賢者登場!③
大人しく陽給に教わる前に、一度は一人で作ってみるべきだろう。
レシピ(クッ○パッド製)は完備! 食材は昨日買い出ししたので、冷蔵庫の中にあるものだけでできる! ないものはパセリだけ!
意外と簡単にできてるんだな、と火動は思った。簡単だからといって出来るとは一言も保証されていないが。
まずはレシピを読むところから始める。
(……鶏肉一口大ってなんだ。タマネギが透き通るまで? 軽く炒めるってことか?)
頓挫した。
しかしここで諦めていてはいけない。
とりあえず作ってみる段階に入る。
1回目。ご飯がべたっとした。
2回目。味が濃すぎた。
3回目。でろでろした。
昨日もいかんともしがたい料理を作ってしまったのに、痛恨のミスすぎる。2回目に、べたっとしたご飯に味を付けようとケチャップを入れすぎてしまったので、入れるのを控えたのが敗因か。その上、3回そろって辛すぎた。生タマネギをかじったときの刺激ある辛みがビシバシ来る。オムライスの要である卵は全て炒りタマゴになった。
どう考えても他人に出せる料理ではない。
悔しさのあまり、失敗オムライスを一口。主張するどころか味覚で暴れるタマネギが、非情に目に沁みた。
「どしたん」
「オムライスを……作りたいんだ……」
いつの間にか陽給が帰ってきていた。
バッキバキに折れたプライドから、素直な本音が出た。
調理台の上を簡単に片づけ、陽給の料理講座が始まる。と思ったが、彼女はいきなり鶏肉を仕舞ってしまった。
「おい、肉は使わないのか?」
「火動くらいの腕前なら、ウインナーの方が簡単だよ。ウインナーはほとんど火を通さなくても食べられるから、初心者にはおすすめなんだ」
徳用ウインナーの袋を開け、5ミリ程度にスライスしていく。
「タマネギが透き通るまでってのは、しばらく火を通すってこと。タマネギは加熱してると透明になってくるの。めちゃ辛ってことは、火にかけてすぐ別の材料放り込んでたな?」
「ぐ……」
図星である。新タマネギのサラダが記憶にあり、あまり加熱する必要はないと思っていた。
「そんで、ふわとろ卵はもう諦めて。でっかい炒りタマゴにしちゃえ!」
「い、いいのか?」
「いーよいーよ! バレへんバレへん……というか、形と味が最低限なんとかなってれば、お弁当は雰囲気でもう美味しいもんなのさ」
「お前にしては深すぎる知見だ……」
「はっは、お弁当交換を2年は続けている者の言葉は重いと思ってくれたまへ。じゃ、やってみ」
「分かった」
これが最後だ。
意を決し、フライパンへと向かう。
「でも、明日創立記念日で休みでしょ。誰に作ってんの?」
「誰でもいいだろ」
「えー、教えて教えて! 減るもんじゃないし!」
……絡みまくってくる陽給を、リビングに押し込む方が先か。
次の日。
少し、いやだいぶ緊張しながら、火動はオムライス弁当を作った。待ち合わせ場所は昨日と同じ空中テラス。天窓からは、燦々と太陽光が降り注いでいる。どういう技術か暑さはなく、明るさだけを通している。
「どうぞ」
「ありがとう! わぁ、リクエスト通りだ!」
弁当箱の蓋を開けるなり、賢は華やかな声を上げた。
「まぁ、オムライス、だと思う」
陽給の言う通り、ケチャップライスの上に、炒りタマゴ状態になったオムを乗せ、さらにケチャップをかけたもの。陽給が少し手を加えて見栄えをよくしたが、問題は中身である。昨日試食して問題はなく、朝も陽給監視のもと、全く同じ手順で作った。
だから、大丈夫、のはず。
賢はプラスチックスプーンでオムライスをくり抜き、一口。
「美味しい!」
「良かった……」
心の底から安心の溜息を吐く。なぜか陽給の『でっしょー?』とドヤる声が聞こえた気がした。これで『食堂の方が良いですね』とか言われていたら、再起不能になっていた。
「こんな美味しいオムライス、僕初めて! 火動さん、料理が上手なんだね!」
「そ、そうなのか? 初心者だぞ、俺」
「じゃあ料理の才能が!」
「……他人に教えてもらったんだ。そんなに持ち上げるな」
「再現できるのも才能だよ」
「褒め過ぎだ。加減ってものを覚えろ」
言うと、少年は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。褒めまくっているのもちょっとした悪戯だったらしい。ようやく賢の年相応の面が見えた気がして、火動は無意識に安心した。
と。
「お二人とも、ここにいらしたのですか」
ジャンがいた。変わらぬ笑顔を浮かべている。
「ジャンさん」
「夕方からは賢さん、そして火動さんと陽給さんの歓迎パーティーがありますよ。夏井さんの采配で唐揚げパーティーです」
大丈夫だよな、その歓迎会。
「サプライズがありますんで」
もっと心配だ。
その時。
現れたのは、巨神だった。
本部からはっきりと見える位置に。