落語声劇「骨違い」
落語声劇「骨違い」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:最低4名
(0:0:4)
(4:0:0)
(3:1:0)
(2:2:0)
(1:3:0)
(0:4:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
熊五郎:大工の棟梁のもとで働いている。
素行はあまり良くないものの、腕はいい。
お光:熊五郎の妻。
夫婦二人三脚で頑張っていたが、ある晩、大工の棟梁の息子の
源次郎を一晩泊めてやろうとした事で運命が変わっていく。
吉五郎:熊五郎の弟弟子。
博打に興じて文無しになるあたり、熊五郎よりも素行が良くない
。
源次郎:大工の棟梁の先妻の息子。
後妻のいじめをよく堪えてたが、ある晩とうとう耐えかねて
お光のところで一晩、難を避けようとするが…。
継母:大工の棟梁の後妻。
源次郎に何かとつらく当たる。
同心:熊五郎とお光が言い合いしているところへ通りかかるが、その中で
容易ならない一言を聞いたために二人を捕らえる。
奉行:南町か北町か、どっちか分からないがお奉行様。
犬:なぜか人語を喋る犬。
牢名主:吉五郎が入れられた牢のまとめ役。
かなり性悪。
亭主:小噺(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。
熊五郎兼ね役。
妻:小噺(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。
お光・継母・お袋と兼ね役。
お袋:小噺(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。
お光・継母、妻と兼ね役。
金坊:小噺(ここでは声劇で言う劇中劇)に登場します。
吉五郎と兼ね役。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
◎元々のサゲ版(圓生師匠版)
熊五郎・亭主:
吉五郎・金坊:
お光・継母・お袋・妻:
源次郎・同心・奉行・犬・語り:
◎喃咄流サゲ版
熊五郎・亭主:
吉五郎・金坊:
お光・継母・お袋・妻:
源次郎・同心・奉行・牢名主・語り:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:昔からこう、流行り言葉なんというのは色々ございますが、
ある一時、「ぶち殺す」という言葉が流行ったことがありました。
まぁあまりいい言葉ではないんですが、これは質屋さんへ行きまして
品物を質に入れてお金に換えてくる、これを品物を殺すと言うんで
「ぶち殺す」と、こう言うようになったんですな。
妻:何をぼんやりつっ立ってんだい!
こっちへ入ったらいいじゃないか!
また取られちまったんだろ!
ぼーっとしてさ、バカ。
しっかりおしよホントに…このオケラっ。
亭主:なんでェ亭主をつかまえて、オケラってことがあるかい。
なに言ってやんでェ。
取られに行こうと思って取られる奴がいるか。
こちとら儲けようと思って取られちまったんだからよ。
これから芽が出ようって時に銭が尽きちまったんだ。
いくらか銭があったら出せ。
妻:なんだって!?
よく聞こえないよ!
亭主:いくらか銭があるだろってんだよ!
妻:呆れたねこの人は…。
あるわけがないじゃないか!
商いもしないで博打ばっかり打ってやがって、そのたびに取られて
きやがってさ!
銭なんかありゃしないよ!
亭主:無きゃしょうがねえ。
おめえの着てるもの全部脱ぎな。
妻:あたしの着物脱がしてどうしようってんだい!
亭主:質屋へ持ってってぶち殺すんだよ。
妻:いつ受け出してくれるってんだい?
亭主:チッ…~~いいよ、いらねえ!
こっちはこれから勝負しようってんじゃねえか。
なのにいつ受け出してくれるなんて、そんな言いぐさがあるかィ
!いいよいいよ、いらねェッ!
!おう、おふくろ!おい!
お袋:おや、帰ってきてたのかい…?
亭主:ぁ~、年寄りの者を剥ぐなんてのも気の毒だが…
すまねェおふくろ、その着てるどてらをちょいと脱いで、俺に
貸してもらいてえんだ。
お袋:人のどてらを剥いで何しようってんだい…?
亭主:何をするって、質屋へ持ってってぶち殺すんだよ。
お袋:いつ受け出しておくれかね?
亭主:~~~ッいいよ!いいよいらねェ!
なに言ってやんでェ、嫁姑で徒党くんでやがらァ。
冗談じゃねえや…。
!おう金坊!金坊!
金坊:おとっつぁん、どうしたの?
亭主:ちょいとこっちへ来い。
…ほぉ、いい羽織をしてるじゃねえか。
金坊:これね、ばあちゃんにこさえてもらったんだ!
亭主:お袋に?
そうかそうか、いい羽織だな。
いい子だからちょいとその羽織脱いでな、
おとっつぁんに貸してくれ。
金坊:え…どうするの?
