上流階級
物心がついて約二十年以上が過ぎたが、記憶の中に旅行というものはなかった。行ってもせいぜい近くの行楽地へ日帰りで行くくらいのものだ。
海外なんてもちろん行ったことがない。
東北の田舎で生まれ育ち、あの地震がきっかけで上京した。言うなればそれが長い旅行なのかもしれない。
なぜ、旅行をしなかったのだろう?単純に裕福ではなかったからだと言えばそうなる。
上京した時も、母の友人が何から何までやってくれたらしい。下心ゆえの行動だったようだが。
どちらにせよ、子供の頃から裕福な生活を送れていたわけではなかった。ましてや上流階級の華やかなパーティなんて欲求にすらならないほどの、遠い存在だ。
だがなんと今、そのどれもこれも一度に体験している状況に置かれている。
今いるこの場所はなんと言えば良いのか?いかにも上流階級の人間が住んでいそうな屋敷だ。
洋風の内装で真ん中に大きな階段がまるで我々に手を差し伸べているかのように、こちらに向かって伸びている。
天井はやたらと高く、高い天井のてっぺんからシャンデリアが降りている。これが落ちてきたら、命はないだろうくらいの大きさだ。
二階の壁は大きな窓になっており、真っ暗な夜の空が壁紙の代わりをしている。
今宵は満月のようだ。
周りにはタペストリーってやつなのだろうか?なんかよく分からない模様がぶら下がっている。
屋敷にはこれまた顔に「金持ち」と書いてあるような、富裕層の紳士淑女が談笑している。
片手にはグラスが乗せられ、そこにウェイターがワインを注ぎに行く。
ちょうど目の前の貴婦人が、空いたグラスを自分より外側に出し始めた。
行かねばならない。
紫色のドレスに身を包んだ外国人女性は、何やら自分の自慢話をしている。最近ダイヤのネックレスを購入したのだとか。
そんな話がいやでも耳に入ってくるくらいの大きな声で話している。恐らく彼女の声は、ここのいる人々全員に向けて発せられているのだろう。
貴婦人の元へと近づくと、香水の匂いなのか分からないが、甘ったるい悪臭が鼻に入ってきた。
グラスにワインを注ぎ切ると、貴婦人は何も言わずに再びワインを飲み始めた。
匂いに耐えきれず急いでその貴婦人から離れると、鼻には再びワインと料理の匂いが戻ってきた。
屋敷にはヴァイオリンの音色が微かに響いていたが、基本客人達の自慢話でかき消されている。
まだウェイターとして働き始めて三十分しかたっていないが、このワインはもうすでに五本目だ。
誰かのをグラスにワインを注いでも、周りを見渡せば空っぽのグラスだらけだ。
基本、ここにいる人たちは我々に会話どころか、目も合わせない。愚民どもになんか構っていられないとかそんなことだろう。
一人を除いて。
「ちょっと!ウェイターさん!」
聞き慣れた声だ。声の方へ振り向くとこれまた見慣れた外国人の男が、おしゃれなタキシードを身につけ、空のグラスを片手に持っていた。
「声かけたらかえって目立つぞ。」
「だって言わなきゃワイン注いでくれないじゃん。」
「他の人に頼めって。」
「その方がかえって目立つだろ?」
目立たないために、ワインを注いでやることにした。
この外国人の名前はカイだ。ひょんなことから、彼と旅をすることになったが、まだ会って一週間経ったくらいだ。
いや?もしかしたらもっと経っているかもしれないし、逆にまだ一日か二日くらいしか経っていないかもしれない。
なぜ曖昧かというと、我々の旅に秘密がある。
「それで?何かわかったか?」
急にカイから質問が飛んできた。
「ここの主人は何かを隠してるってことくらいしか・・・。」
「その中身が重要なのに。」
それは重々承知している。だから、まだ彼には会いたくなかった。
そもそもこの時代では、ウェイターのような召使いを人間として扱ってくれない以上、その主人たちなんて姿を見ること自体許されない。
なんなら本当に住んでいるのかさえ疑問だ。
「てか、なんでウェイターなの?僕もパーティーの参加者でよかったんじゃないの?」
そう、今我々はとある場所のとある時代のとあるパーティーに潜入している。
「二人で同じ立場だったら、得られる情報も同じだろ?違う立場の方が、情報量も二倍だと思わないか?それにこの時代は、よく分からんし。」
そう、我々の旅はただの世界旅行ではない。時間も超えた大きな旅をしているのだ。
旅とは言うものの、観光をしているわけではない。それが出来たらどれほど楽しいだろう?
この旅が始まってから、大体こんな調子だ。この前はよく分からない工場で働かされ、その前は留置場に入れられた。
なんでかはよく分からない。あの時は、人生でこれでもかってほど酔っ払っていたせいで、記憶が曖昧だ。
ただそのおかげで、今この屋敷に潜入している。
「それにしても、君以外のウェイターは何してんだ?」
そう、それが困りものなのだ。他の人たちはなんと言うか・・・。ポンコツだった。ワインはこぼすし、グラスを割るし、しまいにはさっき軽食をつまみ食いをしているウェイターを目撃した。
そいつらの尻拭いをしているせいで、本来の目的をなかなか果たせていない。
ウェイターは僕を含めて六人。それに対して客人も数十人と全員が普通に仕事をしていれば、難なくこなせる人数だ。
みんな日雇いのせいか何しても怒られない。
あれ、そういえば・・・。
「まぁなんか情報があったら、教えてくれ。」
「情報と言えば、あと十五分もしたらなんか催しが始まるみたいだぞ!」
「なぜ君は、それを早く言わない?」
カイの顔が引き攣っている。
「だってパーティーだし、催しくらいあるだろうと思って。」
上流階級のパーティーだって、催しがあってもおかしくないと思っているのだが、これは庶民である僕がズレているのか?それとも宇宙人であるカイがズレているのか?
そう、カイは地球人ではない。どこかの星からきた宇宙人のようだ。
すると、小さなベルの音が会場に響き渡った。客人たちは一斉に音のする方へ視線を向けた。
すると階段の一番上に、ドレス姿の女性が三人、綺麗な姿勢でこちらを見据えていた。
その三人が身につけている真っ赤なドレスは、異彩を放っている。
第二章です。急にテイストが変わります。ごめんなさい。
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記念すべき第一話はこちら!https://ncode.syosetu.com/n3719ku/1




