君のためにできること②
西園寺京子は、パイロットスーツに身を包んだ。色は灰色。灰とは、無の色。個性などいらない。ただ効率さえあれば良いのだ。
目の前の量産棺は、整備を終え、既に灰色のスーツを着たアマテルの少年が乗っている。ファーレンの洗脳を受け、盲目的に従うよう命じられている。今の指令は、指定する巨神を葬ること。それがかつての愛機であったとしても。
ファーレンの棺に対する技術は、汎用性に特化している。人工棺に特殊な加工を施し、1人1棺の前提を覆している。
名前など覚える必要は無い。ただの巨神を作り出す一部でしかない。伝説的メイカー、ヴァース・ハイエットの写し身。潜在能力はヴァースを超えると期待されている。既に図面は睡眠学習で読み込ませ、ファーレンと京子が扱いやすいよう調整されている。
「……貴様、私に従わないならば。分かっているな?」
『……』
洗脳薬『ナウシズ』を投与された少年は答えない。ディールによると事前に精神的ショックを与え、より操作しやすい状況にしている。
しかし、それだけでは不確実だ。一般兵に対しては万全だが、相手はヴァースの写し身だ。棺に入れば何が起こるか分からない。既にメイカーでありながら巨神を動かした事例がある。
少年が万が一にでも目覚め、京子達の意に反することがあれば。
電子刺激にて反抗の意を消すのみ。最大出力でも死ぬことはないようにしているが、それでも意志を折るには充分。
「せいぜい活躍を期待するぞ」
目を閉じる。巨神が形作られ、慣れたコックピットが顕れていく。
◆
棗は見ていた。
ヴァースのクローンである少年がナウシズを入れられ、棺に自ら入る場面を。
「……」
「棗様。出撃要請が出ております」
「無視しろ」
「ですが、ファティア様からの直々の指令。拒否すれば……」
「聞こえなかったか?」
「……いえ」
神薙は静かに首を振った。
「しかし、ディール様含め上層部に、なんと」
棗は何も言わず、神薙に手招きする。彼女は首を傾げながらも彼の側へと寄った。
「もう少し寄れ」
「は、はい」
「もっと」
「はいっ!?」
これ以上寄ると、肩と肩が密着してしまう。それどころかお尻と、身長差で太腿が密着してしまう。これは大変なことである。
だが、相棒は冷徹だった。耳元で囁かれる。
「アマテルへ行く。抵抗するならば、貴様を殺す」
それはつまり、ファーレンへの裏切りということで。
「さすが。判断が早うございます」
脅しが上っ面のものであることは見抜いていた。例えヴァースという逸材がいても、棗を失うのは惜しい。殺すくらいなら、一度でも自由にさせる道を選ぶだろう。
何故もう少し早く実行しなかったのか。恐らく幼体固定処理の所為に違いない。
「……神薙。辛くはないか」
「むしろ……こう、その、棗様とくっついているので、幸せ、かと……」
「……」
育て方を間違えたか。頬を赤らめる相棒を見て、棗は本気で思った。確かに以前の乙女から、戦火に耐えられる存在に仕上げたが、こんな時に浮ついた回路を発揮することは教えなかった。
「棗様が、私を刺すはずがありません。例え刺されたとしても、貴方様の意志に殉ずることができるのならば、私は幸せです」
「……再教育だ。俺が奴との決着をつけた後は覚悟しておけ」
「はいっ!」
だから幸せそうにするなと何度も。