亭主:質屋へ行って、ぶち殺すんだよ。
金坊:いつ受け出してくれるの?
亭主:こんちきしょう!
ガキまで一緒になりやがっていつ受け出す…って!
じゃもういぃいぃ!いいや…ッ!?っとっととッ…!!
犬:ウワンワンワンワンワンッッッ!
亭主:このクソ犬!入口でのんきに寝てんじゃねえ!
尻尾踏んじまったろうがこんちくしょうめ!
ぶち殺すぞ!!
犬:あ?いつ受け出してくれんのや?
亭主:しゃ、喋った!!?
語り:このように物騒な言葉が実は他愛のない内容を指して使われるなん
という事は、結構ある話でございます。
ある若者が旅の道中で日が暮れて、老夫婦の家に宿をとった。
床に入った後、老夫婦が「あの若者、半殺しか手打ちかどちらが
いいかね」「まだ若いから半殺しで良いじゃろう」と言うのを
聞いて慌てて逃げ出すというのがあるんですが、実はこの老夫婦
、若者に翌朝ふるまう食事に手打ちそばを出そうと話をしていたの
であり、若者は斬殺の意味にも取れる手打ちと勘違いして逃げた、
というわけであります。
またあんこの粒あんの事を「半殺し」、こしあんの事を「皆殺し」
と、非常に物騒極まりない呼び方をするんですが、
この半殺しという言い方は、実は日本全国各地で用いられているん
だそうで。
意外と日本人てものは物騒なんですな。
あんこの他に、おはぎや牡丹餅の米のすりつぶし具合によっても、
また、きりたんぽの製造工程としても「はんごろし」と呼ばれるん
だとか。
ところが言葉や出来事に関わらず、意味や解釈を取り違えてしまい
ますと、その一寸先は業の深い闇のようでございまして。
お光:おや、何をしてんだい源ちゃん。
源次郎:いま綻びを縫ってるんだ。
お光:綻び?そんなものがあったらおばさんのとこへ持っておいでよ。
源次郎:いいんだよ、このぐらい慣れたからね。
少し上手くなったからやってるんだよ。
お光:哀れだね…男の子が綻びを縫ってるだなんて…。
おっかさんは何をしてるんだい。
源次郎:奥でごろ寝してる。
お光:呆れたね…。
棟梁だってそうだよ。少しはしっかりしなきゃいけないよ。
まるっきりかみさんに巻かれちまってんだからね。
カラスの昆布巻きでカカア巻かれってんだよ。
源次郎:おとっつぁんは、仲良くしろって…。
お光:はぁ、情けないもんだね。
死んだおっかさんはいい人だったね。
あたし達も本当にお世話になった事は忘れないよ。
…源ちゃんもね、おっかさんの事を思い出して、さぞ悔しい事もあ
るだろうね。
源次郎:…おばさん、そんなこと言わないでおくれよ。
おいら、もう諦めてんだ…。
だけどもね、知れきった無理を言われたりなんかするとね、
本当に悔しい事があるよ…。
お光:お泣きでないよ。しっかりおし。
源ちゃんだって、もう今年で十七になったんだろ?
男が十七にもなって、めそめそ泣いているもんじゃないよ!
あんまり大人しすぎるから足元を見られるんだ。
おっかさんが少しでも何か言ったら、剣呑でも喰わしておやりよ。
源次郎:…なんだか、おだてられてんだか、宥められてんだか、
わけがわからないや…ッ!?
継母:なんだいこんちきしょう!
また始めやがったね!?
人が針が持てないと思って、面当てにそんなもの縫いやがって!
こっちは穴ァ縫えないったって女だ。持ってくりゃ何とかしてやる
ってんだよ!
なんだい、男のくせに綻びなんぞ縫いやがって!
いまいましい事しやがるよ!
こんな意地の悪いガキなんざ、ありゃしないよッ!!
源次郎:あッ!!?
な、何をするんだ!
自分の綻びを自分で縫って何が悪いんだ!
継母:何ィ!?なにを言いやがるこのガキッ!
もう一発もらいたいのかい!?
源次郎:ぅぅッ!
お光:おかみさんっ!ままま、おかみさんお待ちなさい!
源ちゃんもね、親に口答えをするもんじゃないよ。
おっかさんがなんとでもしてやるってんだから、お願いした方がい
いよ、ね?
縫えなかったら糊付けぐらいにはしてくれるだろうから。
そうだ源ちゃん、家へおいで!
源次郎:う、うん…。
【二拍】
お光:本当にいまいましいね…!
