レッドグロウ、発進!①
『敵機体1体確認。偵察型『スペキュラティ』です!』
「了解! 行くぜ、アイリス!」
町田が声を掛けると、『彼女』は明るく元気そのものの応答を返す。この2年間、いつだって苦楽を共にしてきた。町田にとって、アイリスは相棒といえる存在だった。
敵にビームの集中砲火が浴びせられる。順調だ。町田は頬を叩いて気合いを入れた。スペキュラティはアイリスの砲火によって姿が見えない。ここまで砲撃を浴びせられれば、いくら鋼鉄でも……!
炎の中から飛び出したナイフで、右腕が切り裂かれた。
「ごはーっ!?」
衝撃は強く、視界が大きくぶれる。直後、頭部が蹴り飛ばされ吹っ飛ばされる。
『右腕部・頭部負傷! 疑似人格保持できません、汎用AIに移行します!』
「もう駄目なのか!? まだ戦えるだろ!?」
『命令を下さい。メイカー』
次の瞬間聞こえてきたのは、無機質な女性の声。先程までの明るさは微塵も感じさせない。アイリスの唯一にして最大の問題点は、火力が弱すぎることだった。
「量産機の限界か……!」
町田は苦々しく呟き、距離を取る。
「アイリス、追加空想だ! 向こうがナイフなら俺も出すぜ!」
しかし、無情に響いたのはブザーだった。
『キャパシティオーバー。実現できません』
「えー!? ナイフ1個だけでも駄目なのか!?」
『キャパシティオーバー。実現できません』
ただただ冷徹な機械音製だけが響いている間にも、敵は迫ってくる。町田は唇を噛みしめ、自爆装置へと手を掛けた。
途端。
「町田!」
町田と同色の機体が間に入った。『スペキュラティ』の標準が切り替わる。モニターが彼と町田の間を往復したその時。
頭を割ったのは巨大なハンマー。体勢を崩した『スペキュラティ』に次々と機体が降り、似たようなハンマーでひたすら殴る。一見残酷無比な惨殺だったが、ハンマーの手応えは軽い。ようやく一つが機体を砕き、戦いは終わった。
『スペキュラティ、反応ありません。繰り返します……』
延々と機械音製が響く中、誰かが呟いた。
「……これが、正義の戦い方か……」
「仕方ないだろ、俺達量産機なんだから……」
◆
夏を飾るように、鳴き始めたセミの声が耳に心地よい。山間の地方都市は、駅から住宅街までだいぶ歩く。それが家々から少し離れた場所に建てたなら尚更。
陽御崎陽給は故郷の真宮町に帰ってきた。どれもこれも、家が全焼したからである。原因は電池のショート。いやそれ不意打ち、という出来事だが、風呂コンロその他生活インフラはゼロになってしまった。新しい家ができるまでの間なら、いっそ学校も移ってしまおう、色んな経験が出来るんだし。という思考がなんと実現してしまった。
知らない土地はちょっと抵抗があるので、小さい頃住んでいた町の学校を選んだ。極めてシンプルな理由である。前の学校で親友だった水生ちゃんとは、ちゃんとメール及び「シンックス」での連絡を取ることを約束してある。
とりあえず、両親は置いといて陽給だけが新宮町に来た。両親は家が全焼したのを良いことに、画家のインスピレーションがどうたらとかいって好き勝手に海外旅行に行ってしまった。放任主義極まれりというものである。しかしこれはこれで、学生が実家を好きにするだけである。もうイケてる色のペンキやガーランドは買ってある。好みにデコってやろう。
それにしても。
「あっつぅー……」
7月に入りたての季節は、既に灼熱へと一歩、いや五百歩くらい入っている。15時の元気満点の日差しが、絶好調にアスファルトを焦がしている。頬に当たる風は熱さそのもので、去ってしまった初夏をこれでもかと主張している。
「せめて、もうちょっと夕方に来るんだった……」
お気に入りのカエルのTシャツで汗を拭う。バレー部で鍛えた筋肉のついたお腹が見えるがそんなもの気にしない。そこまではしないという理性があるが、叶うならば頭からホットパンツまでシャワーを浴びせたい。赤いスニーカーがグシャっとなってしまうので諦めるが。
頑張ってガラゴロとトランクを引き、実家へと辿り着く。ハウスクリーニングを頼んで片付けてもらったので、10年くらい住んでいなくともほどほどにきれいだ。昔の癖でポストに手を突っ込み、あ、新聞も何もないか……と思ったとき。
「ん?」
封筒の手触りがあった。ダイレクトメールだろうか。人の住んでいない家だろうに、ご苦労なことだ。どこの店が出した根性あるメールなのか。差出人を見。
「……アマテル?」
見慣れない言葉……いや、どこかで聞いたことがある。どこで……。
