覚悟の尊重
ケイの息子は寝台の上で眠っている。時々を苦しそうな咳をすると、寝苦しいのか寝返りをうっていた。その傍らで奥さんが、息子の背中を摩っていた。だが恐らく、本人もかなりしんどいを思いをしているはずだ。
「奥さん、もう時間がありません。息子さんを連れてここから逃げます。」
カイはそう言うと、息子を抱き抱えた。
「奥さんを頼む。」
「主人は?主人はどこに・・・?」
奥さんはこちらが差し伸べた手を払って、カイの元へふらふらと駆け寄った。
「ご主人はここに残ります。」
防護服越しに、彼女の納得のいかない表情が見えた気がする。
「それは、どういうことでしょうか?」
「時間がありません!外に出てから説明します。」
だが、彼女は頑なだった。
「なんの説明もなしに、主人の元を離れられるわけないじゃないですか。」
奥さんの言う通りだと思う。
「私は良いです。息子だけでも・・・。」
「これはご主人が息子さんのためにと選んだ決断なんです。ですから僕は、ご主人の意思を尊重するために、行動しているまでです。」
カイはぶっきらぼうに答えた。
「なら、主人が何をするつもりなのかだけでも・・・。」
「ご主人は、あなた方を助けるために、自分を犠牲にする覚悟です。」
カイの口調が強くなった。
「どうして・・・。」
奥さんは多分そう呟いていたと思う。至近距離でも聞こえないほど、吐息のように一言漏らしていた。
「ご理解いただけたのなら、行きましょう。じきに奴らに見つかります。」
だが、まだ奥さんは納得していない様子だった。
「他に策はないんですか?」
「ええ、他に策はありません。」
カイは静かに答えた。すると、奥さんはもう一度カイに縋るように、両手でカイの胸元を引っ張るように掴んだ。
「主人がさっき言ってたんです。あなたなら、きっとどうにかしてくれると。主人はあなたを信じていたんです。だから、お願いです。何か他に策があると言ってください。」
カイの返事を待った。いつものカイならここまで言われれば、何か策を考えだす。そうやって、ピンチを切り抜けてきた。
しかし、今回はカイからは期待する答えは、得られなかった。
「残念ですが、万策が尽きてます。このまま、逃げるしかありません。それが、ご主人の望みです。」
カイの声が、少し上擦ったのが分かった。
「あなたは、私たち家族の何がわかるっていうんですか?私たちは、ただ逃げてきている訳じゃないんです。私たちは・・・。」
奥さんの言葉に、カイは言葉を被せた。
「ならあなたも僕らの何が分かるんですか?さっきあなたは、ご主人が僕を信じていると仰った。彼がどれほど僕を信頼しているか。それが痛いほど分かっている。だからこそ、僕はどんなにあなたが、ここに残ると言っても、どんなにあなたに嫌われ、侮辱され、殴られようとも、あなたと息子さんをここから連れ出さなきゃいけないんです。」
奥さんの言葉が途切れた。
「IGTOから逃げてきた時点で、覚悟は出来ていたはず。それに、大切な人を失うのはあなただけじゃない・・・。」
カイの目から、わずかに光るものが見えた。
エイリアンも、こういうとき、涙を流すものなのか?
「申し訳ないですが、たとえ僕が死んでも、あなたを連れて行きます。」
そう言うとカイは、こちらに合図を送ってきた。もう、事情を聞こうと思えなかった。
カイのことだ。ここを出てから説明してくれるだろう。ケイのように、僕もカイのことを信じることにした。
奥さんを右肩に担ぐと、カイの背中を追う。操作盤の部屋を横切ると、操作盤に手をつきながら、何かを考えているケイの姿が見えた。
カイは脇目も触れずに乗り物の出口へと向かっていた。
操作盤から、IGTOの警告が鳴り響いている。どうやら、彼らはもうすでに場所を探知しており、いつでも突入できることを告げているようだった。
その時ふと、ケイの顔が少し上がったのが分かった。防護服越しで顔は見えなかった。だが、最後に一目家族、そして親友の姿を拝んでいるように見えた。そして、意を決したかのように、ケイはまた操作盤の方へ頭を下ろした。
そして我々は、最初に乗った動く白い部屋へとたどり着いた。扉が閉まると、カイが何かをつぶやいた。なんてつぶやいたのかは、わからないが恐らく友人に別れの言葉をかけていたのだろう。
「それで、このあとは?」
「とにかく、安全な位置まで逃げる。」
「安全な位置ってどこまで?」
「できるだけ遠くだ。」
これから一体何が始まるのか?その時、カイに担がれている息子の容態が急変した。
明らかに呼吸が荒くなっている。
「どうした坊主。」
「早く、抗体を打たなきゃ!」
「でも、打ったからってすぐに効くとは・・・。」
すると、さっきまで悲しみに打ちひしがれ、担がれてから全く動きのなかった奥さんが、モゾモゾと動き出した。
「彼の血とウイルスに感染している自分の血とを混ぜて、さらに強くしているやつなので、ちゃんと効果があれば、すぐに症状が和らぐはずです。」
部屋の扉が開き、外の景色が目の前に広がった。
「とりあえず、外に!」
我々が乗り物からある程度の距離を取ったとき、息子はさらに激しく悶え苦しみ始めた。
「カイ、早く打たないと。これじゃ本末転倒だぞ。」
カイは目の前にある乗り物を眺め、それから担いでいる親友の息子を見た。
「分かった。」
静かにそう言うと、息子を地面に寝かせ、卵形の装置を取り出した。
「防護服に、それをセットする場所があるはずです。」
奥さんが咳を交えながらそう言うと、カイは息子の体をくまなく探し、脇の辺りにある装置と同じ大きさの窪みを見つけた。
急いでその窪みに卵形の装置をセットすると、装置は緑色のランプが点灯し、正常に動作したことを告げているようだった。
その瞬間、周りの景色がかすかに歪んだ気がした。
何事も急に事が起こるもの。
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記念すべき第一話はこちら!https://ncode.syosetu.com/n3719ku/1