ひどいことをするじゃないか。男の子の顔を長キセルで打つなんて
さ。
ちょいと手をどかしてごらん。
あぁ、可哀想に…紫色になってるよ。痛いだろ?
薬を付けてあげようか?
源次郎:…いいよ、そんなに痛かない。大丈夫だよ。
だけどおとっつぁん、今夜はお屋敷へ行って帰らないと思うんだ
。
家へ帰りゃまたいじめられるから、なんとかおばさんのとこへ
泊めておくれ。
お光:あぁいいよいいよ。
どうせいい塩梅にね、家の人も今夜は帰らないから都合がいいよ。
ゆっくり泊っておいき。
源次郎:お世話になります、おばさん。
お光:いいから気にしないで、こっち来てお座り。
語り:事の行き違いてものは、ほんの些細なことから起こりますもので、
ちょっとしたいたずら心や小さな親切のつもりが、とんだ展開に
至るわけです。
それは、今日は帰らないと言っていたはずの人間が帰って来る事で
も引き起こされますようで。
熊五郎:うぅ~~いっ、あぁありがてぇありがてぇ。
良い心持ちだぁ、へへ。
帰りがけに冷やでキューーっと一杯やったやつが効いてきやがっ
たァ、ははは。
今夜は帰らねえって言ったのに帰ったら、かかあの奴はびっくり
しやがんだろうなァ。
「あら、お前さん帰って来てくれたのかい?」なんてなあ。
…だけどさっき、吉公の奴は変なこと言ってやったな。
吉五郎:おう、熊兄ィ。
熊五郎:なんでェ?
吉五郎:昔から「七人の子は生すとも女に心を許すな」って例えがある
から気をつけなくちゃいけねえぜ。
熊五郎:なんて言いやがったよ、嫌なこと言いやがんな、ええ?
棟梁ンとこのかみさんならいざ知らず、うちのかかあに限って
そんなことはねえな。かかあは俺に惚れてやんだからよ。
そういえば言ってたっけな。
お光:ちょいとお前さん。
あたしはね、貧乏の苦労なんざいくらしたっていいんだよ。
ただお前さんが変な浮気をされりゃあたしは嫌だけども、
さもなきゃ貧乏くらいであたしは驚かないんだからね。
一生懸命に共稼ぎでやって、今に楽になろうじゃないか。
熊五郎:なんてやってな、ハハハ…。
叩ァきィ~大工のォ~なんてな、ハハハ…。
いい心持ちだから家へ帰って…うん?
なんだァ?男の声がするぞ…?
お光:あぁいいよいいよ。
どうせいい塩梅にね、家の人も今夜は帰らないから都合がいいよ。
ゆっくり泊っておいき。
熊五郎:!!
……。
おいおいおい……やりゃあがったな、ちきしょう。
なるほど、変な事を言うと思ったが、やっぱり友達はありがてえ
もんだな。
それとなく俺に知らしてくれたんだ。
ちきしょうめ、俺が帰らねえのを幸いに男を咥え込みやがってッ
、っど、どうするか見てやがれェ、こんちきしょォ…!
…おぅ、いいとこに薪ざっぽうがあるじゃねえか…。
こいつは痛えぞォ…!
【戸をガラリ開ける】
ッッ!
この野郎ォッッ!!
源次郎:うッ!!?ぁ……っ。
お光:!!?お前さん!?
ちょいと、何するんだい!?
熊五郎:何するもクソもあるかィちきしょうめ!
よくもてめェ亭主のツラに泥ォ塗りやがったな!
間男ともどもこいつで叩っ殺すから覚悟しやがれィ!
お光:何バカなこと言ってんの!ちょいとお待ちってんだ源ちゃんだよ!
棟梁のとこの源ちゃんだよ!よくごらんよ!
熊五郎:えッ!?
あぁッッ!
ぁ、ぁ、た、たしかに源坊だ…!
っど、どうしよう…!?
お光:いま水を持って来るから!
さ、早く水かけて!
熊五郎:お、おう、しっかりしろっ源坊ッ。
お光:源ちゃん!しっかりおし、源ちゃん!
源次郎:………。
熊五郎:ぁ…だ、ダメか…し、死んじまった…俺が殺しちまった…!
う、うぅ…。
お光:この人はまあ一体全体、なんだってこんなことしたんだい…!
いったいなんだと思ったんだい。
熊五郎:っな、何だと思ったって……アレだと思ったよ…。
お光:なんだい、アレてのは?
はっきりお言いよ!
どうしたんだよ!?
