死体
薄暗いワインセラーで、ドリゼラの一声が不気味に響いた。ところが、辺りを見渡しても彼女の姿は見えない。
「聞き間違いか?」
「いや、確かに聞こえたぞ。」
すると、またドリゼラの声が響き渡る。
「そうそう怖いでしょ?もっとよ。もっと恐怖に恐れ慄くがいいさ。私の姿は見えなくても、私はあなたたちの姿をしっかりと捉えているわ。」
ドリゼラが移動しながら喋っているのがわかった。感情が昂れば昂るほど、彼女の位置を特定するのは容易いと思われた。
しかし、ワインセラーには、あちらこちらにワインボトルなど彼女にとっての障害物が乱立しているはず。我々三人に気づかれないように移動するとなると、そのボトルに当たらずに移動するのは困難なはず。
「上の部屋から出るぞ。」
カイの物言いは落ち着いている。
「でも、屋敷の中には狼人間もいるのよ。貿易路を探して・・・。」
「もう奴らにバレてるならどこに逃げてもそう差はない。とにかく今は彼女を巻くことを考えたほうがいいだろう。」
カイの言う通りだ。あそこには銀の扉がある。そこなら彼女も、屋敷にいる他の姉妹も安易に近寄れないはずだ。
「でも・・・。」
メイジーはなぜか尻込みしている。何か理由でもあるのだろうか?
「君が行かなくても我々は行くぞ。」
カイはそう言いながら、地上へ続く階段へむかった。だがなぜだろう?カイについていく事を心のどこかで拒否している。
正直この時代の人間がどうなろうと、それは定められた運命だ。我々がどうにかできることではない。
彼女が助かる運命ならどんな状況でも助かるだろうし、その逆も同じだ。
「ほら、行くぞ。」
カイに腕を引っ張られている。
「どこへ行くつもり?」
階段へ続く行く手を阻むように、ドリゼラが立っていた。
すると彼女の視線がメイジーに移ると、にんまりと笑みを浮かべた。
「あら、メイジーったらこんな穴蔵に閉じ込めておいたら、ちゃっかりボーイフレンドなんか作っちゃって!」
ドリゼラはメイジーに一歩また一歩と近づいている。メイジーの顔には恐怖の表情が浮かんでいる。
「おやまぁ、そんな顔しちゃって。形勢逆転ってところかしら?」
「銀の矢だ、メイジー。」
思わず声が出た。
「あら、そんな危ないものまだ持っていたのね?でも確か・・・もう一本しか持っていなかったわよね?それを私なんかに使って大丈夫なのかしら?」
ドリゼラは、余裕のある口調でメイジーにどんどんせり寄っている。
「私だったらその大切な一本は姉さんにとっておくけどねぇ。」
メイジーは全く動けなくなっている。彼女の今にも泣き出しそうな顔が嫌でも目に入ってくる。
「おい!」
カイの声に一切動じることなく、体が動いていた。
「あら、あんた。仲間を差し置いて逃げ出したくせに、随分勇敢じゃない。」
気づいたらドリゼラの鬼のような顔が目の前にあった。それと同時に、背中に彼女の手の温もりを感じる。
「ああ、なるほど。」
ドリゼラはニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「あんたって生粋の悪女ね。」
ドリゼラの鋭い爪がメイジーに向かって伸びていた。
「この女はあんたが思ってるような女じゃないんだよ。」
「触るな!」
自分でもどうしてしまったのか分からないくらい、頭で考えるよりも先に、体が動いてしまっていた。
するとドリゼラの顔から笑顔がゆっくりと消えていった。
「今のはまずかったかも。」
「なんで?」
「貴族ってプライドが高いから。」
ドリゼラは高笑いをしたかと思うと、一気にこちらに顔面を近づけた。
その顔は、さっきまでの鬼の形相とは比べ物にならないくらい、恐怖を煽った。
「良いわ!そこまで言うなら、悪役になってあげる!」
ドリゼラの怒号が、小さなワインセラーの中で跳ね返り続けた。
「哀れな私の獲物たちよ。再び目覚め、この者たちの愛を奪ってしまいなさい。」
ドリゼラの呼びかけに答えるかのように、ワインセラーの奥から、包帯をぐるぐる巻きにされた死体がわらわらと現れた。
包帯に染みついた死臭がどんどんと鼻腔に押し寄せてくる。死臭なんてものは初めて嗅いだが、胃から熱い何かが込み上げてくる。
「どうしたらいいんだ?」
死体の大群はわんさか入ってくる。入ってくれば来るほど臭いがきつい。
「どうした?王子様。この爺やの知恵を借りにきたのかい?」
「どうしたらこいつらを倒せる?」
ドヤ顔に少し腹が立ったが、そんなことも言ってられない。
「自分で考えろと言いたいところだが、ここで君に死なれても困る。」
「メガホンレーザーで出口を見つけたらいいんじゃないか?」
「それは名案だが、残念ながらその様子を君のお姫様に見られちゃ困るんだよ。だから・・・。」
メイジーの方を見ると、彼女の方に死体たちが群がっている。
「だから?」
早くカイの答えを聞きたい。だがカイはまたもやニヤニヤしている。
「気を逸らせ!」
「分かった。」
若干食い気味で返事をして、彼女の元へと向かった。だが、右肩にかかった重みで、勢いを殺された。
「美女と野獣だな。」
「違うって。」
右肩に乗せられた手を振りほどくと、カイは恐らくどこかの国の適当なラブソングを歌い出した。
もちろん無視した。
死体たちの狙いはメイジーのようだ。こちらには寄ってこないどころか、素通りだ。
すると突然、目の前にドリゼラの逆さまの顔が現れた。
「ほーら、早くしないと彼女も哀れな人々になっちゃうわよ。」
天井に足をつけて立っているドリゼラは、言いたいことだけ言うとすぐに姿を消してしまった。
死体を掻き分け、彼女の元へと向かう。それ以外のことは考えている暇はない。不思議と今は動く死体も、ドリゼラが頭上から降ってきたことも、恐怖を感じなかった。
動いている死体たちは、触れるだけで体が損壊してしまう。皮膚もなんというか干し柿のようだ。
ようやくメイジーのところへと辿り着いた。
「遅かったじゃない。」
メイジーが笑顔でこちらを見ている。だが、どう気を逸らそうか考えていなかった。謎に二人で見つめ合っている時間が続いた。
「おい、こっちだ。」
カイの声がする。目の前にはメイジーのつぶられた目がある。口に何か柔らかいものがついている。なのに不快じゃない。
だがすぐに、離れてしまった。
「台無しだね。」
この状況で台無しもへったくれもないと思った。
「さぁ、行くよ。」
二人で死体を掻き分けた。思っていたより簡単に道を確保することが出来た。
カイがもう一つの出口の前にいた。
「君、やるなぁ・・・。」
引いているとも感心しているとも取れる口調で、肘を突いてきた。
「くそ、逃すか!」
ドロゼラが死体に足を掴まれ、こちらに辿り着いていないメイジーに襲いかかった。だが、すぐにドリゼラの顔は恐怖の顔に変わった。
「形勢逆転ね。」
多分、メイジーはドリゼラにそう言っていたと思う。
メイジーがこちらに到着すると、ワインセラーは炎に包まれていた。
ワインに死臭がうつりそうですね。ヴァインズ家のワインは買わない方がいいかも
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記念すべき第一話はこちら!https://ncode.syosetu.com/n3719ku/1