首を傾げたとき、スマホが震えた。見ると、一件の緊急情報。地震ではない。台風が近づいているという予報も聞かない。
『真宮町に巨大ロボ接近中。住民は注意して下さい』
……台風のノリで巨大ロボ速報が届いていた。
「巨神ってマジだったの!?」
思い出した。ニュースやら学校の噂話で聞いたのだ。日御崎家はニュースをほとんど見ないから、あんまり情報が入ってきていなかった。
ここ真宮町は、2年前からロボットが攻め込んでくるようになった。そういえば、転校すると決めた際にも周囲からやたらと心配された。教師からやんわりと、水生ちゃんからやたらと。陽給は巨大ロボなんて、なんかすごい兵器だとしか思っていなかった。戦いなんて遠い場所で起こっていることで、自分たちの生活には関わってこないと。
封筒を見直す。アマテル本部。巨大ロボ、巨神を管理している組織の名前は確かそんな感じの名前だった。宛名を何回見ても「陽御崎陽給様」だった。
「なんで私?」
いつの間にかセミの鳴き声は止んでいた。
代わりのように、ジェット音が響く。顔を上げると、山の方角から文字通り巨大な人型ロボットが飛んでいくところだった。
◆
『失踪した父親の情報がある』
火ノ原火動が受け取った手紙には、簡潔にそう書かれていた。
情報を得たいならば、アマテル本部へ来て欲しい。
巨神自体は知っている。謎の組織の鎮圧をするロボットだ。突如現れ、突如戦い始めた。だが、学生である自分には避難以外の関わりはない。そんなものと思っていたが、まさか消えた父が関わっていったとは。
火動が生まれてすぐに消えた父。母は自分が生まれてすぐに墓に入り、火動は祖父母の元で育てられた。祖父母も父の素性は全く知らない。大学を出て仕事へと出た娘がいつの間にか結婚していたことしか。
巨神本部は町の外れにある。バス停を降り、歩いて20分ほど。巨大なガラスのビルと、白い工場が特徴の建物。ガラスに青空が反射し、青く塗装されているように見える。熱されたアスファルトを歩く。じりじりと、7月の初めだというのにどことなく歪んでいる気がする。
警備員に手紙が来たことを伝えると、名前を聞かれた。既に話は通っていたらしく、警備員は静かに答えた。
「火ノ原火動さんですね。ロビーでお待ち下さい」
工場の壁と同じ白い内装。ブラウンのソファアが円形に置かれているだけの簡素なロビーだ。後は観葉植物が置かれているだけ。
「火動?」
明るい声がした。顔を上げると、開いた自動ドアを背に少女が入ってきていた。白いTシャツに赤い短パン、背中まで伸ばした長い金髪。同年代くらいだろう。……顔には……なんとなく、見覚えが。遠い昔、具体的には小学校に上がる前、こんな髪の色で、くりっとした目の……。
「陽給?」
「そう! 背伸びたなー! 私より小さかったくせに!」
「うるせぇ」
ノリが軽くて近いのは相変わらず変わらない。10年近く会っていなかった男子相手にこのノリである。
「なんでお前がここにいるんだ。学生は入っちゃ駄目な場所だろ」
巨神本部は当然、職員のみの施設である。以前、調子に乗った学生達が入ってロボを操縦しようとしたところ、秒で捕まって警察に引き渡された騒動があった。結構な騒ぎになり、こういったものに疎い火動ですら知っている。だが学生達は何か恐ろしいものを見たらしく、本部に何があったかは黙されて分からないのだとか
「火動こそ。卒業後の進路、整備士候補にでも応募したん?」
「俺は……」
手紙の内容は秘密にしておいた方が良いだろう。というか久し振りに会った幼なじみの家族事情を聞かされても困るに違いない。
「手紙で呼ばれたんだ。詳しくは知らない」
微妙に嘘を混ぜる。父の情報というだけで、詳細は知らないのだから。
「へー。あんたも?」
「俺も、って」
「私もさ、何か手紙が来たの。大事なお話があるから来て下さい、謝礼もつけます……ってなんだろ?」
「……怪しいな」
「や、公式なトコみたいだし?」
急に信憑性が失せた。まるでスパムメールレベルである。
帰るか。立ち上がろうとした時。
「一緒に待とっか」
とすん、と。
陽給が。気軽に。隣に座ってきた。
近い。ソーシャルディスタンスという昔の概念など考えないくらいにめちゃくちゃ近い。
「ま、待て。近すぎる」
「えー。6歳の頃共にアイス食べた仲じゃん」
「そんな頃とか……」
しかし、なぜ陽給まで呼ばれたのだろう。単なる偶然だろうか。
その時、振動がアマテル本部を揺るがした。