熊五郎:どうしたんだよっておめえ…昔から言うだろ。
七人の子は生す、な、為すとも、お、女に心を許すなって…。
お光:それがどうしたのさ?
熊五郎:それがどうしたって、俺じゃねえ、吉公がそう言ったんだ。
だから気を付けろって…。
お光:何を気を付けるってんだい?
熊五郎:っだから、おめえが浮気しねえよう気をつけなくちゃいけねぇっ
て…。
お光:呆れたね。吉さんも吉さんだよ。
よくそんなバカなこと言ったもんだね!
あたしが誰とそんな事をしたんだい!?
はっきり名前を言ってごらんよ!
熊五郎:べ、別に誰てわけじゃねえけど、その、吉公の野郎がそう言った
から、うちのかかあに限ってそんな事はねえって、俺ァそう言っ
てやったんだ。
お光:それだけ承知してて、なんでこんなバカなことしたんだい!
源ちゃんだって、そう言ったじゃないか!
熊五郎:だ、だっておめえが言う前に、俺ァもう張り倒しちまったんだ…
ど、どうしよう…。
お光:どうしようったって、どうするんだい…!
熊五郎:どうするったって、俺にもわからねえんだよ…。
棟梁のとこ行って聞こう。
お光:バカだねこの人は。
棟梁のとこへ行ってどうするってんだい!
お宅の源ちゃんを殺しちまったけどどうしましょうなんて、
聞けるわけないじゃないか!
それより源ちゃんの死骸をどう始末つけるか
だよ…!
熊五郎:だ、だっておめぇ…しょうがねえから、お寺に持っていきゃいい
んじゃねえか?
お光:お寺に持ってきゃいいってお前さん、こんな変死したのをお寺で
引き取るわけないじゃないか!
しっかりおしよ!
熊五郎:す、すまねえ…、うっかりしてた。
お光:うっかりしてちゃしょうがないじゃないか。
困っちまったね…。
お前さん、悪くすると首が無くなるよ。
首がないよ。
熊五郎:誰?俺がか!?
ぃぃいや嫌だよ、冗談言っちゃいけねえ…!
首が無くなりゃおめえ、歩くのに見当がつかなくなっちまう。
お光:心配するのはそこじゃないだろ!
しょうがないから今夜、夜が更けたら風呂敷にでも包んで、
大川あたりに流すよりしょうがないよ。
さ、お前さん、手伝っておくれ!
熊五郎:お、おう…!
語り:こうなると、かえっておかみさんの方が度胸が据わってしっかりす
るもんで、ぶるぶる怯えてる亭主を叱咤して死骸を風呂敷で包みま
す。
そこへ天秤棒を通して二人で担ぐと、本所達磨横町を出ましたのが
昔の九つ、今で言う午前零時ころ。
厩橋の方へ担ぎ出そうと夫婦でせっせと担ぎ歩いていると呼び止め
る者がいます。
吉五郎:おお?誰だ?
そこへ来たのは熊兄ぃじゃねえかい?
熊五郎:!!?っび、びっくりした…。
誰かと思ったら、吉公じゃねえか…!
吉五郎:なんでェいま時分、そんな物担いで。
熊五郎:え?あ、あぁ、いや、なに、つまらねえもんだよ…。
吉五郎:なんだって、つまらねえもん?
なんでそんなもん担いでんだい?
熊五郎:っぃ、いや、これはなんだな、あれあれ、ナニしてんだからね、
うん、ま、ナニして、ナニしようと、ってな。
吉五郎:なんだかちっとも分からねえな?
なんだよ担いでるのは。
お光:いえね、ここんとこ長屋にね、悪さをする大きな赤犬がいるんだよ
。今日もそれでイタズラしやがってね、うちの人が怒ってぶん殴っ
たら、打ち所が悪くて死んじまったんだよ。
そのまま明日まで置いとくと、また長屋の者がうるさいからね。
今から大川に持ってって捨てようってんで、ここまで担いできたん
だよ。
吉五郎:犬?
…犬じゃねえだろ、おい。
風呂敷から出てる足は違うじゃねえか。
そんなものいま時分担ぎ歩いたら危ねえよ。
誰かに見られちゃいけねえ。
俺の家はここだから、とりあえず入ってくんな。
いい塩梅に俺んとこは一人もんだし、両隣は空き家になってる。
さ、どういうわけか、本当のこと言ってくんねえ。
さっき兄ぃと別れたあと、俺ァ博打に手を出したんだ。
そしたらもう負けが込んじまって、すってんてんに取られちまっ
たんだ。
いい仕事なら、俺も一口乗せてもらいてえんだよ。
お光:そんな儲け仕事なんかじゃないんだ。風呂敷の中をごらんよ。
棟梁の家の源ちゃんなんだよ。
吉五郎:えっ?
