最悪のルーティン
またあの夢を見た。毎度のことながらひどい夢だった。
毎回、同じ場所。懐かしい場所。懐かしい風景だ。別に美しいわけでも、奇抜なわけでもない。
ごく普通のリビングに、ごく普通の家庭にある薄型テレビ。その年の夏にアナログ放送から地上デジタル放送に切り替わるせいで、テレビを買い替える必要があったため、父親が奮発して48インチのテレビを買った。
もともとのテレビが28インチだったというのもあり、とてつもない大画面の迫力に最初は興奮していたが、それも一週間で無くなった。
そんなテレビに映っていたのは、お昼のニュース番組だ。特に観たいテレビがないときに何気なく観ることが多い情報番組。
自分はそのテレビをぼんやりと観ている。
高校受験も終わり、午前中に来月から通う高校に書類を提出した後、勉強する必要もなく家のリビングでのんびりできる時間をかみしめているところだ。
あの頃はよかったなぁ・・・。
しかし、そんなのんびりと過ぎていた時間は、夢だからなのか一瞬で地獄と化した。
突然、床から削岩機が突き上がろうとしているかのような衝撃を感じ、体を勢いよく持ち上げた。
すると今度は家が左右に大きく揺れ始めた。家のあらゆる柱や隅からうめき声のような音を響きわたらせている。
僕は、ジェットコースターの安全バーのように必死に絨毯を両手で握りしめる。
部屋中のあらゆるものが、不器用に歩き回るかのように、倒れたり宙を舞っていたが何もできない。
最近買った48インチのテレビも、大きな音を立ててテレビ台から転げ落ち、無残な姿を披露していた。
家の外では、今まで映画でしか聞いたことないような、けたたましいサイレン音が鳴り響き、誰かの悲鳴や叫び声が、音の間からかすかに聞こえる。
人々の声に誘われて窓の外を見る。すると、遠くの海の方からでっかい海坊主のような黒い波が、家や電柱を巻き込んで、こちらに向かってきていた。
怖い、悲しい、悔しい。
その気持ちの後に絶望感が心に広がると、いつも目が覚める。最悪な目覚めだ。
目が覚めれば迫りくる海坊主のような黒い波も消え、夢で見ていた家とは違う場所であることに、ほっとする一方、虚しさが睡魔を邪魔する。
だが、睡魔はいなくなってくれるわけではない。いつも大抵この時間、退勤中の電車の中で襲い掛かる。これがいつもの最悪のルーティンだ。
帰りの電車はとても8駅も停車したとは思えないくらい、あっという間に降車駅についてくれる。
サンタはこの電車に乗って、毎年クリスマスイブにプレゼントを配っているに違いない。
心の底から毎回しっかり眠たいと願っている。もしそれが叶うなら、自炊する元気もなく、家路の途中にあるコンビニに吸い込まれていくことはないからだ。だが今日も残念ながら、いつものようにから揚げ弁当に菓子パンという最悪のルーティンを手に持ち、レジに並んでいた。
ややこしそうな外国人が去り、自分の番になる。
「いらっしゃいませ。」
なんの変哲もない店員の一言に違和感を覚え、少し顔を上げた。見るといつもの仏頂面のひげもじゃのおじさんではなく、かわいらしい女性が慣れない手つきで、商品を拾い上げバーコードを探しながら、リーダーにかざしていた。別に話しかけて口説こうと言うわけでも、何か気を引きたいわけでもないのだが、なぜか気分がまるでトランポリンに乗っているかのように、跳ね回っていた。
「ゆっくりでいいですよ。」
久しぶりに声を出したせいで、若干裏返った。
「ありがとうございます。」
別に笑顔だったわけでもなんでもないが、おっさんの仏頂面なんかよりよっぽど一日のご褒美だった。
「1240円です。」
値段を見るたびに、菓子パンを手にしたことを後悔するのも、また一つのルーティンだ。毎度のごとく2000円を札置に置くのもだ。
「2000円お預かりします。」
彼女は慣れない手つきでレジを操作している。だがよく見ると、額に汗が張り付いていた。
それに気が付いた自分を心の中で軽蔑しながら、ふと彼女の服装に目が行った。今は8月。空調が効いているとはいえ、冷たい風が入らないように袖がゴムになっている長袖の服装にまたもや違和感を感じた。
しかも本人もなかなか暑そうな表情だ。女性だし何かしら肌トラブルや、理由があるのであろう。そもそも客と店員という間柄。なにかあったとて自分には関係ないことだ。そう言い聞かせながらも無意識に彼女と話をする口実を探している自分を精一杯抑えた。
「770円のお返しです。」
「その手首から二の腕にかけてできているアザは、いつからついたものですか?」
彼女は、驚いた表情でこちらを見た。しかし、自分は何も言葉を発していない。声は自分の右後ろから聞こえてきた。
すると、ちょうど声がしたところから黒の革ジャンを着て、サングラスをかけた外国人が彼女の袖を強引にまくり上げた。
「何ですか?」
声はおびえていた。彼女がすぐに袖は降ろしたので、はっきりとは見えなかったが、確かに赤身かかった何かが、手首から腕を覆っているように見えた。
彼女はお釣りを渡すと、そさくさと裏に引っ込んでしまった。
「あの・・・えっと・・・。」
すかさず呼び止めた。しかし、どうやら彼女に声は届いていないようだった。自分は今、どうするべきなのか悩んでいた。
「君にも同じようなあざがあるね。それはいつから?」
すぐに自分のことだと分かった。何せこのコンビニにいるのは、自分と彼だけだ。元々、英語ができない自分は、例え日本語だったしても外国人との会話は反射的に拒絶してしまう癖がある。今回も何も答えずすぐに商品をもってコンビニを後にした。だが、今回はそれでよかったと思う。
もうおつりが10円多いことなんて、どうでもよくなっていた。