物音
いきなり現れた秘密の入口は、不気味な様相でこちらを見ている。
石造の階段が下に向かって伸びているのが見えると、我々の好奇心が先へ進まないという選択肢を捨て去ってしまった。
そしてそんなことを考えている間に、カイはもうすでに石段の一段目に足を踏み入れている。
「大丈夫なのか?」と心配の声が喉まで上がってきたが、今までの経験上聞くだけ損だと思い、黙ってカイの後ろ姿を追うことにした。
石段は薄暗くジメジメとしている。カイはメガホンレーザーを壁や天井に向けながら、下へと降りていった。
「この先は何があるんだ?」
「多分、醸造庫かなんかだろうな。」
その答えはすぐに分かった。カイの言う通り醸造庫だった。綺麗にラッピングされビンに詰められたワインが、所狭しと保管されている。
「普通だ。至って普通。」
カイはさぞ悪いことのように言い放った。
「でもなんで隠し扉なんかにしてんだ?」
「別に隠し扉のつもりじゃないのかもしれない。」
ワインの醸造をする上で特殊な扉とかなのか?
「とはいえ、何かを隠すとしたらここだろうな。」
何かを隠す前提で話が進んでいた。その時、まるで、自分の存在を我々に示すかのように自分たちから離れた位置で物音がした。
「真実の予感。」
カイは無邪気な笑顔をみせた。
音は奥から聞こえてきたと思う。地下となればネズミみたいな小さな生き物が音の正体の可能性もある。
だがそれはそれで、今のカイなら喜びそうだ。
すると今度は、蝋燭の火の微かな明かりに照らされて、大きな影が動いたのが見えた。
ネズミではなさそうだ。
となると影、音の正体はなんなのだろうか?あんなことがあった後だ。この屋敷の地下に怪物が隠れていても不思議ではない。
だんだんと恐怖が押し寄せてきた。だがカイはそんなことはお構いなしにどんどん音の正体へと近づいた。
メガホンレーザーが行く先を青い光で照らしている。
「何かいるぞ。」
それは分かっている。カイは嬉しそうだ。
ワインセラーの奥に大きな樽が二つ。その奥は恐らく行き止まりだ。つまり樽の影に隠れていなければ、音の正体を見失ったことになる。
それは逆に、その正体がすぐ目の前にいる可能性が高いということになる。
カイと目を合わせ、勢いよく樽の裏側を覗き込んだ。
「おう!おう!おう!」
カイは両手をあげて、敵意がないことを必死にアピールしながら下がっている。
こちらはまだ音の正体は見えていない。しかし、カイの反応を見る限り、コミュニケーションは取れそうだ。
こちらも恐る恐る樽の裏側をのぞいてみた。すると、一人の怯えきった女性がボウガンのようなものをこちらに向けている。
この姿に既視感があった。
そう、あのコンビニの店員に似ている。
あの時・・・誰もいなくなったあの日、唯一一人コンビニで震えながらレジカウンターの隅にいた店員と目の前でボウガンを持っている彼女を無意識に重ねていた。
彼女はホコリまみれの黒のロングコートを身につけている。見るからにパーティーの招待客でも、日雇いのウェイターではなさそうだ。
首元に巻かれている赤いスカーフから我々を睨みつける目だけが見えている。
「大丈夫だ。何もしない。」
全く信じられていない。言葉は通じていないはずはない。だが、彼女はまだボウガンをこちらに向けている。
彼女のボウガンは交互にカイとこちらを向いていた。そしてボウガンにセットされている矢の先端の光が、定期的にやたらとこちらを照らしている。
「君は何者だ?」
「そっちこそ!この辺りの人間じゃないでしょ!」
息が切れている。それは緊張からなのか?それとも赤いスカーフで口と鼻を隠しているせいでうまく呼吸ができないからなのかもしれない。
「ああ、だがその銀の矢なんて使わなくても我々を倒すことはできるぞ。」
それが矢の先が妙に光って見えていた原因のようだ。
しばらく、ボウガンを向けられ両手を上げている時間が続いた。
「証明して。」
鋭い眼力でボウガンを構えたまま、指示してきた。
「どうしたらいい?」
「銀以外で自分に傷をつけられるところを証明しろ。」
だが、我々が持っているものを、彼女に見られてしまえばそれはそれでややこしいことになる。
カイも辺りを見回している。カイも自分の持ち物を披露するつもりはないようだ。
上の方では激しい物音が時々天井を揺らしたあの恐ろしい催しとやらが続いていると思うと気が気ではなかった。
「早く!」
なんか急かされた。
「ちょっと待ってくれ。」
カイはそういうとどこかへ移動し始めた。彼女のボウガンがそれを追ったが、すぐに今度はこちらに向いた。
どうしていいか分からず手のひらを上に向け、分からないポーズと愛想笑いで誤魔化してみた。
反応はなかった。
だが、カイはすぐにワインボトルを持って戻ってきた。
すると突然それを、樽に思いっきり叩きつけた。
赤紫色のワインが飛び散り、彼女は顔を伏せると、すぐにこちらに向き直りさらに警戒している表情をした。
恐らく、目眩しに使ったのだと思ったのであろう。
だが、カイはそんなつもりは全くなかったようだ。なぜなら、瓶の破片を手に取ると、それを自分の指に近づけた。
「うわぁ、痛いのは嫌だけど・・・。」
そう呟くと、カイは瓶の破片で人差し指に傷をつくった。
「ほら、再生しないだろ?」
カイの血液は赤かった。てっきり青い血が流れ出てきて、それはそれで変な疑いが浮上するのではないかと、少し心配していた。
「で、そっちは?」
ですよね・・・。
カイから瓶の破片を受け取ると、同じように指を切った。普通に痛かった。それこそ変なバイキンが入らないか心配だ。
「どうだ?これで我々がモンスターでないことが証明できたはず。」
カイがいつものようなひょうきんな笑顔で言うと、彼女はゆっくりとボウガンを降ろし、立ち上がった。
「失礼、僕はカイ。そしてこちらがミスターブルーズだ。」
そういえば、カイに名前を教えていなかったが、まぁミスターブルーズも悪くはない。それよりも、カイのこの社交的な喋り方がいつも気になる。
「それで君の名前はジャッカル?」
なぜカイがそう言ったのか分からなかった。恐らく、彼女もそうだろう。
「いーえ?メイジーよ?」
メイジーは不思議そうな顔で答えた。
「メイジー・ジャッカル?」
カイはまだ続けた。
「メイジー・ハミルトン。バチカンに雇われているモンスターハンターよ。」
「モンスターハンター?」
その単語を聞くと中学生の時によくやっていたゲームを思い出す。
だが、彼女が赤いスカーフを取り、素顔がわかるとそうも言っていられなくなった。
彼女を初めてみた時、あのコンビニ店員と重ね合わせてしまった。そのせいで頭の中が彼女のことでいっぱいだったにかもしれない。それは認めよう。
しかしそのせいで、今、目の前にいるメイジーの顔も、コンビニ店員の彼女の顔に見えてしまっている。もしかしたら、自分は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。