あっ!!?
げ、源坊だ…!ええぇ…!?
ちょ、兄ぃこれどういう事だよ!なんだってこんな事をしたんだ
!?
熊五郎:【しどろもどろに】
なんだってこんな事したって…大体それァおめえが悪いや。
さっき言ってたろ。七人の子は生すとも女に心を許すなって。
それでおめえと別れたあと、家に着いたら男の声が聞こえてくる
んだ。
そこへかかあが、「どうせいい塩梅にね、家の人も今夜は帰らな
いから都合がいいよ。
ゆっくり泊っておいき。」
って言うから、てっきりそうだと思ってさ、ほら、いきなり後ろ
から薪ざっぽうで殴って、殺しちまったんだ…!
かかあにその話したら、俺ァ叱られたよ。
お光:冗談じゃないよほんとに!
吉さん、お前さんだってそうじゃないか!
あたしがいつそんな事をねーー
吉五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
ままま、そんな怒っちゃいけねえや。
そういうつもりで言ったんじゃねえんだ。
世間にはこういう事もあるから気をつけなくちゃいけねえって、
世間話をしただけなんだ。
真に受けられちゃ、こっちも困るじゃねえか。
ま、そんな事はともかく、これァ死骸を何とか始末付けなくちゃ
いけねえが…大川に流すてのは危ねえぜ。
ふーむ…そうだ、こうしよう。
丁度いい塩梅に両隣は空き家になってるから、俺の家の縁の下に
埋めようじゃねえか。
熊兄ぃも手伝ってくれ。
熊五郎:あ、あぁ、わかった。
語り:などと危ない相談事がまとまりまして、
床板を引っぺがして穴を深く掘り、その中へ源次郎の死骸を埋めた
のであります。
お光:うっ、うっ…源ちゃん、ごめんねぇ…堪忍しておくれよ…。
熊五郎:源坊、すまねえ、すまねえ…成仏してくれよ…っ。
吉五郎:よし…これならまず大丈夫だろ。
それとさっき言った通り、俺ァいま一文無しのオケラでね。
足元を見て付け込むようですまねえけど熊兄ぃ、
いくらかこさえてもらいてえんだ。
熊五郎:あ、ああ、分かったよ…。
ちょいと時間をくれ。
語り:弱い尻尾を抑えられてはどうしようもないもので、
なけなしの家財を質に入れ、いくらかの銭をこしらえると吉五郎へ
渡します。
熊五郎:吉公…こいつでどうかひとつ、頼む。
吉五郎:すまねえ熊兄ぃ、恩に着るよ。
その代わりと言っちゃあ何だけど兄ぃ、この事はどんな事があっ
ても俺ァ決して口を割らねえから、安心してくんねぇ。
けどもし他からこいつがバレて、奉行所からお取調べになるなん
て事になったら、兄ぃは口下手だから余計な事を言っちゃいけね
え。
その時は、わたくしは存じません。この事については弟弟子の
吉五郎という者が存じておりますから、吉五郎にお訊ね願います
と、こう言ってくんねぇ。
そうすりゃ、俺が出て申し開きするから。
いいかい、くれぐれも余計な事を言っちゃいけねえよ。
熊五郎:わ、分かった。
万事おめえが知ってる事にすりゃいいんだな?
お光:ありがとうね、吉さん。
さ、お前さん、人目につかないうちに…。
語り:これで一旦ことは済んだわけでございますが、「凡夫盛んに神祟り
無し」という例えもあるように、人間というのは間のいい時はいい
事が起こるもので、棟梁のおかみさんが他所に男をこさえてどこか
へ逐電してしまいます。
棟梁にしてみれば倅はいなくなるし、後妻には逃げられたというの
で病を患い、しまいにはぽっくり死んでしまった。
後釜をどうしようてことになりまして、人間は少し抜けているが
仕事がしっかりしているから熊五郎にしようと、弟子一同の話が
まとまりました。
そしたら仕事はあるし、とんとん拍子に金は儲かってさあ楽になっ
たとくると、人間てやつは悪い病の出てくるものでございます。
一杯呑んで若い女の子にデレついて、いい心持ちになって家へ帰ら
ない。
そうなるとお決まりの夫婦喧嘩が始まるわけで。
お光:今日という今日は勘弁ならないね!
出てけ!
熊五郎:なに言ってやんでェべらぼうめィ!
そっちこそぐずぐず言うなら出てけ!
