あざ
ワンボックカーの車内は、カニカマのいびきが轟いていた。彼の体の底から湧き上がってくる振動が、こちらにも伝わってきたかと思うと、今度は、拍子抜けする鼻から鳴り響く高くて軽い音が交互に発せられる。
その度に、少しカニカマの表情も険しくなったり、緩んだりと、変化が感じられた。
最初は、その音が気になって、会話に集中できなかった。ところが、そのうち耳が慣れ始め、逆に時々呼吸が止まったように、いびきの音がしなくなる瞬間が来ると、心配になって会話がストップした。
「こいつ、大丈夫か?」
「さぁ?なんか呼吸止まった気がするけど・・・。」
「起こすか?」
正直、さっきからカニカマは、なんでか知らないが癇に障る。できればこの会話の最中は、眠っていて欲しかった。とはいえ、永遠に眠りにつかれても、それはそれで困る。
「おい。」
なぜかカイは、少し小さめな声で、カニカマの風船のようなお腹を人差し指で押した。
「何で、そんな小さな声なんだよ。起こすならもっと大きい声出したら良いじゃん。」
だが、そう言う自分の声も小さかった。なぜなら、やっぱり、単純に起きてほしくないからだ。
その時、いきなりカニカマの鼻から音が鳴りだすと、再びいびきの大熱唱が始まった。
とりあえずほっとした。もちろん生きていたからであって、決して起こすことなくまだしばらく寝てくれそうだからではない。
「で、何の話だっけ?」
タガニウムを狙っている勢力の話だ。
「回収しにきたのか、強奪しにきたのかって話だろ?」
「そうだったな。」
今から答えを聞くのが怖い質問をしなければならなかった。
「そのタガニウムを回収するか強奪するかで、この地球にどんな影響があるんだ?」
カイは迷わず答えた。
「いや残念ながら、どちらにしてもこの地球が滅亡の可能性がある。」
予想はしていたが、聞きたくない回答だ。カイはガムを・・・恐らく言語を翻訳してくれるトランス何ちゃらガムだろうが、それを一粒口に頬張り説明を続けた。
「この星は残念ながら、宇宙ではかなり軽視されている。つまり、どうなろうがあまり気にされないということだ。」
何とも最悪な解説だ。いまだに他の宇宙人とのコミュニケーションが取れていないような技術力では、宇宙じゃ相手にされないということか。
「だとしたらもしかして・・・?」
「わからない。」
心を読まれた。他の人間がいなくなってしまった理由を聞きたかった。所詮地球人なんて虫ケラも同然なら、一掃されても不思議ではない。
「どうしたら良いんだ・・・?」
あの映像が本当なら、今日本は首都東京を人質に取られているも同然だった。その状況において何もできないのか?それともカイなら何か策を講じることができるのか?
「その言葉を待ってた!」
カイの大声でカニカマが起きてしまった。
「奴らよりも先に、タガニウムを探し出す。それがこの地球を救う唯一の方法だ。」
カニカマは半分寝ぼけている。
「探し出すってどうやって・・・?」
満を持してカニカマが話し始めた。
「そこで俺たちの出番ってわけよ。」
「出番?」
「チームブルーズがいなけりゃ、誰もタガニウムに辿り着くことができないのだぁ!」
カニカマが汚いオペラ歌手のような声を上げた。勝手にチームにされているが、もちろんチームを結成した覚えもない。
「僕らがいなきゃってどう言うこと?」
「タガニウムはタガニウムだが、性質の変化でさっきの図でも見たように、未知の物質としてデータがなく、探知できない。」
「でも、俺たちのこのあざなら、タガニウムを探知できるってわけよ。歩くタガニウム探知機ってわけだ!」
何が面白いのか、カニカマは高笑いしている。
「君たちのそのあざは、タガニウムのアレルギー反応だ。なぜ地球外のものに君たちの体がアレルギーを発症しているのかはわからないが、このタガニウムは微量ながら、地殻から空気中に漂っているようだ。その空気中のタガニウムに反応して、君たちの体の特定の場所にあざができているようだ。」
「それで、アレルギー反応が活発になれば・・・。」
「タガニウムが近くにあるってわけよ!なぁ?俺たちにしかできないだろ?」
カニカマはポテトチップスの食べかすを飛ばしながら、急に立ち上がった。
「この地球は、我らチームブルーズが守る!」
大きなお腹を上下に揺らしながら、大声で宣言した。
「何で俺たちしかこのあざがないんだ?」
「詳しいことはわからない・・・。」
カイが答えると、カニカマが何か言いたそうだった。
「それこそ、あの大震災が関わっているんじゃないか?」
可能性はある。
「出身東北だろ?」
「宮城出身だ。もしかして・・・?」
「いーや俺は九州だ!」
こいつは一体何なんだ?
「でもあの時、俺も東北にいた。そして津波に飲まれた。とてつもなくデカくて黒いやつだ!」
カニカマの言葉に目を見開いた。黒い津波・・・・。海坊主・・・・。あの夢・・・。薄々気づいていたが、あの夢は震災当日の夢。
夢の内容は実際に起きたこと。それと同じ風景をカニカマも見ているということなのか?だとしたら、首相もあのコンビニ店員も・・・。
「どちらにせよ、君たちがここに残っているのは、恐らく君たちを利用してタガニウムを見つけだすためだろう。」
ようやく、事の全貌が見えてきた気がする。
「彼以外は・・・。」
「彼?」
そうでもなかったようだ。
「あいつだよ!内閣総理大臣閣下様だよ!」
カニカマが皮肉たっぷりに言い放った。
「彼には、あざがない。」
確かに、あざを見せた時、色々と不自然なことが多かった。
「だったらなんで?」
「考えられるとしたら、奴は敵とグルかもしれない。」
西陽がだんだんと沈んでいき、外は深い青色に染まり始めていた。




