた。


本所表町ほんじょおもてちょう

1669年にできた町。北本所町のうち表通りにあったため、この名称が

付いた。現在の墨田区の辺り。


白州しらす

「はくしゅう」ではない。ウイスキーでもない。

江戸時代の奉行所などで裁判が行われた場所で、裁判の象徴的な場。

白砂利が敷き詰められた庭のような空間であり、裁かれる者は平伏し、

奉行は高い位置から裁きを下した。


尨犬むくいぬ

長くふさふさした毛を持つ毛むくじゃらの犬を指す言葉。


訴人そにん

奉行所などに訴え出た人間の事。


牢名主ろうなぬし

囚人の長として牢内を取締まったもの。 各房ごとに器量のあるもの一人

を選んで任命した。


島抜しまぬ

遠島、つまり島流しされた島から逃げ出す事。

失敗すれば死罪である。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※ここから分岐、【喃咄流なんとつりゅう骨違ほねちがいサゲ】になります!


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語り:どうも女というものは焼きもちを焼く段になりますてえと、

   もう何にも分からなくなる。

   無茶苦茶むちゃくちゃに大きな声で、お前がげんちゃんを殺したんだろなんて言う

   のも、おもてへやってきていた八丁堀はっちょうぼり同心どうしんとその部下達の耳に当然、

   入るわけでございます。


お光:ほんとの事だろ!このげんちゃん殺しーーッ!


同心:ここだな。

   よしッ、踏み込め!!


   大工だいく棟梁とうりょう熊五郎くまごろう!並びにその女房にょうぼうみつ

   御用ごようである!神妙しんみょうにいたせ!!


熊五郎:えっ!?ど、どうして!?


お光:あっ、お、お役人様!?

   あの、この人が、うちの亭主ていしゅげんちゃんを殺したんです!


同心:ぞんじておる。

   そしてそのほうが、死骸しがいめる際に手を貸したこともな!


お光:!!?えっ!?ど、どうしてそれを…?


同心:そのほう亭主ていしゅ熊五郎くまごろう弟弟子おとうとでし吉五郎きちごろうとか申したな。

   そやつに対しての訴人そにんがあったのだ。

   吉五郎きちごろうの家の床下ゆかしたに、人の死骸しがいまっておるとな!


熊五郎:!ぁ…ぁ…嘘だろ…吉公きちこうも捕まって…?


お光:そ…そんな…あたしも手伝ったばかりに…?


同心:よし、小伝馬町こでんまちょうまで引っ立てィ!!


熊五郎:お、終わりだ…。


語り:かくして捕らえられた三人は、やがて日を経てお白州しらすにてお裁きを

   お奉行ぶぎょう様よりくだされることと相成あいなります。

   時代劇もので下手人げしゅにんという言葉はよく聞くかと思いますが、

   これは殺人犯限定で、しかも情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちのある場合の殺人に

   対する刑罰で、六種類の死刑のうち最も軽いものを指すのでありま

   す。

   まあ死刑に重いも軽いもないとは思いますが。


熊五郎:【声を落として】

    吉公きちこう…すまねえ、巻き込んじまって…。


吉五郎:【声を落として】

    あぁあ、ちきしょう、とんだりを食っちまったぜ…!


お光:うっ、ううう……!


熊五郎:おみつ、あの時俺が自首じしゅしてればおめえは何のおとがめも

    ねえはずだったのに…すまねえ。

    俺は間違まちがいなく死罪だが、おめえはまぬがれるだろう。

    せめて俺のぶんまで生きてくれ…。


奉行:裁きを申し渡す!

   大工棟梁だいくとうりょう熊五郎くまごろう先代棟梁せんだいとうりょうせがれ源次郎げんじろうを誤って殺害したとは

   いえ、その死骸しがいを隠し、さら自首じしゅせざる罪は極めて重い!

   よって打ち首といたす!


熊五郎:は、ははーっ………。


奉行:熊五郎くまごろう女房にょうぼうみつ、並びに弟弟子おとうとでし吉五郎きちごろう

   そのほうらは熊五郎くまごろう源次郎げんじろうを殺せしおり自首じしゅすすめずその死骸しがい

   隠す手伝いをした事、不届ふとど至極しごく

   よって八丈島はちじょうじま遠島えんとうを申し渡す!


吉五郎&お光:ははーーっ……。


奉行:これにて裁きはんだ!

   一同いちどう、引っ立てィ!!


熊五郎:悪い事は、できねえもんだな……。


語り:かくして熊五郎くまごろうは打ち首となり、唯一ゆいいつの身寄りであるおみつ遠島えんとう

   なった為、引き取る者もなく寺へと埋葬まいそう相成あいなります

   。

   かたや遠島えんとうとなった二人は、出立しゅったつの日まで牢内ろうないで過ごすわけですが

   、運悪く性悪しょうわる牢名主ろうなぬしに当たってしまいます。


吉五郎:【つぶやく】

    ち、ちきしょうめ…文無もんなしの時に捕まっちまったから、ツルが

    ねえ…!


牢名主:てめえも運のねえ野郎だ。

    命のかねヅル、ぜにがねえってんならしょうがねえ。

    おう野郎ども、ちょいとキメいた可愛かわいがってやんな。


吉五郎:ッち、ちきしょう、何しやがるッ!


牢名主:遠島えんとうと言やあ島抜しまぬけは死罪しざい、つまり死ぬまでそこにいなきゃなら

    ねえ、いわゆる「死地しち」に入るってやつだ!

    ならたとえここでぶち殺されても、あまり変わらねえよなあ?


吉五郎:どうせ入れるなら「しち」に入れてくれ。

    ぜにがありゃあ受け出せる。




終劇






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