お光:てめえこそ出ていきやがれ!
熊五郎:ぉッ…仮にも、俺ァ夫だぞ!
お光:はん、夫ってツラかい!
その下にどっこいを付けろってんだよ!
熊五郎:おっとどっこい…な、なに言ってやんでェ!
お光:あたしはこの家にいるんだから、お前がさっさと出て行きな!
熊五郎:なにィ、言わせておきゃあ図に乗りくさって!
お光:一言あたしが言や、お前の首が無くなるんだ。
歩くのに方角が分からなくなるんだからね!
棟梁のとこの源ちゃんを、お前が殺したんだーー
熊五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
お、おいッそんな事が人に聞こえたらッーー!
お光:【↑の語尾に喰い気味に】
いいじゃないか聞こえたって!
あたしはもっと大きな声が出るんだ!!
お前が源ちゃん殺した!
源ちゃん殺したのはお前だァァ!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※注! ここから分岐します!
喃咄流のサゲを選択する場合は、一番下の用語解説の終わりまでスクロー
ルしてください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
語り:どうも女というものは焼きもちを焼く段になりますと、
もう何にも分からなくなる。
無茶苦茶に大きな声で、お前が源ちゃんを殺したんだろなんて言う
のを、間の悪い事に表を通りかかった八丁堀の同心の旦那方の耳に
入ってしまいます。
お光:ほんとの事だろ!この源ちゃん殺しーーッ!
同心:む…?
おかしな事が聞こえるぞ。
よし構わん、踏み込め!
こらっその方ら!
神妙にいたせ!
熊五郎:!!?えっ!?
お光:!お、お役人様!?
丁度良かった!
この人が、この人が源ちゃんを殺したんです!
同心:これッ騒ぐでない!
おとなしく番所まで参れッ!
【二拍】
よし、では女の方から話を聞こう。
申せ。
お光:実はこれこれしかじかで…。
同心:なに、すでに病で亡くなった大工の棟梁の倅、源次郎をそこにおる
亭主の熊五郎が、間男と間違えて薪でもって殴り殺した。
その死骸を埋めたと、そう申すか。
お光:はいッそうでございます!
同心:ふうむ、さようか。
しからば熊五郎、これなる女房のお光の申す事に相違ないか?
熊五郎:お役人様、あっしには身に覚えのない事でございます。
このことにつきましては、弟弟子の吉五郎という者が存じており
ますので、どうぞこれをお調べくだせえ。
同心:なに、その方の弟弟子が存じておると?
相分かった。
吉五郎なる者をすぐにこれへ呼び出せ!
熊五郎:【声を落として】
吉公…頼む…。
語り:いまだ嫉妬の中にあるお光はすらすら自白、
かたや熊五郎は知らぬ存ぜぬ、全て弟弟子吉五郎が存じているの
一点張り。
いっぽう呼び出された吉五郎、かねてこの事あると素知らぬ顔で
番所へ現れます。
吉五郎:お役人様、あっしが吉五郎でごぜえやす。
同心:うむ。本所表町、家主源兵衛店子、大工の吉五郎とはその方か。
これにおる熊五郎とは兄弟弟子の由であるが、さようか?
吉五郎:へい、おっしゃる通りにごぜえます。
同心:熊五郎がさる12月24日、大工の棟梁政五郎の倅、源次郎なる
者を殺害したに相違ない事、女房お光の自白によって明白である。
しかるに熊五郎は一向に知らぬ存ぜぬと申し、この事については
弟弟子の吉五郎がよく存じおるによって訊ねてくれと申すが、
どうじゃ?
吉五郎:へい、恐れながら申し上げます。
これにおります兄貴、熊五郎でございますが、決して人を殺すよ
うなしっかりした人間ではございません。
あれは、長屋におりました赤という大変に悪い犬がおりまして、
イタズラしたのを殺したというので、当人が震えて手前の所へ
相談に参りましたので。
その死骸を手前どもの家の縁の下に埋めましたのは相違ございま
せん。
同心:なに、犬の死骸と申すか?
吉五郎:もしお疑いと思召すなら、どうぞお調べを願わしゅう存じます。
同心:うむ、ではその方の長屋へ案内いたせ。
吉五郎:へい、こちらでございます。
語り:さっそく吉五郎の案内で彼の長屋へ行きますと、床板をはがし、
土を掘り返します。
熊五郎とお光も顔色をなくして見守る中、出て参りましたのは
源次郎の骨…ではなく、吉五郎が言った通りの犬の骨。
あっけにとられる熊五郎とお光、すました顔の吉五郎を連れて、
舞台は奉行所のお白州へ。
熊五郎:【声を落として】
た、助かった…けど、なんで犬の骨が…?
奉行:事の次第は相分かった。
察するところ、女房お光が焼きもちのあまりにあらぬ事を口走った
に相違なかろう。
しかし、かかる事をもってお上の手数を煩わすは、不届きの至りで
ある。
また、犬の死骸たりともみだりに縁の下へ埋めるなどというのは、
はなはだ不届きである。
このたびは差し許しつかわすが、以後は相ならぬ。
よいか!
熊五郎&吉五郎&お光:ははぁーーっ。
奉行:これで調べは相済んだ。
一同の者立ちませい!
【二拍】
吉五郎:【声を落として】
…熊兄ぃ、いい塩梅だったな。
熊五郎:ありがてえ、おめえのおかげで俺ァ命拾いしたよ。
おっかぁ、すまなかった。これから外で遊ぶのは控えるよ…。
お光:あたしこそ、いくらやきもち焼いたからってあんな事…。
お前さん、堪忍しとくれ。
それじゃ、家へ戻って片付けとくよ。
熊五郎:ああ、気を付けてな。
…それにしても吉公、おかしいじゃねえか。
吉五郎:何がだい?
熊五郎:何がっておめえ、あんなこと言ってたからどうかと思ってたら、
本当に犬の骨が出てきた。
どうしてだ?
吉五郎:それなんだがな、俺も埋めた後でどうもこいつは危ねえ気がした
から、折を見てこっそり掘り返したんだ。
で、本物は大川へ流して、犬の骨を代わりに埋めといたんだよ。
「七人の子は生すとも女に心を許すな」てなどうだい兄ぃ、
よく分かったかい?
熊五郎:ああ、よぉく分かったよ。
けど、どうも嫌な心持ちだ。
どっかで気分直しに一杯やろうじゃねえか。
吉五郎:お、そうするかい?
っとと!?
ずいぶんでけえ尨犬だな!?
犬:ウワンワンワンワンワンッッッ!
熊五郎:こんちきしょう、ぶち殺すぞ!
犬:へっ、人間にはされたくねえ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭圓生(六代目)
※用語解説
・棟梁
江戸では「とうりょう」ではなく「とうりゅう」と訛るのが一般的でした
。
・カラスの昆布巻き
かかあ天下というより恐妻家の意。かかあをカラスの「カァー・カァー」
の鳴き声に引っ掛けて、いつも巻かれているということを指す。
・剣呑を喰わす
剣突と同じ意味。
「けんのん」とも読めるが、その場合は全く意味が違ってくる。
「けんのみ」は、荒々しく叱りつけることや、語気強く人に当たること、
怒鳴ることなどを意味する。
・塩梅
物事の具合、程合いのこと。
・七人の子は生すとも女に心を許すな
七人もの子供を産んだとしても、女性の言うことには決して心を開いて
信用してはいけない、という意味のことわざ。
・大川
現在の隅田川下流の通称。江戸の主要な交通・物流の動脈であるとともに
、多くの名所を抱え、人々に愛され、江戸の名所絵にも多数描かれた。
・本所達磨横町
現在の墨田区吾妻橋一丁目の駒形橋寄りのあたり。
落語「文七元結」などでも登場する地名。
・厩橋
隅田川にかかる橋で、東京都道453号本郷亀戸線(春日通り)を通す。
・赤犬
某海賊王に俺はなるの話のアレではない。
特定の犬種を指す名称ではなく、赤っぽい、または赤毛の犬(岐阜県に
美濃柴犬というのが実在します)の事を赤犬という。
・薪ざっぽう
火にくべる「たきぎ」、「まき」の事。
・間男
不倫相手、浮気相手の男のこと。
・凡夫盛んに神祟り無し
つまらない者でも勢いに乗っている時は、神仏のたたりもなく無事に
過ごすことができるという意味。
・八丁堀
現在の東京都中央区の地名。
もともと江戸初期には多くの寺があったが、1635年に多くが浅草への
移転を命じられ、その跡地に町奉行配下の与力・同心の組屋敷が建てられ
た。
・同心
江戸幕府の下級役人のひとつ。諸奉行・京都所司代・城代・大番頭・書院
番頭・火付盗賊改方などの配下で、与力の下にあって庶務・見回などの
警備に就いた。身分は足軽階級の者(士分格を持たない)が当てられた。
・本所表町
1669年にできた町。北本所町のうち表通りにあったため、この名称が
付いた。現在の墨田区の辺り。
・白州
「はくしゅう」ではない。ウイスキーでもない。
江戸時代の奉行所などで裁判が行われた場所で、裁判の象徴的な場。
白砂利が敷き詰められた庭のような空間であり、裁かれる者は平伏し、
奉行は高い位置から裁きを下した。
・尨犬
長くふさふさした毛を持つ毛むくじゃらの犬を指す言葉。
・訴人
奉行所などに訴え出た人間の事。
・牢名主
囚人の長として牢内を取締まったもの。 各房ごとに器量のあるもの一人
を選んで任命した。
・島抜け
遠島、つまり島流しされた島から逃げ出す事。
失敗すれば死罪である。
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※ここから分岐、【喃咄流・骨違いサゲ】になります!
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語り:どうも女というものは焼きもちを焼く段になりますてえと、
もう何にも分からなくなる。
無茶苦茶に大きな声で、お前が源ちゃんを殺したんだろなんて言う
のも、表へやってきていた八丁堀の同心とその部下達の耳に当然、
入るわけでございます。
お光:ほんとの事だろ!この源ちゃん殺しーーッ!
同心:ここだな。
よしッ、踏み込め!!
大工棟梁熊五郎!並びにその女房お光!
御用である!神妙にいたせ!!
熊五郎:えっ!?ど、どうして!?
お光:あっ、お、お役人様!?
あの、この人が、うちの亭主が源ちゃんを殺したんです!
同心:存じておる。
そしてその方が、死骸を埋める際に手を貸したこともな!
お光:!!?えっ!?ど、どうしてそれを…?
同心:その方の亭主、熊五郎の弟弟子の吉五郎とか申したな。
そ奴に対しての訴人があったのだ。
吉五郎の家の床下に、人の死骸が埋まっておるとな!
熊五郎:!ぁ…ぁ…嘘だろ…吉公も捕まって…?
お光:そ…そんな…あたしも手伝ったばかりに…?
同心:よし、小伝馬町まで引っ立てィ!!
熊五郎:お、終わりだ…。
語り:かくして捕らえられた三人は、やがて日を経てお白州にてお裁きを
お奉行様より下されることと相成ります。
時代劇もので下手人という言葉はよく聞くかと思いますが、
これは殺人犯限定で、しかも情状酌量の余地のある場合の殺人に
対する刑罰で、六種類の死刑のうち最も軽いものを指すのでありま
す。
まあ死刑に重いも軽いもないとは思いますが。
熊五郎:【声を落として】
吉公…すまねえ、巻き込んじまって…。
吉五郎:【声を落として】
あぁあ、ちきしょう、とんだ割りを食っちまったぜ…!
お光:うっ、ううう……!
熊五郎:お光、あの時俺が自首してればおめえは何のお咎めも
ねえはずだったのに…すまねえ。
俺は間違いなく死罪だが、おめえは免れるだろう。
せめて俺のぶんまで生きてくれ…。
奉行:裁きを申し渡す!
大工棟梁、熊五郎は先代棟梁の倅・源次郎を誤って殺害したとは
いえ、その死骸を隠し、更に自首せざる罪は極めて重い!
よって打ち首と致す!
熊五郎:は、ははーっ………。
奉行:熊五郎の女房お光、並びに弟弟子吉五郎!
その方らは熊五郎が源次郎を殺せし折、自首を勧めずその死骸を
隠す手伝いをした事、不届き至極!
よって八丈島へ遠島を申し渡す!
吉五郎&お光:ははーーっ……。
奉行:これにて裁きは済んだ!
一同、引っ立てィ!!
熊五郎:悪い事は、できねえもんだな……。
語り:かくして熊五郎は打ち首となり、唯一の身寄りであるお光も遠島と
なった為、引き取る者もなく寺へと埋葬と相成ります
。
かたや遠島となった二人は、出立の日まで牢内で過ごすわけですが
、運悪く性悪な牢名主に当たってしまいます。
吉五郎:【つぶやく】
ち、ちきしょうめ…文無しの時に捕まっちまったから、ツルが
ねえ…!
牢名主:てめえも運のねえ野郎だ。
命の金ヅル、銭がねえってんならしょうがねえ。
おう野郎ども、ちょいとキメ板で可愛がってやんな。
吉五郎:ッち、ちきしょう、何しやがるッ!
牢名主:遠島と言やあ島抜けは死罪、つまり死ぬまでそこにいなきゃなら
ねえ、いわゆる「死地」に入るってやつだ!
ならたとえここでぶち殺されても、あまり変わらねえよなあ?
吉五郎:どうせ入れるなら「質」に入れてくれ。
銭がありゃあ受け出せる。
終劇